要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、リン酸化/脱リン酸化といった可逆的なタンパク質の修飾から自律振動子※1を作る仕組みの一端を解明しました。これは、理研生命システム研究センター(柳田敏雄センター長)合成生物学研究グループの上田泰己グループディレクター、大出晃士特別研究員、理研発生・再生科学研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究プロジェクト(上田泰己プロジェクトリーダー)のジョリー クレィグ チャールズ(Craig C. Jolley)国際特別研究員らの研究グループによる成果です。
朝に目覚めて夜眠くなるように、私たち生物の多くの機能は周期的に働いています。このような周期的な振る舞い(振動)を作る元になるシステムを「自律振動子」と呼んでいます。自律振動子を作って「人工時計」として働かせることができれば、細胞の周期的な振る舞いを自由に操れる可能性があります。しかし、自律振動子の具体的な仕組みや作成方法はまだ、よく分っていませんでした。
研究グループは、一般的なタンパク質の可逆的修飾機構※2だけで自律振動子が生成できるのではないかと考えました。そこで、最も良く知られたタンパク質による化学修飾の酵素反応の速度を表す反応式「ミカエリス・メンテン式」※3を用いて、タンパク質の修飾状態が時間とともに振動する条件をコンピューターシミュレーションによって探索しました。その結果、周期的な修飾状態の振動を作るために必要な最少セットとして、「複数箇所に修飾を受ける基質タンパク質」、「修飾を触媒する酵素」、「脱修飾を触媒する酵素」の3種類のタンパク質があれば振動子を形成できることを発見しました。さらに、自律振動子を形成するためには酵素と基質の結合の強さ(親和性)と、修飾/脱修飾の反応速度に特定の組み合わせパターンが必要であることが分かりました。
今回、細胞内で自律振動子として働く酵素や基質が満たすべき条件を明らかにしました。この成果は、未知の細胞内自律振動子を見つける手がかりになるだけでなく、人工的にタンパク質の自律振動子を作り出し、細胞に新たな機能を持たせる際の設計指針になります。細胞内で「人工時計」として働かせて、細胞の周期的な振る舞いを自在に操ることができると、体内時計の乱れが原因となる不眠症などのリズム疾患の治療などに役立つと期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell Reports』オンライン版(10月18日付け:日本時間10月19日)に掲載されます。
背景
生物が示す多くの現象は周期性を持ちます。例えば、私たちが目を覚ましたり眠りに落ちたりするサイクルはおおよそ24時間周期で生じます。あるいは、カエルの受精卵はおおよそ30分ごとに細胞分裂を繰り返します。こうした周期的な振る舞い(振動)を引き起こす元となるシステムを「自律振動子」と呼びます。これまで細胞内でどのような因子がどのような仕組みで働き、自律振動子を形成しているのかについて、多くの研究が行われてきました。その中でも、私たちの1日周期で生じる生理現象に深く関わる概日時計は、最も理解が進んでおり、概日時計を駆動する遺伝子・タンパク質がさまざまな生物種で同定されています。それらがどのようにして自律振動子を形成するかについては、大きく分けて2つの仕組みが考えられています。
1つは、遺伝子の転写ネットワーク※4に基づくもので、転写因子の負のフィードバック制御※5によるものです。これについては、数理モデルによる定量的な理解が進んでおり、2011年に研究グループは、この仕組みが哺乳類の概日時計に重要な役割を果たすことを実際に細胞を用いた実験で示しました(2011年1月14日プレスリリース)。
2つ目は、タンパク質の可逆的な翻訳後修飾によるものです。これは、化学修飾を触媒する酵素と修飾を受ける基質の組み合わせにより、基質の修飾状態(基質が修飾されたり、脱修飾されたり)が時間とともに変動することで機能します。シアノバクテリアの概日時計※6は、この仕組みに基づいています。その機能を担うタンパク質は、多くの基質や酵素にはないいくつか特徴的な性質があります。そのため、一般的な酵素や基質を用いたタンパク質修飾に基づく自律振動子が作れるのか、また、そのために必要な最低条件が何かについては十分に理解されていませんでした。
研究グループは、一般的な酵素と基質の反応機構を用いた数理モデルを解析して、タンパク質修飾に基づく振動子を作るために必要な条件を検討しました。
研究手法と成果
研究グループはまず、自律振動子を形成するために最低限必要なタンパク質として、修飾酵素、脱修飾酵素、基質をそれぞれ1種類、計3種類のタンパク質だけを対象にしました。次に、酵素反応の速度を記述するとき、最も一般的に用いられている「ミカエリス・メンテン式」に従って修飾/脱修飾反応が起こると想定しました(図1)。この反応メカニズムでは、酵素と基質が結合する強さ(親和性)と基質が酵素によって修飾・脱修飾を受ける速さ(反応速度)の2つの要素で酵素反応の進行を表すことができます。そして、コンピューターを用いてこの2つの要素をさまざまに変更したときの基質修飾状態の時間変化をシミュレートしました。その結果、基質タンパク質の2カ所以上が修飾を受けると、修飾状態が振動する場合があることを発見しました(図2)。このとき、振動する場合と振動しない場合の違いを調べるため、12億通りの親和性と反応速度の組み合わせをコンピューターでシミュレーションし、どの組み合わせで振動が生まれるのかを調べました。その結果、振動を作る組み合わせには、2つの特徴があることが分かりました。1つは、対となる速度の速い修飾反応・脱修飾反応の方向の向きがそろっていること、2つ目は特定の修飾状態の基質が酵素と強く結合することです(図3)。この際、基質1つ1つの修飾状態に時間的な差が生じることあります。“遅れた修飾状態”の基質と酵素との親和性が高い場合には、“進んだ修飾状態”の基質が次の修飾状態になるために必要な酵素まで奪い取ることになります(図4)。そして、全ての基質が同じ修飾状態になってはじめて、全ての基質はいっせいに次の修飾状態に進むことができます。これにより、時間とともに修飾状態がいっせいに変動する自律振動子が 形成されると考えられます。
実際に、遅れた基質が次の修飾状態に進む速度を遅くすると、基質集団の足並みがそろうまでに時間がかかり振動の周期が長くなることが分かりました(図5)。また、2つ目の特徴である酵素と基質の親和性を低くすると、基質集団の足並みが乱れ、基質集団の同調した振動は見られなくなり、自律振動子は形成されませんでした(図6)。これらから、特定の親和性の高さや反応速度を調整することによって、振動の振幅や周期長を制御できることが明らかとなりました。
すなわち可逆的なタンパク質の修飾から振動が生み出される原理は、基質1分子ごとが決まった順序で修飾を受けることで1分子振動子として働くこと、そして、それらの状態が基質間で揃うことで、同期した1分子振動子が基質集団としての修飾状態の自律振動を生み出すこと、ということが分かりました。
今後の期待
今回の成果で、一般的な修飾酵素、脱修飾酵素と複数の修飾箇所を持つ基質があると、振動子が形成可能なことが分かりました。興味深いことに、今回明らかになった振動の仕組みは、シアノバクテリア概日時計タンパク質で提唱されている仕組みとよく似ていました。基質の複数の場所が特定の酵素によって修飾を受ける例は概日時計に関わるタンパク質をはじめ、他の周期的な現象に関わるタンパク質においても数多く知られています。従って、タンパク質修飾に基づく振動子は、シアノバクテリア概日時計にみられるような特殊な例ではなく、他の生物種の多様な周期現象でも機能している可能性があります。
さらに、振動子形成に必要な結合の強さ、反応速度のパターンが明らかになったことで、振動子形成に適した酵素や基質の組み合わせを検討することができるようになりました。今後、酵素と基質の結合や、反応速度を予測し改変できるようになると、細胞内で人工的に設計したタンパク質振動子を「人工時計」として機能させ、細胞の周期的振る舞いを自在に操り、体内時計の乱れが原因となる不眠症などのリズム疾患の治療などに役立てることができると期待できます。