要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、特定の病原体(抗原)に対して反応が強い高親和性と、反応が弱い、つまり似た抗原であれば反応しやすい低親和性の2種類の記憶Bリンパ球※1が、免疫反応後異なる時期に異なる性質を持つTリンパ球※2の助けによって産生されることを明らかにしました。特に低親和性記憶Bリンパ球は、Bリンパ球が活発に増殖する胚中心※3形成前に産生されることも分かりました。記憶Bリンパ球は刺激に対応して迅速に多量の抗体を産生する性質を持ち、この低親和性記憶Bリンパ球が巧みに変異していく抗原に柔軟に対応することが推察されます。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫記憶研究グループの竹森利忠グループディレクター、加地友弘研究員らとドイツMDC(Max-Delbrück-Center for Molecular Medicine、ベルリン)らによる共同研究グループ※4による成果です。
免疫反応は、病原体(抗原)の侵入に対して抗体を作って生体を防御しますが、同時にその抗原を記憶する記憶Bリンパ球を産生し長期間に蓄えます。そして、同じ病原体が再侵入すると迅速に免疫反応を起こして瞬時に生体を感染から防御します。私たちが普段利用しているワクチン接種は、この反応を応用しています。これまで記憶Bリンパ球の産生には、免疫反応の成熟期に作られる胚中心と呼ばれる特別な環境が必要であると考えられていました。一方、記憶Bリンパ球には、高親和性と低親和性の2種類があることが予想されていましたが、解析技術の遅れから記憶Bリンパ球がいつ、どこで、どのように作られるか、その詳細は不明でした。
共同研究グループは、さまざまな種類があるBリンパ球※1のなかから記憶Bリンパ球だけを正確に同定する技術開発に成功しました。また免疫反応で重要な役割を担う転写抑制因子Bcl6※5を B、Tリンパ球だけで欠損させるマウスを初めて作製し、それらを組み合わせて記憶Bリンパ球の産生経路を解析しました。その結果、Bリンパ球でBcl6を欠損させると、胚中心で産生される高親和性記憶Bリンパ球が欠如し、 Tリンパ球でBcl6を欠損させると、濾胞へルパーTリンパ球※2が欠如し、高親和性記憶Bリンパ球の産生が損なわれました。しかし、どちらの場合も低親和性記憶Bリンパ球の産生には影響ありませんでした。さらに、記憶Bリンパ球が抗体産生細胞に分化する際に活性化する24個の遺伝子を同定し、これらの遺伝子が発現する時期などを詳細に調べた結果、低親和性記憶Bリンパ球が胚中心形成前に産生されることを明らかにしました。これは、免疫記憶が異なった時期に異なった制御機構で確立されることを示し、免疫系の恒常性維持の制御機構に関して新たな展開をもたらすものと期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』に掲載されるに先立ちオンライン版(10月1日付)に掲載されます。
背景
免疫反応は、体内に侵入した病原体に反応して抗体を作り、侵入した病原体を体内から排除します。同時に侵入した病原体に対する免疫記憶を作り、同じ病原体が再度侵入すると直ちに反応して高活性な多量の抗体を作り迅速に排除します。この免疫記憶の仕組みを利用したのがワクチン接種です。病原性を弱くしたり、無くしたりした病原体や病原体の一部をあらかじめ体内に入れて免疫記憶を作り、病原体の感染に備えます。例えば、麻疹ウイルスワクチン接種では、ワクチン投与後、麻疹ウイルスに対する記憶Bリンパ球を産生し、およそ50年間も体内で維持することで、麻疹に感染することを防ぎます。
今までの研究から、記憶Bリンパ球は、①過去に抗原の刺激を受けた経験があること、②産生後、生体内で抗体を産生することなく長期に維持されること、③少ない量の抗原の再刺激で迅速に抗体産生細胞へ分化し多量の抗体を産生すること、という特徴を持つことが知られています。
また、免疫反応の成熟期で重要なイベントは、リンパ組織内の濾胞に胚中心(図1)が作られることです。この環境でB リンパ球は盛んに細胞分裂を繰り返しBリンパ球が持つ抗体遺伝子に高い確率で突然変異が起こります。その結果、ある抗原に対してだけ高い反応性を持つBリンパ球が産生され、胚中心に局在する濾胞ヘルパーT細胞と反応することで特定の免疫記憶をつかさどる記憶Bリンパ球が選択されると考えられています。
現在、ヒトやマウスの記憶Bリンパ球だけを識別できる単一の分子マーカーはありませんが、多くのマーカーを組み合わせることで記憶Bリンパ球の同定が可能です(図2)。しかし、免疫記憶形成と維持に関わる因子はいまだ同定されていません。これは生体内で記憶Bリンパ球の数が極めて少なく、解析のための十分な細胞の精製が困難なことが主な原因です。そこで共同研究グループは、免疫記憶の制御機構を明らかにするために、記憶Bリンパ球の産生経路の解明に挑みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、蛍光標識をした特定のマーカーを組み合わせて記憶Bリンパ球を分離・精製しました。そして、この細胞集団が微量の抗原刺激で抗体産生細胞に分化することを確認し、分化するときに活性化する24個の遺伝子を同定しました。
免疫反応が始まると、Bリンパ球は抗原特異的な活性化Bリンパ球や記憶Bリンパ球などを含んだ複数の集団に分化します。その中から記憶Bリンパ球だけの産生経路を導き出すために、各Bリンパ球の細胞表面にある特徴的な受容体などを識別できる表面マーカーを用いて分類しました。さらに各集団について24個の遺伝子の発現有無や時期を調べ、記憶Bリンパ球の経時的な産生経路を明らかにしました。この時、理研免疫記憶研究グループで確立した胚中心Bリンパ球への分化に必須な転写抑制因子Bcl6をBリンパ球だけに欠損させるマウスを用いて、免疫反応後の胚中心形成の有無、記憶Bリンパ球の動向を解析しました。また同様にTリンパ球だけに転写抑制因子Bcl6を欠損させるマウスを用いて、濾胞ヘルパーT細胞と記憶Bリンパ球の動態を解析しました。
その結果、免疫反応の初期にBcl6を発現しないTリンパ球によってよく似た抗原があれば結合しやすい低親和性記憶Bリンパ球が産生されることが分かりました。また、この産生は胚中心形成前に行われることも明らかになりました。さらに免疫反応の成熟期には、胚中心および濾胞ヘルパーT細胞の助けにより高親和性記憶Bリンパ球が産生されることが明らかになりました(図3)。
記憶Bリンパ球は再度の抗原刺激に対して迅速に反応し多量の抗体を産生できる特徴的な性質を持っています。これは、巧みに変異してゆく病原体に対して柔軟に対応するため、感染防御に必要最低限の機能を持つ低親和性記憶Bリンパ球が素早く産生され、続いて高親和性記憶Bリンパ球の産生によって、再度の抗原の侵入に対して間口を広げた防御機構を構築する新しい免疫システムの仕組みが示されました。
今後の期待
今回、2種類の記憶Bリンパ球の産生に関わる新しい経路を明らかにしました。その後の研究の進行から、高親和性と低親和性の両経路を介して産生された記憶Bリンパ球が、インフルエンザウイルス感染に対して防御能を発揮する可能性が明らかになり、生体での低親和性記憶Bリンパ球の重要性が確認できました。ただ、記憶Bリンパ球へ分化するための主要な遺伝子は未だ不明です。本研究では、免疫反応の初期や成熟期における記憶Bリンパ球集団で活性化する24個の遺伝子を明らかにしたので、今後これらの遺伝子の機能解析を行うと記憶Bリンパ球への運命を決定する因子の同定が期待できます。