要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、これまで生体内におけるタンパク質合成を阻害すると考えられていたアンチセンスRNA※1の中に、タンパク質合成を促進する機能も持つものがあることを発見しました。これは、理研オミックス基盤研究領域(林崎良英領域長)LSA要素技術開発グループゲノム機能研究チームのピエロ カルニンチチームリーダーらと、イタリアのInternational School of Advanced Studies(SISSA)との共同研究グループによる成果です。
一般にアンチセンスRNAは、メッセンジャーRNA(mRNA)※2からタンパク質を合成(翻訳)する機能を阻害すると知られていますが、最近では、ゲノムの転写やmRNA(センスRNA)の安定性を制御する機能についても報告されています。
共同研究グループは、アンチセンスRNAのさらなる機能を明らかにするため、神経変性疾患などに関与し「センスRNA-アンチセンスRNA」のペアが発現する遺伝子Uchl1に着目し、その翻訳機構を調べました。その結果、リボゾーム※3との親和性が高く、かつ特殊な配列を持つアンチセンスRNA「SINEB2」が、これと相補的配列を持つセンスRNAとの相互作用を促進し、タンパク質合成を促進させることが分りました。このアンチセンスRNAは、国際研究コンソーシアム「FANTOM※4」で見いだされたノンコーディングRNA(ncRNA)※5の1つです。細胞内には、mRNAなど機能あるRNAの他に、アンチセンスRNAなどタンパク質をコードしないRNA(ncRNA)が大量に存在します。これまでの定説では、ncRNAのほとんどはジャンクと考えられていました。しかし、今回の成果は、ncRNAにも生命現象維持に役立つ機能がある可能性を示しています。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』オンライン版(10月14日付け:日本時間10月15日)に掲載されました。
なお、カルニンチチームリーダーらは、今回の成果をもとに社会貢献するためにベンチャー会社「トランスサイン テクノロジーズ株式会社(TransSINE Technologies Co.Ltd)」を設立しました。さまざまなニーズに応じた目的のタンパク質合成を促進するアンチセンスRNAを開発し、基礎研究から医療まで幅広い分野での貢献を目指します。理研は、トランスサイン テクノロジーズ株式会社を理研ベンチャー※6に認定しており、本技術の迅速な実用化と普及を支援します。
背景
哺乳類のゲノムのほとんどの領域はRNAに転写されて、タンパク質をコードするmRNAや、タンパク質をコードしないncRNA、短鎖酸在反復配列(SINE)※7のようにジャンクと呼ばれる同じ配列が反復しているだけのものなどが生成されています。ncRNAの多くは核内にとどまることが知られていますが、その全ての機能は解明されていません。ncRNAのうち塩基配列が100~200bp以上のアンチセンスlncRNAと呼ばれるものは、これと相補的な配列を持つmRNA(センスRNA)と結合して、その翻訳を阻害することがよく知られています。一方、近年の研究では、ゲノムの転写や、mRNAの安定性を制御する可能性などが報告されています。
研究手法と成果
共同研究グループは、アンチセンスRNAのさらなる機能を明らかにするため、脳機能や神経変性疾患に関与して脳内で「センスRNA-アンチセンスRNA」のペアが発現している遺伝子Uchl1に着目し、その転写翻訳機構を調べました。マウスの細胞からUchl1のアンチセンスlncRNA(アンチセンスUchl1)の配列を解析したところ、Uchl1のセンスRNA(センスUchl1)と相補しない領域に2つのSINE(SINEB2、Alu)が見つかりました。また、アンチセンスUchl1の5’末端に、センスUchl1の5’末端と結合する配列を有しており(図1)、このアンチセンスUchl1のゲノムにおける配列が哺乳類の遺伝子に共通に存在するものということも分かりました。
センスUchl1の発現が見られるマウスの細胞で、アンチセンスUchl1を発現させたところ、センスUchl1量に変化はなかったものの、UCHl1タンパク質の合成量が増加しました。本来Uchl1を発現しないヒトの細胞でも、強制的にセンスUchl1とアンチセンスUchl1を導入すると、UCHl1タンパク質の合成量が増加しました(図2)。また、タンパク質の合成量増加にはSINEB2が必要で、特に、アンチセンスUchl1内に存在する位置が重要であることが分かりました。
FANTOM3で同定されたアンチセンスRNAを使って、別の遺伝子(Uxt)でもSINEB2のタンパク質合成促進機能が確認され、その普遍性が示唆されました。
次にアンチセンスUchl1のタンパク質合成を促進する経路を調べるために、一般的なmRNAの翻訳開始機構であるCAP構造※8を抑制し、通常の翻訳機能を阻害しました。その結果、アンチセンスUchl1のSINEB2が、通常の翻訳とは異なる機能でmRNAのリボソームへの移行し、タンパク質合成を促進しました。また、タンパク質の生合成を制御する酵素mTORC1の阻害を阻害すると、通常は核に多く存在するアンチセンスUchl1を細胞質へ移行させることも分かりました。
このようなアンチセンスUchl1に見られる機能は、ストレスなどの外的要因により通常の翻訳開始機構を担う使う遺伝子発現が阻止された時に、必要なタンパク質を合成して生き残るための保存的機能である可能性があります。
以上から、mRNAのタンパク質翻訳を促進するには、「タンパク質の合成促進機能を持つSINEB2」と「目的のmRNAに特異的に結合する領域」の2つが必要と分かりました。
今後の期待
今回、mRNAの翻訳を制御するというncRNAに新たな機能を初めて見いだしました。タンパク質翻訳に関わる2つの領域を持つ配列をデザインすることで、目的とするタンパク質をコードするmRNAから効率的にタンパク質を合成することが可能です。今後、基礎研究用だけでなく医療などの実用的なタンパク質合成技術となる可能性が考えられます。また、ncRNAの新たな実用性のある機能分野を示したことで、未知なるncRNAの機能の可能性も期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発グループ ゲノム機能研究チーム
チームリーダー
ピエロ カルニンチ
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
お問い合わせフォーム
産業利用に関するお問い合わせ
独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
お問い合わせフォーム
このページのトップへ