要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、鳥類の発生過程で傍鼓膜器官※1を形成する細胞群(原基※2)を新たに発見し、「傍鼓膜器官原基」と名付けました。これにより傍鼓膜器官は、サメなどの軟骨魚類に見られる感覚器官、呼吸孔器官に由来することを明らかにしました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)感覚器官発生研究チームのRaj Ladher(ラジ・ラダー)チームリーダー、Paul O’Neill(ポール・オニール)研究員らと、英国ケンブリッジ大学のClare Baker(クレア・ベーカー)博士、米国アイオワ大学の研究者らによる共同研究グループの成果です。
鳥類は、鼓膜の近くにある傍鼓膜器官で気圧の変化を検知します。この器官はおよそ100年前に発見されましたが、その進化的由来はこれまで明らかになっていませんでした。傍鼓膜器官に類似する器官として、サメなど軟骨魚類の呼吸孔器官が知られています。呼吸孔器官は、顎の動きを検知していると考えられますが、形態的・機能的に傍鼓膜器官と非常によく似ています。しかし、ニワトリ胚を用いた過去の組織追跡実験※3で、傍鼓膜器官は、上鰓原基※4の1つである顔面神経節原基※5から形成されることが示されています。この原基は、軟骨魚類の呼吸孔器官の原基とは根本的に異なる部位であるため、傍鼓膜器官と呼吸孔器官の進化的関連性はない、というのが現在の定説です。
今回研究グループは、ニワトリ胚を用いて詳細な遺伝子発現解析や組織追跡実験を行いました。その結果、傍鼓膜器官は顔面神経節原基ではなく、これまで確認されていなかった新たな原基に由来することを明らかにし、これを「傍鼓膜器官原基」と名付けました。また、傍鼓膜器官原基と軟骨魚類の呼吸孔器官原基との間には高い類似性が認められることから、これら2つの器官が進化的に対応していることを証明しました。両者の間に進化的関連性を認めないこれまでの定説が覆ったことになります。進化の過程で四足動物は海から陸へと上がり、その際に不要となった多くの器官を失いましたが、呼吸孔器官はその機能を変化させることで傍鼓膜器官として生き残った例だと考えられます。
本研究成果は、英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に9月4日付けで掲載されます。なお、本研究の一部は日本学術振興会のフェローシッププログラムの支援の下に行われました。
背景
鳥類の中耳に見られる傍鼓膜器官は、液体に満たされた小さな袋状の器官で、その内側に、機械的な刺激を受容する有毛細胞※6が配置されています(図1)。傍鼓膜器官は、靭帯のような結合組織で鼓膜とつながっているため、気圧の変化に伴う鼓膜のわずかな動きが伝わります。その結果、傍鼓膜器官が変形して内部の液体に動きが生じ、それを有毛細胞が検知して脳に神経信号を伝えると考えられています。
この有毛細胞は、魚類や両生類では側線器官※7と呼ばれる一連の感覚器官で発達し、周囲の水の動きや微弱な電流を検知しています。サメなどの軟骨魚類では、側線器官の1つとされる呼吸孔器官が存在し、顎と接続してその機械的な動きを検知しています。この呼吸孔器官と鳥類の傍鼓膜器官の間には多くの類似性が存在し、ともに有毛細胞を持つこと、機械刺激を受容すること、構造が似ていること、解剖学的な位置が似ていること、脳への神経接続の様式が似ていることなどが挙げられます(図1)。こうした類似性から、側線器官は陸生となった羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)では失われているものの、鳥類の傍鼓膜器官だけは側線器官の例外的な生き残りだとする考えがあります。
一方で、1980年代に行われたニワトリ胚を用いた組織追跡実験では、傍鼓膜器官は魚類の側線器官をつくる原基とは根本的に異なる顔面神経節原基から形成されることが示されています。さらに、鳥類は一般的に側線器官を持たないことからも、鳥類の傍鼓膜器官と軟骨魚類の呼吸孔器官は進化的に無関係であるとする考え方が現在の定説です。
今回研究グループは、遺伝子発現解析を含む最新の実験手法を用いて、傍鼓膜器官の発生学的由来や進化的由来の検証に挑みました。
研究手法と結果
(1)傍鼓膜器官を形成する原基の発見
研究グループは、ニワトリ胚の傍鼓膜器官の原基をより詳細なレベルで観察するため、有毛細胞の形成に関わるSox2遺伝子の発現を解析しました。その結果、Sox2は顔面神経節原基ではなく、そのすぐ隣で発現していることを発見しました。このことは、顔面神経節原基とは異なる原基が存在していることを示唆していました(図2)。Sox2を発現する細胞群の動きを追跡したところ、発生の進行に伴って傍鼓膜器官とそこから顔面神経節へと伸びる神経細胞を形成することが分かりました(図3A)。
これらの結果から、傍鼓膜器官を形成するのは顔面神経節原基ではなく、すぐ隣のSox2を発現する領域であることが判明し、この領域を「傍鼓膜器官原基」と名付けました。この原基は、傍鼓膜器官と神経細胞の両方を形成することから、1つの感覚器官を形成する原基として十分なものです。また、傍鼓膜器官原基から形成される神経細胞と、顔面神経節原基から形成される神経細胞を比較したところ、遺伝子発現や形成される時期、細胞の大きさ、脳への接続位置などが異なることも確認しました。興味深いことに、傍鼓膜器官から伸びる神経細胞は顔面神経節を経由して脳に接続していましたが、顔面神経節原基に由来する神経細胞とは独立の回路を形成していました。このことは、鳥類の顔面神経節は一般的な神経節とは異なり、2種類の神経節が融合したものであることを示唆しています。このような神経節の特徴が、これまで傍鼓膜器官が顔面神経節原基に由来すると考えられていた一因である可能性があります。
(2)傍鼓膜器官と顔面神経節は異なる発生メカニズムを持つ
次に研究グループは、傍鼓膜器官と顔面神経節の発生メカニズムを比較するために、ウズラ胚とニワトリ胚の交換移植実験を行ないました。ウズラとニワトリは近縁種であるため、上皮組織の一部を交換移植しても発生することが知られています。また、抗体を用いた染色法により、移植した組織だけを識別することができます。まず、ウズラ胚の顔面神経節原基とその周辺の前駆組織を摘出し、ニワトリ胚の対応する部位に移植したところ、その移植片は正常に傍鼓膜器官と顔面神経節を形成しました。一方で、ウズラ胚の顔面神経節原基とは別の部位の前駆組織をニワトリ胚の先と同じ部位に移植したところ、顔面神経節の細胞は形成されるものの、傍鼓膜器官は形成されないことが分かりました(図4)。器官を形成する前駆組織は、周辺細胞からの誘導シグナルによって適切な原基を形成し、各器官へと分化することが知られます。今回の結果は、移植された先の部位が同じであるのにも関わらず、移植する部位によって傍鼓膜器官は形成されませんでした。つまりこの結果は、傍鼓膜器官と顔面神経節の発生は異なる仕組みで制御されていることを示しています。
(3)傍鼓膜器官は進化的に呼吸孔器官に由来している
傍鼓膜器官と呼吸孔器官が多くの点で類似していることに加え、今回新たに発見した傍鼓膜器官原基は、その位置が軟骨魚類の呼吸孔器官の原基と一致していました。このことから、傍鼓膜器官は進化的に呼吸孔器官に由来していることが明確になりました。一般的に、呼吸孔器官は側線器官の一部だと考えられているため、鳥類にも側線器官が保存されていることになります。
しかし、研究グループは、そもそも呼吸孔器官は側線器官ではないと考えています。軟骨魚類の呼吸孔器官は側線器官の原基とは異なる原基から生じることや、呼吸孔器官の構造や機能が他の側線器官とは明確に異なることがその理由です。さらに今回、側線器官を持たない鳥類に、呼吸孔器官だけがその機能を変えて維持されていることを示しました。逆に、ある種の魚類では、側線器官が維持されながらも呼吸孔器官だけが消失しています。これらの事実は、呼吸孔器官と側線器官は、それぞれ異なる発生メカニズムによって形成された根本的に異なる器官であることを示しています。
今後の展望
今回の研究により、鳥類が新たなもう1つの原基、傍鼓膜器官原基を持つことが明らかになりました。進化の過程で失われたと考えられていた軟骨魚類の感覚器官が、その機能を変化させて鳥類でも保存されていることを示しています。哺乳類でも、空を飛ぶコウモリでは保存されている可能性があります。
傍鼓膜器官は、生物が器官の機能を変化させ、種を越えて別の器官として再利用した例だと言えます。傍鼓膜器官は、そのような進化と環境適応のメカニズムを明らかにするための非常によいモデルになると考えられます。