要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、ショウジョウバエにおいて、気管上皮細胞内の逆行性小胞輸送システムが気管の長さを制御していることを明らかにしました。この結果、管の長さと太さという2つの形状特性が、異なるタンパク質輸送システムによって制御されていることが示されました。これは、発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態形成シグナル研究グループの董 波(ボ ドン)国際特別研究員と林 茂生グループディレクターらによる研究グループの成果です。
生物の体内では、血管、呼吸管など管状組織のネットワークが縦横に張り巡らされ、血液や空気などの物質循環が行われています。物質がスムーズに循環するには、部位ごとに管の太さが均一にそろっている必要があります。また、管の長さはそれぞれの体内組織や個体に合わせて異なる大きさに適合しなければなりません。過去の研究からショウジョウバエの気管の太さ決定には、気管の内側(管腔)を占めるキチン質[1]を主成分とした細胞外基質[2]の蓄積が必要であることが分かっていました。 また、長さについてはキチン質の化学修飾によって過剰な伸長を抑制することが知られていました。しかし、太さと長さという2つの形状特性に対応する細胞内の分子メカニズムは未解明のままでした。
研究グループは、気管が過剰に伸長するショウジョウバエの変異体を詳細に解析したところ、細胞外に一度分泌されたキチン修飾酵素[1]を取り込んでゴルジ体へ送る「逆行性小胞輸送システム」が、気管長の適切な制御に必要であることを見いだしました。キチン修飾酵素が、ゴルジ体で再活性化され再び管腔内に分泌されていると考えられました。また、さらに詳しく調べると、この小胞輸送システムは気管の太さ制御には関与しないことも分かり、長さと太さという2つの形状特性は、細胞内の異なるタンパク質輸送システムよって制御されることが明らかとなりました。
本成果は、細胞内輸送システムが形態形成に関わる仕組みをより詳細なレベルで解明しました。今回明らかになった小胞輸送システムは、高等動物でも共通に保持された輸送システムであり、ヒトを含めた脊椎動物での管形成の仕組みを解明する手がかりになると期待できます。
本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(1月15日付け:日本時間1月16日)に掲載されます。
背景
進化の過程において陸生生物が大型化していくには、体内で血液、空気、水分などが効率的に循環する必要があります。それを可能にするために、動物の血管や呼吸管、植物の師管や導管などの管状組織のネットワークが縦横に張り巡らされ、高度に発達してきたと考えられています。効率の良い循環を維持するには、それぞれの個体や組織のサイズ、さらに管内を流れる物質の物理的性質などに合わせて、管の長さや太さを適切に調整する必要があります。脊椎動物の場合、血管の太さや長さは心臓が動き始め血流が流れる前におおむね決まっているため、発生過程のある段階で管の形状を決める仕組みが細胞や組織に備わっていると考えられます。
過去の研究からショウジョウバエの気管の太さは、気管の内側(管腔)を占めるキチン質を主成分とした細胞外基質が蓄積することで制御され、長さについてはキチン修飾酵素によってキチン質が化学修飾を受けることで、過剰に伸長しないように制御されていることが知られていました。キチン修飾酵素は、気管を形成している上皮細胞内で合成され、小胞輸送システムを経由して細胞外へ分泌されます。
小胞輸送システムには、輸送される分子に応じて多様な経路が存在することが知られています。通常、細胞内で合成された分泌タンパク質は、いったん小胞体内へ運ばれ品質管理を受け、正常に機能するものだけがゴルジ体へと運ばれます。ゴルジ体へ運ばれたタンパク質は、糖鎖の修飾や輸送先への選別が行われ、選別されたタンパク質は輸送小胞に詰め込まれ、目標の細胞内小器官、細胞膜や外へ運ばれるのです。この順方向の輸送システムに対して、細胞外から取り込まれたタンパク質がゴルジ体に戻される経路があり、逆行性小胞輸送システムと呼びます。このようなシステムを通じて行われる細胞と外部環境との分子のやり取りは生物共通の生命維持活動に必須のシステムです(図1)。
ショウジョウバエ気管の太さ制御には、アクチン重合因子[3]を介したタンパク質輸送システムが関わることが知られていました。しかし、長さ制御の仕組みについては、管腔に分泌されるキチン修飾酵素が必要だと分かっていたものの、タンパク質輸送システムがどのようにキチン修飾酵素の量の調節に関与しているのか、その細胞内の仕組みについては不明のままでした。
そこで研究グループは、管状組織を形作るための細胞内の仕組みを解明するために、ショウジョウバエの変異体を用いて、キチン修飾酵素の調節に関わる要因の探索に挑みました。
研究手法と成果
研究グループは、逆行性小胞輸送システムに関わるrab9遺伝子[4]の変異体を調べたところ、気管が過剰に伸長する表現型を示すことを見いだしました(図2)。気管の太さと配置は標準と変わらず、胚発生自体はおおむね正常に進行していたので、気管形成のうち、長さに関わる機能だけが阻害されていると考えられました。そこでrab9遺伝子変異体のキチン修飾酵素の分布を経時的に調べました。その結果、キチン修飾酵素は、中期胚(受精後10時間目)における気管発生時には管腔内に分泌されるにも関わらず、後期胚(受精後15時間目)になると気管の管腔内から著しく減少していることが分かりました。気管の管腔に存在する分子のうちキチン質や他のタンパク質の分布は正常だったことから、キチン修飾酵素を輸送するシステムだけに異常が生じていると考えられました(図3)。
さらに、Rab9タンパク質に結合する他の分子を生化学実験で調べたところ、逆行性小胞輸送システムに関わるタンパク質Vps35[5]がRab9タンパク質と結合することが明らかになりました。そこで、正常なショウジョウバエの培養細胞を用いて、Rab9タンパク質の動きをライブイメージングで詳細に観察しました。すると、これらは小胞体内で局所的な集合体を作り、小胞体膜を細胞質側に突出させ、さらにアクチン重合に関わるタンパク質WASHとアクチン繊維の働きで小胞体の一部が切り取られる様子を観察することができました(図4)。重要なことに、この切り出された小胞体断片にはキチン質修飾酵素が含まれていました。従って、一度分泌されたキチン質修飾酵素が細胞外から取り込まれ、小胞体内で選り分けられ、Vps35とRab9タンパク質の働きで小胞体断片として切り出され、ゴルジ体へ運ばれ再修飾を受け、活性化型として細胞外分泌の経路に送られると考えられました(図5)。キチン修飾酵素は、このように再利用され管腔での酵素の働きを維持することで、気管が異常に伸長しないように制御していることが示唆されました。
この逆行性小胞輸送システムを変異させた場合、長さが過剰になる一方で太さ制御に関わる多くの分子の分布は正常であったため、太さ制御にはこのシステムは関与しないことが分かりました。このことから、管の長さと太さの制御には別々の小胞輸送システムが関わることが明らかになりました。
今後の期待
今回、ショウジョウバエの気管の形状を決める長さと太さの2つの要素の決定に、異なるシステムが別々に対応していることが分かりました(図6)。この逆行性タンパク質輸送システムは、ショウジョウバエからヒトを含む高等動物に保存されており、輸送されるタンパク質について数多く知られていますが、管状組織の形を決める形態形成に関わることは知られていませんでした。今回の発見は、形態形成を起こす1つの仕組みとして非常に興味深い成果です。今後、さらに研究を発展させることで、ヒトを含めた脊椎動物での管形成におけるタンパク質輸送システムの役割を解明する手がかりになると期待できます。