要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、東アジア人集団を対象としたゲノムワイド関連解析※1を行い、腎臓機能の個人差に関わる12個の新規遺伝子を同定しました。これはオーダーメイド医療※2実現化プロジェクトとアジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)※3の成果を活用したもので、理研ゲノム医科学研究センター(久保 充明センター長代行)循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー(副センター長兼務)、統計解析研究チームの岡田随象客員研究員(現所属:Harvard Medical School)らの研究グループによる成果です。
腎臓は、尿を生成して体の成分を正常に保つ重要な臓器です。日本では、慢性腎臓病にかかって健常者の半分以下に腎臓機能が低下した患者数が400万人を超えています。機能がさらに低下すると、血液透析や腎臓移植が必要となります。約30万人の患者が透析を行っており、毎年新たに4万人弱の患者が透析を必要としています。透析医療にかかる費用は全国で年間1兆円以上とされ、医療経済の面で慢性腎臓病の予防は重要な課題です。慢性腎臓病へのなりやすさには個人差が存在すると考えられますが、そのメカニズムは今まで十分には解明されていませんでした。
研究グループは、日本人を含む東アジア人集団71,149人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約240万個の一塩基多型(SNP)※4と、腎臓機能の指標である尿素窒素※5、血清クレアチニン値※5、糸球体ろ過量※5、尿酸値※5との関連を調べる、大規模なゲノムワイド関連解析を実施しました。さらに、この解析結果を欧米人集団110,347人を対象にした解析結果と照合し、東アジア人の腎臓機能の個人差に関わる12個の新規遺伝子(MTX1-GBA、PAX8、MECOM、MHC region、UNCX、MPPED2-DCDC5、ALDH2、C12orf51、WDR72、MAF、BCAS3、GNAS)を同定しました。また、これまで発見された遺伝子と今回新たに発見した遺伝子のうち、7個の遺伝子(MECOM、MHC region、UNCX、WDR72、UMOD、MAF、GNAS)が慢性腎臓病のリスクを1.06倍~1.11倍に増加させることも明らかにしました。
今回同定した遺伝子を対象に研究すると、東アジア人における慢性腎臓病のメカニズムの解明につながるとともに、オーダーメイド医療に結びつけることができると期待できます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(7月15日:日本時間7月16日)に公開されます。
背景
腎臓は、尿を生成し体内の老廃物を排泄することで体の成分を正常に保つ臓器です。腎臓の機能(腎臓機能)の評価は、医療現場における重要な臨床検査項目として広く使用されています。CKD診療ガイド2009(日本腎臓学会編)によると、慢性腎臓病により腎臓機能が半分以下となった人は、日本では400万人以上に達し、このような患者は心臓疾患にもかかりやすくなることが分かってきています。さらに腎臓機能が低下すると、体内の老廃物を十分に排泄することができなくなり、やがて血液透析や腎臓移植が必要となります。日本ではおよそ30万人の透析患者がおり、毎年新たに4万人弱の患者が透析を必要としています(2010年末時点:我が国の透析療法の現況、日本透析医学会)。透析医療にかかる費用は全国で年間1兆円以上とされ、健康面だけでなく医療経済の観点からも、慢性腎臓病の予防は大変重要な課題です。
慢性腎臓病のなりやすさには個人差があることや、腎臓機能の正常値が人種によって異なることから、これらは遺伝的背景の違いに起因すると考えられていました。しかし、慢性腎臓病の原因となる遺伝子の同定は不十分でした。
研究手法と結果
研究グループは、文部科学省が推進するオーダーメイド医療実現化プロジェクトおよび東アジア人集団における遺伝的背景の解明を目的とした国際共同プロジェクト「アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)」の成果を活用し、中国、シンガポール、台湾、韓国、米国および日本の施設に集められた東アジア人集団71,149人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約240万個の一塩基多型(SNP)と、腎臓機能の指標である尿素窒素、血清クレアチニン値、糸球体ろ過量、尿酸値との関連を調べるという大規模なゲノムワイド関連解析を行いました。尿素窒素、血清クレアチニン値、尿酸値は、体内に存在する老廃物の量を反映し、糸球体ろ過量は腎臓が老廃物を排泄する働きを反映します。さらにこれらの解析結果を、欧米人集団110,347人を対象にした同様な解析結果と照合しました。その結果、腎臓機能の個人差に関わる21個の遺伝子を同定し、そのうち12個の遺伝子(MTX1-GBA, PAX8, MECOM, MHC region, UNCX, MPPED2-DCDC5, ALDH2, C12orf51, WDR72, MAF, BCAS3, GNAS)は新規に発見した遺伝子でした(図1)。また、21個の関連遺伝子を対象に、慢性腎臓病患者と健常人との比較を行った結果、7個の遺伝子(MECOM, MHC region, UNCX, WDR72, UMOD, MAF, GNAS)が慢性腎臓病へのかかりやすさを1.06倍~1.1倍増加させることも明らかにしました。
これら21個の遺伝子を、尿素窒素、血清クレアチニン値、糸球体ろ過量、尿酸値の4指標および慢性腎臓病との関連に基づき分類しました。その結果、複数の指標と関連する遺伝子が存在する一方で、単独の指標だけと関連する遺伝子も存在するなど、腎臓機能の指標と各関連遺伝子の間に、さまざまな関連パターンを認めました(図2)。特に、ALDH2, C12orf51, BCAS3の3つの遺伝子は、4つの指標全てに関連しているため、腎臓機能のメカニズムと深い関係にあることが示唆されます。
今後の期待
今回同定した遺伝子を対象に研究が進むと、日本人をはじめとする東アジア人における腎臓機能の個人差や慢性腎臓病メカニズム解明が期待できます。今後、これら遺伝子上のSNPを用いた慢性腎臓病リスクの予測など、個々人に合わせたオーダーメイド医療への応用に貢献できます。