広報活動

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2013年4月2日

独立行政法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター

SPring-8の明るさ3倍に

-超高輝度な次世代リング型放射光光源の実現へ重要な成果-

ポイント

  • 55年ぶりに定説を打ち破って実現した画期的な手法
  • XFELとの協調利用が期待される次世代リング型放射光光源の開発に貢献
  • 実現すれば、生物試料などをそのまま原子レベルの分解能で長時間観察が可能に

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と高輝度光科学研究センター(JASRI、白川哲久理事長)は、特殊な高周波電場を使用し、電子ビームの広がり(エミッタンス[1])を低減することによりX線の輝度(明るさの指標)を大幅に向上する手法を考案しました。この手法を大型放射光施設SPring-8[2]の蓄積リングに適用すると、輝度が約3倍向上することが分かりました。これはJASRI加速器部門の下崎義人研究員と理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)XFEL研究開発部門の田中均部門長らの研究チームによる成果です。

近年、「SACLA(さくら)」[3]などのX線自由電子レーザー[3](XFEL)の登場により、原子レベルの高分解能で極めて短い時間スケール(1000兆分の1秒程度)の観察が可能になりつつあります。しかし、XFELは強い強度のため瞬時に観察試料を破壊してしまうことから、長い時間にわたり現象をじっくり観察するには不向きです。そこで、試料を破壊せずに、生物試料などをそのまま結晶化せずに観察可能な光源として「次世代リング型放射光光源」が注目され、その開発に世界中がしのぎを削っています。この超高輝度リング型放射光光源の実現には、輝度を制限する水平エミッタンスを現状から大幅に低減する必要があります。その1つの可能性として、エミッタンス交換[4]により水平エミッタンスを低減する方法が知られていましたが、従来の磁場を用いる方式ではさまざまな問題があり、SPring-8などの既設の放射光光源への導入は困難でした。

そこで研究チームは、これらの問題を克服するため、従来の方式とは全く異なる、高周波電場を用いる方式を考案しました。これは、「電場を使用して振動モード[5]間でのエミッタンス交換はできない」という長年の定説[6]を55年ぶりに覆すもので、学術的にも大きな発見です。

今回考案した手法は、既設の放射光光源の性能向上だけでなく、XFELとの協調利用により、ものづくりに必要となる多くの情報が得られると期待される次世代リング型放射光光源の実現にも大いに貢献します。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters 』に近日中に公開されます。

背景

近年、SACLAをはじめとするX線自由電子レーザー(XFEL)が稼働し、X線領域でレーザーが利用できるようになってきました。XFELを用いれば、短パルス性(フェムト秒[7]のストロボ)と10GWを超える高強度特性を使って、原子が動く非常に短い時間スケールで原子レベルの空間分解能で現象を観察することが可能です。しかし、X線レーザーはエネルギー密度が高いために、観測した試料を破壊してしまいます。このため、長い時間スケール(ピコ秒[7]以上)での観測をXFELで行うことは、現実的には非常に困難です。

一方、現在世界中で空間干渉性[8]の高いX線が利用できる次世代リング型放射光光源の開発競争が行われています。次世代リング型放射光光源は、XFELに比べると強度が弱く、XFELでは観測が難しいピコ秒を超える長い時間の現象を、試料を破壊することなく観察できます。また、放つビーム(光)の位相が空間的にきれいに揃うため、XFELと同様に観測対象を結晶化することなく観察が可能になります。

従って、XFELと次世代リング型放射光光源の2つを用いることで、観察対象の結晶化という制約を受けずに、見たいものをそのまま原子レベルの分解能で、原子の動き出す時間から対象現象が終了する時間まで長時間観察できるようになります。この2つの光源を用いた、極短時間の観測とピコ秒以上の観測の組合せにより、ものづくりに必要とする多くの素材に関する有効な情報が得られるとの期待が寄せられています。こうした理由から、XFELの建設ラッシュと平行し、X線領域での次世代リング型放射光光源の輝度向上をめぐる開発競争が日米欧で展開されています。

研究手法と成果

リング型放射光光源から出てくる光の輝度は、リングに蓄積する電流と電子ビームの特性で決まります。多くのパラメータの中で光源の空間干渉性を制限し、実験で使用する光の輝度を大幅に低減させているものが、電子の水平振動に起因する「水平空間広がり」と「角度発散」です。これらは水平エミッタンスという力学パラメータで表されます。つまり、水平エミッタンスを低減することで輝度を向上させることができます。水平エミッタンスを直接低減する方法もありますが、今回研究チームでは、水平エミッタンスを輝度への影響が小さい電子ビーム進行方向の振動のエミッタンスに換える「エミッタンス交換」の手法を検討しました。

エミッタンス交換による輝度の向上は以前からよく知られていました。しかし、これまでの方式では、磁場を用いてエネルギーの高い電子からのX線放射を促進するため、電子ビームの軌道がリング全周に渡って歪み、周長に沿って存在する光源点がずれるなどの問題が生じました。そのため、リング型放射光光源に対してはこの手法の導入が見送られてきた経緯があります。

研究チームは、従来の静的な磁場に代わり、電子ビームの水平変位に比例して加速電界が変わる高周波電場を用いてエミッタンス交換を行う手法を試みました(図1)。しかし、高周波電場は同時に高周波磁場も伴うので、そのままでは2つの効果が打ち消し合いエミッタンス交換を行うことができません(図2)。そこで、高周波電場を発生する空洞を一対にして、その間の電子の水平振動の位相を半周期になるように調整し、磁場の効果を2つの空洞間に閉じ込め(図3)、これによって電場の効果だけを足し合わせることを可能にしました。

この手法はどのようなリング型光源にも適用が可能です。そこで、今回提案したシステムをSPring-8の蓄積リングに導入し、どの程度水平エミッタンスを低減(輝度を向上)できるかを、数式モデルとシミュレーションにより評価しました。その結果、理論限界の3分の1近くまで低減できることが確認できました(図4)。さらに、このシステムを例えば3ミリ秒ごとに(1秒間に333回)運転を行えば、理論限界を超えたエミッタンスの低減が可能なことも分かりました。

今後の期待

今後、目標としている次世代リング型放射光光源の性能は、水平エミッタンスをこれまでのSPring-8で代表される第3世代放射光光源[9]の実績値(数nmrad[10])から、さらにその30分の1から100分の1まで低減する必要があります。これは非常に難しく、これまで培ってきた技術、知識や経験の単純な延長では困難です。新しいエミッタンス低減化策をいくつか導入し、これまで積み上げてきた技術に融合させることで、この目標を達成することを目指します。今回考案した手法は、エミッタンス低減策のパラダイムシフトが期待できる大きな発見の1つであり、その実現を後押しすることが期待されます。

原論文情報

  • Yoshihito Shimosaki and Hitoshi Tanaka, “Control of damping partition numbers in a ring accelerator with RF electromagnetic fields”, Physical Review Letters, 2013.

発表者

独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門
部門長 田中 均

お問い合わせ先

放射光科学研究推進室
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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産業利用に関するお問い合わせ

独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. エミッタンス
    電子ビームの性質を表す指標の1つで電子の位置と運動量で構成される位相空間の面積を表す。エミッタンスが大きいと、全体として広がりやすい電子ビーム、逆に小さければシャープで良質な電子ビームといえる。
  2. 大型放射光施設SPring-8
    理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す放射光施設。利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  3. SACLA(さくら)、X線自由電子レーザー
    理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある日本初のX線自由電子レーザー(XFEL)施設。利用者支援はJASRIが行っている。SACLAの名前はSPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来。SACLAは2012年3月に供用運転を開始し、利用実験が始まっている。XFELとは、X線領域で自由電子をレーザー媒体として増幅するレーザーのこと。可干渉性を持ち、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。
  4. エミッタンス交換
    蓄積リング(SPring-8)などの放射光光源を周回する電子は、水平、垂直、縦方向の3軸方向([5]参照)に微小に振動している。それぞれの軸の振動モードは、電子が周回中に光を放射してエネルギーを失うので、振り子が空気抵抗により徐々にその振動振幅を小さくするのと同じメカニズムで振動が減衰(減衰振動系)する。一方で光は粒子性を持ち、不連続の摂動を電子に与えるので、その不連続性が減衰振動系の電子の新たな振動を励起する。このような励起と振動を繰り返しながら、各々の電子は周回している。多数個(SPring-8では100mA蓄積時に3×1012個)の電子から成る電子ビームの各振動モードの平均値は、各モードの励起と減衰の動的平衡により決定される。エミッタンス交換とは、例えば、水平振動の減衰係数を大きくし、その分、縦方向振動の減衰係数を小さくすることで、2モード間の平均エミッタンスを制御する(交換する)手法である。
  5. 振動モード

    蓄積リング(SPring-8)などの放射光光源を周回する電子は、周回中に光の放射や電磁石の変動などにより力を受けて微小に振動している。その振動は以下の図で示す実空間の3軸(x, y, z)に対応する振動モードに分解できる。水平と垂直軸は図に示すようにビーム進行方向に直交しており、水平、垂直のビーム広がりが光源のサイズを与える。電子ビームに対して、この3つの振動モードにそれぞれエミッタンス([1]参照)を定義することができ、その大きさは各モードに対し、N個の電子の振動エネルギーの集合平均を表している。

    周回する電子の3つの振動モードのイメージ 

  6. 「電場を用いた振動モード間でのエネルギー交換はできない」という定説

    米国のマサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同で建設したケンブリッジ電子加速器(CEA)で加速器の理論研究を行っていたケネス ロビンソンは、1958年7月に発表した論文で円形の電子加速器を周回する電子ビームの3つの振動モードの減衰係数が電子ビームのシンクロトロン放射により決定されること、3つの減衰係数の総和が一定となる和則(Robinson の定理)が成り立つことを明らかにした。さらに、一般的な高周波電場を用いて、これらの減衰係数が制御できないことが証明されている。
    Kenneth W. Robinson, Physical Review Vol. 111, No. 2 (1958) 373.

  7. フェムト秒、ピコ秒
    1000兆分の1秒が1フェムト秒。1フェムト秒は、光の速さ(秒速約30万キロメートル)でも0.3ミクロンしか進むことができないほどの極短時間。1ピコ秒は1フェムト秒の1000倍で、1兆分の1秒。
  8. 空間干渉性
    光の位相が空間的にきれいに保たれていること。「コヒーレンス」とも呼ばれる。
  9. 第3世代放射光光源
    SPring-8に代表される、1990年代以降に建設が進んだ電子蓄積リングを用いた放射光光源。多数の直線部を有し、そこに電子を蛇行させ高輝度の準単色高輝度光を生成できる「アンジュレータ」と呼ばれている挿入型の光源を設置できるように設計されている。
  10. nmrad
    ナノ・メートル・ラジアンで、エミッタンスの単位。ラジアンは、角度の単位で円周上でその円の半径と同じ長さの弧を切り取る2本の半径が成す角の値と定義される。

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カップリング空洞を用いて発生させた水平変位に比例する高周波加速電界の図

図1 カップリング空洞を用いて発生させた水平変位に比例する高周波加速電界

磁場(赤丸)は電場(青矢印)を囲むようにループ上に空洞内に発生する。左側から空洞に入ってきた電子ビームは電場により、水平プラス変位(中心から紙面上方向)が加速を、マイナス変位(中心から紙面下方向)が減速される。
電場の効果+磁場の効果=ゼロ

図2 カップリング空洞の磁場と電場による効果の相殺

一対のカップリング空洞による磁場の効果の封じ込めの図

図3 一対のカップリング空洞による磁場の効果の封じ込め

今回提案した方式による水平エミッタンスの低減効果のグラフ

図4 今回提案した方式による水平エミッタンスの低減効果

赤鎖線はエミッタンス交換による水平エミッタンス低減率の限界を示す。

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