要旨
理化学研究所(野依良治理事長)と高輝度光科学研究センター(JASRI、白川哲久理事長)は、日本発のX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA(さくら)※1が達成した性能と、コンパクトな施設を目指したユニークな設計が高く評価され、英国の科学雑誌『Nature Photonics』8月号に掲載されることをお知らせします。世界最短波長(0.63Å)、幅広い波長範囲(0.63~3Å)、10GWレベルの高いピーク出力などの優れた性能を実現し、欧米のXFEL施設の全長(2~4km)に比べ半分以下(700m)という「コンパクトXFEL」の有用性が認められました。こうした高い性能を実現したSACLAのユニークな設計や日本独自の技術は、今後、世界で建設が進められるXFEL施設開発のガイドラインとなります。
1960年、米国のセオドア・メイマンが最初のレーザーを発明してから半世紀の技術革新を経て、2011年10月28日、SACLAは0.63Å という世界最短波長のX線レーザーを生成することに成功しました。 波長は4桁以上短縮され、ついに、大きさがほぼ1Åの原子の動態を照らし出すことが可能となりました。 波長0.63Åは、 先行する米国のXFEL施設Linac Coherent Light Source (LCLS、 最短波長1.2Å) の約半分となります。 さらに今回、 0.63~3Åという幅広い波長範囲にわたって高出力・高安定のレーザーが生成可能なことも明らかになり、コンパクトXFEL施設SACLAの優れた性能が科学的に認められました。
SACLAは、 2012年3月から供用運転を開始しています(2012年3月6日発表)。 現在は、25の課題が順調に行われ、近く革新的な実験成果が報告されると期待できます。今後も、レーザー強度や安定性をより高めるため、さらなる高度化を進めるとともに、時間干渉性に優れたシングルモードレーザー※2実現を目指して研究開発を進めていきます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Photonics』8月号の掲載に先立ち、オンライン版(6月24日付け:日本時間6月25日)に発表されます。
背景
19世紀末にレントゲンが発見したX線は、 100年後の今日でも、 医学・産業・科学の発展に大きく貢献しています。X線はオングストロームレベルの短い波長を持つため、原子を見分ける高い空間分解能を有するという特性があります。一方、1960年代に可視光領域で実用化されたレーザーは、位相がそろったコヒーレント※3な光であり、きれいで(高干渉性)、指向性に優れ、輝度が高く、発光時間が短い(短パルス)などの特性があります。そのため、レーザーや放射光の発明は新たな科学技術を切り拓き、産業の発展に寄与してきました。X線レーザーは、これら2つの特性を併せ持つ夢の光といわれ、その実現が長らく待望されていました。
1980年代、「X線自由電子レーザー(XFEL)」という、高度な加速器技術に基づく方式を用いることで、コヒーレントな光の波長をX線領域まで到達できる可能性があるということが理論的に提唱されました。1990年代から本格的な技術的検討と要素技術開発が行われ、2000年代にはアメリカ・欧州・日本の3カ所で施設の建設が進められました。欧米の施設が全長約2km~4kmであるのに対して、日本のXFEL装置は全長約700mと半分以下というコンパクトな設計が特徴です(図1)。これを実現するために、 電子銃、線型電子加速器、アンジュレータ※4という主要3要素に日本独自の技術を採用しました(図2)。特に、磁石列を真空槽内に入れた真空封止アンジュレータを採用し、磁石の周期を18mmと従来の約半分に縮めました。その結果、より低いエネルギーで、すなわちコンパクトな設備で短波長のX線レーザーを生成することが可能になりました。2005年、コンセプト検証のための試作機(SCSS試験加速器)を建設し、真空紫外光(波長600Å、最大出力30μJ/pls)のレーザー生成に成功、2006年度には、「国家基幹技術※5」としてXFEL施設の建設プロジェクトを開始し、大型放射光施設SPring-8※6に隣接して建設・整備を行いました。2011年3月に施設を完成し愛称を「SACLA」と決定(2011年3月29日発表)、6月には当時の世界最短波長に並ぶ1.2ÅのX線レーザー生成に成功しました(2011年6月7日発表)(図3)。 その後システムの精密調整を継続し、レーザーの短波長化・高出力化・安定化を進めた結果、2011年10月28日に0.63Åという世界最短波長を更新するX線レーザー生成に成功しました(図4)。
SACLAが出力するX線レーザーは、SPring-8の放射光と比べ、約10億倍という高いピーク輝度、約1,000分の1という狭いパルス幅、高いコヒーレンスという特性を持ちます。
研究手法と成果
SACLAでは、線型加速器で加速した高エネルギーで高品質の電子ビームを、真空槽内で磁石列が上下に並んだ短周期真空封止アンジュレータ(18台)に通してX線レーザーを生成します。レーザーの短波長化、レーザー波長範囲の拡大と高出力化には、(1)電子ビームのエネルギーを可能な限り高くし、(2)高輝度の電子ビームを安定に生成し、(3)異なるアンジュレータの磁場条件のもと、広範囲の電子ビームエネルギーにわたって安定にレーザーを増幅する必要がありました。
(1)高エネルギー電子ビームの生成
SACLAの運転開始当初は、設計エネルギー(~8.4 GeV※7)より低いビームエネルギー(約7 GeV )でレーザー運転の調整を開始しました。SACLAでは電子を加速管で加速する際、加速に使用する電圧を発生させるために、5.7 GHzという周波数の電磁場を加速管に導入します。加速管が真新しい状態で加速電圧を急に上げると、加速管内表面のゴミやわずかな突起などにより放電が発生し、運転できなくなります。そのため、ビーム調整終了後、夜間も連続して電磁場を加速管に入れ続け、加速管の状態をモニターしながら、加速電圧を徐々に高めるという加速システムの調整を、24時間体制で約10ヶ月間継続しました。2011年10月には、8.4 GeVという高いエネルギーまで電子ビームを安定に加速できるようになりました。
(2)高輝度の電子ビームを安定に生成
レーザー出力を増大するには、レーザー増幅に寄与する電子の数を増やす必要があります。これには、電子ビームを圧縮するバンチ圧縮システム※8において、できる限り一様に電子ビームを圧縮することが求められます。2011年6月のレーザー増幅初観測時、SACLAの運転状態は、このような理想的なバンチ圧縮状態ではなく、電子ビームの一部だけが圧縮される(圧縮の一様性が悪い)状況でした。2011年の夏期停止期間終了後、電子ビーム特性を正確に計測できるビーム診断系を整備し、電子ビーム特性を多段のバンチ圧縮過程にわたり正確に観測しながら、上流から1段ごとにパラメータの最適調整を進めました。この結果、レーザー増幅に寄与する電子数を10倍以上に増やすことができ、1Åより長波長側の領域では、レーザーのピーク出力が10GW以上となりました(図5)。
(3)多様な運転条件への対応
0.63~3Åの広いレーザー波長範囲をカバーするには、5 ~8.4GeVのエネルギーの電子ビームをアンジュレータへ導き、安定なレーザー増幅を達成する必要があります。アンジュレータの磁場は電子ビームのエネルギーに依らず一定であるため、電子ビームを基準エネルギーから変えた場合、それに伴って変わる電子ビームの軌道や空間的な広がりなどをアンジュレータの決められた最適条件に整合させる必要がありました。電子ビームのエネルギーを変えた場合に電子ビームの特性がどう変わるかをシミュレーションで予測し、実際の結果をフィードバックして最適条件に合わせ込んだところ、多様な運転条件に適応して安定なレーザー増幅を実現できるようになりました。
今後の展望
現在は、25の課題が順調に行われ、近く革新的な実験成果が報告されると期待できます。今後は、SACLAを利用した多様で革新的な研究成果の創出を目指し、安定なレーザーの供給(図6)に努めるとともに、多様な実験を効率的に実施できるようにレーザー特性の改善を進めていきます。短期的には(1) レーザー波長範囲の拡大(2)レーザー強度の増大(3)レーザーパルス幅の制御(4)レーザー出力の安定化などが課題となります。長期的には、時間干渉性に優れたシングルモードレーザーの実現や、ビームライン高速切り替えシステムの開発を進めていきます。
また、SACLAの成功により、日本のコンパクトXFELという概念を取り入れたXFEL開発計画が、諸外国において立ち上がっています。まさに世界のXFEL施設開発をリードするガイドラインとしての地位を確立しました。XFELという優れた光源を広く普及するため、さらなる「コンパクト」なXFELの開発を、施設の高度化と並行して目指していきます。