要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、理研が保有する世界最高性能の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」※1を使った実験で、4日間という短期間に、チタン-59やヒ素-90など、数マイクロ秒程度の半減期を持つ中性子過剰な核異性体※2を新たに18種類生成・発見しました。これは、理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)実験装置運転・維持管理室(久保敏幸室長)が率いる国際共同研究グループ※3による成果です。
放射性同位元素(RI)※4の準(ほぼ)安定な励起状態である核異性体は、不安定原子核の核構造を敏感に反映して出現するため、その性質や崩壊様式を調べることは核構造を解明するうえで非常に有効です。研究グループは、2008年11月の実験で45種のRIを発見することに成功しましたが、同時進行で核異性体の測定も行いました。具体的には、ウラン-238(元素番号92、質量数238)を超伝導リングサイクロトロン(SRC※1)で光速の70%(核子当り3.45億電子ボルトに相当)まで加速し、標的のベリリウムや鉛の原子核に衝突させて核異性体を生成させました。このとき核異性体は、飛行核分裂反応※5によってさまざまな中性子過剰のRIの中に混じって生成されます。この中性子過剰RIの中から、目的となる核異性体を超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS※1」で分離・収集し、その後アルミニウム中に打ち込んで停止させました。このとき放射される遅発ガンマ線※6を測定したところ、全部で54種類の核異性体の観測に成功し、そのうち18種類が新しい核異性体でした。さらに、ガンマ線のエネルギースペクトルや崩壊様式などを詳細に解析した結果、それらの半減期が数マイクロ秒程度であることや、こうした準安定な核異性体がどんな核構造に起因して出現するのかという知見を得ることができました。
今回発見した核異性体は中性子過剰領域の広範囲にわたっています。今後、RIBFの主要研究テーマである「究極の原子核像の構築」や「元素の起源解明」に大きく貢献すると期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review C』オンライン版に近く掲載されます。
背景
原子核は陽子と中性子で構成され、その性質は陽子数と中性子数で決まります。地球上には、金や鉄など天然に存在する安定な原子核が約300種類存在しますが、理論的には約10,000種類の原子核が存在するといわれ、そのほとんどが放射性同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核です。安定な原子核より中性子の数が少ない原子核を陽子過剰核、中性子の多い原子核を中性子過剰核と呼び、原子核を陽子数と中性子数で分類した核図表(図1)中では、陽子過剰核は安定核の左側に、中性子過剰核は右側に位置します。
理研仁科加速器研究センターでは、これら不安定原子核を探索するため、1997年から「RIビームファクトリー(RIBF)計画」を推進しています。RIBFでは、ウランを光速の70%まで加速できる超伝導リングサイクロトロン「SRC」を中心とした加速器施設と、このウランビームの飛行核分裂反応によって作られるRIビームを高効率で分離・収集する超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」(図2)を用いて、2007年度より安定核領域から遠く離れた領域に含まれるRIビームを供給しています。2007年5月には、ウランビームの強度が最終目標の10万分の1以下にもかかわらず、パラジウム-125(元素番号46、質量数125)とパラジウム-126(元素番号46、質量数126)というRIを2つ発見し、BigRIPSの高いRI分離・収集能力を証明しました(2007年6月6日プレスリリース)。また、2008年11月には、ウランビームの強度を平均で約30倍増強して、マンガン(元素番号25)からバリウム(元素番号56)に至る45種もの中性子過剰な新しいRIを、わずか4日間の実験で生成・発見することに成功しています。45種という数は、世界の年間新RI発見数の平均値(約40種)以上に相当する膨大な量です(2010年6月8日プレスリリース)。
RIの中でも、比較的長い寿命を持つ準安定な励起状態にあるRIは「核異性体」と呼ばれます。核異性体が出現するかどうかやその性質は、原子核の構造に起因します。原子核が球形の場合はその殻構造の変化などが、原子核の形状が変形する場合は球形、葉巻型、パンケーキ型などの形状遷移や形状共存などが、核異性体の性質に敏感に反映します。従って、不安定原子核の構造を詳細に調べるには、新たな核異性体を生成・発見し、その崩壊に伴って放出されるガンマ線を精密に測定することが有効です。
研究グループは、2010年の45種のRI発見時に核異性体も測定しており、広範囲な中性子過剰領域にある新たな核異性体の発見とその構造解明を目指していました。
研究手法と成果
研究グループは、超伝導リングサイクロトロン「SRC」を中心とした複数の加速器による多段式加速システムにより、ウランビームを光速の70%まで加速(核子当たり3.45億電子ボルトに相当)して標的に衝突させ、飛行核分裂反応によってRIを生成しました。広範な元素番号の領域で効率よく探索を行うため、生成する新RIの元素番号を30(亜鉛)、40(ジルコニウム)、50(スズ)を中心に狙いを定め、BigRIPSの設定を3つに分けて実験を行いました。各設定では、標的の厚さや種類を最適化して、元素番号30、40を狙うときはそれぞれ厚さ5.1mmと2.9mmのベリリウム、元素番号50を狙うときは厚さ0.95mmの鉛を用いました。
生成したRIビームをBigRIPSで分離・収集し、下流に設置した核異性体測定用セットアップまで輸送してアルミニウム(Al)に打ち込んで停止させ、ガンマ崩壊して放出する遅発ガンマ線を3台のクローバー型のGe(ゲルマニウム)ガンマ線検出器で測定しました(図3)。その結果、核異性体を有するRIの存在を明確に識別でき(図4)、既知のもの36種と未知のもの18種の合計54種類を観測しました(図1、表1、表2)。
今回発見した新核異性体は、チタン-59、砒素-90、セレン-92、セレン-93、臭素-94、臭素-95、臭素-96、ルビジウム-97、ニオブ-108、モリブデン-109、ルテニウム-117、ルテニウム-119、ロジウム-120、ロジウム-122、パラジウム-121(2つの核異性体が存在)、パラジウム-124、銀-124、銀-126の18種類です(表1)。これらが放射する遅発ガンマ線のエネルギースペクトル、相対強度、崩壊様式、崩壊の遷移確率など豊富な分光学情報を詳細に分析するとともに、理論的予想や近隣の既知核異性体に関するデータも考慮した結果、どれも半減期が数マイクロ秒程度であることや、核構造に関するさまざまな知見を得ることができました。例えば、チタン-59は球形構造を持つ核異性体であると結論され、この領域の殻構造が中性子数によってどう変遷するかが分かりました。また、臭素-95、臭素-96、ルビジウム-97の核異性体は、中性子数60の領域に位置します。ここは、突然的に核変形が発生して形状共存が出現するというよく知られた領域ですが、遷移確率を分析したところ、これら3つの核異性体も形状共存に起因すると解釈できました。さらに、臭素-94の核異性体は球形構造を持ち、ルテニウム-117とルテニウム-119の核異性体は異なる形状(例えばパンケーキ形と球形)が共存する形状共存の核構造に基づくと解釈できました。ルテニウム-117、ルテニウム-119の領域は今まで全く調べられたことのない未知の中性子過剰領域です。形状共存の示唆は、この領域で核変形が起きていることを予言しています。核変形の発生は、超新星爆発時における鉄より重い元素の合成とされる「r-プロセス」の計算に有意な影響を与えるとされるため、この知見は元素の起源解明に大きく貢献します。
今後の期待
今回、RIBFの利用で多数の核異性体を発見するとともに、広範囲にわたる未知の中性子過剰核の核構造に関する豊富な情報が得られました。核構造の情報の中には、核変形の発見や、r-プロセスの計算に影響を与える情報が含まれています。安定核領域から遠く離れた極めて短寿命な原子核の構造解明や天体核物理学の研究に貢献する成果といえます。
RIBFは、2012年時点でもビーム強度は世界最高水準のものですが、加速器系の着実な高度化によって、現在より1,000倍以上も増強することができ、約4,000種類の不安定核の生成を実現できるようになります(図5)。そのうち約1,000種類は未発見のRIであり、核構造に関しても広大な未開拓領域が残されたままです。
今回の成果は、「究極の原子核像の構築」や「元素の起源解明」の謎に迫る大きな一歩となります。今後のビーム強度増加により、物理学、天文学、化学といった基礎科学分野に知見をもたらすだけでなく、応用分野にも貢献すると期待できます。