要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、免疫応答の核となるT細胞の活性化や増殖を抑制する補助刺激受容体※1PD-1(Programmed Cell Death-1)※2が、集合体(ミクロクラスター)を形成し、T細胞の過剰な活性化を抑制していることを明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター(副センター長、大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授兼務)、横須賀忠上級研究員(科学技術振興機構さきがけ研究員兼務)と、大阪大学免疫学フロンティア研究センター、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科との共同研究による成果です。
免疫応答は、ウイルスや花粉などの抗原が体内へ侵入したことを察知し、生体を防御するための仕組みです。T細胞は、これらの抗原を感知して活性化し、増殖、細胞傷害活性、情報伝達物質の産生などを行い、特に長期的な免疫応答を制御しています。抗原が侵入すると、T細胞は抗原を取り込んだ抗原提示細胞※3と接着し、その接着面に免疫シナプス※4を形成することで、抗原の情報を受け取ります。研究グループはこれまでに、免疫シナプスの中に、T細胞受容体を核としたさまざまなシグナル伝達分子から成る集合体「ミクロクラスター」を発見、これがT細胞の抗原認識とその活性化情報を伝える“ユニット”であり、免疫応答の開始点であることを明らかにしてきました。
T細胞の活性化を抑制する分子として知られる補助刺激受容体PD-1は、慢性C型肝炎やエイズウイルス感染などの慢性炎症の抑制にも重要であることが分かり、臨床応用に向けて研究が進んでいます。2009年には、加齢に伴う免疫機能異常のマーカー分子であることも分かりました。しかし、PD-1を介するT細胞抑制メカニズムの詳細はいまだ判明していません。
今回、研究グループは、PD-1がT細胞受容体やシグナル伝達分子と共にミクロクラスターを形成し、シグナル伝達分子群を直接脱リン酸化して、T細胞の活性化を抑えていることを、分子イメージング※5技術を使って発見しました。その結果、T細胞は免疫シナプスを保持できず動き出してしまい、T細胞活性化情報の伝達が中断されることも分かりました。
今回、PD-1による新たなT細胞の抑制メカニズムが明らかになったことで、慢性ウイルス感染やがんに対する免疫応答の強化だけでなく、移植拒絶、アトピー性皮膚炎、リウマチといった自己免疫疾患の過剰な免疫応答の緩和など、免疫治療のさらなる進歩が期待できます。本研究成果は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「炎症の慢性化機構の解明と制御」研究領域(研究総括:高津聖志 富山県薬事研究所所長)における研究課題「MAPK経路の分子イメージングによるT細胞活性化遷延機構の解明」(研究者:横須賀忠)の一環として行われ、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』(5月28日付け:日本時間5月28日)にオンライン掲載されます。
背景
生体を外敵から守る免疫応答は、まずウイルスや花粉などの異物が抗原提示細胞によって取り込まれ、抗原としてT細胞に提示されることから始まります。その後、抗原を認識したT細胞は活性化し、さまざまな情報伝達物質を放出したり、がん細胞やウイルス感染細胞を殺したり、抗体産生を促すなど、より特異的で高度な免疫応答を長期にわたり引き起こします。抗原認識の際、T細胞は抗原提示細胞と強く接着し、その接着面には、T細胞受容体を中心に、細胞内のシグナル伝達分子が同心円状に並びます。この構造は、神経細胞のシナプスに似ていることから、「免疫シナプス」と呼ばれるようになりました(図1)。2005年に免疫シグナル研究グループは、免疫シナプスの中に、T細胞受容体と、リン酸基を付加する酵素キナーゼやタンパク同士の結合に必要なアダプターなどのシグナル伝達分子から構成される分子の集合体「ミクロクラスター」が存在し、これがユニットとして、T細胞活性化の開始と維持を行うことを明らかにしました。(2005年11月7日プレスリリース)。
T細胞の活性化には、T細胞受容体ミクロクラスターからのシグナルの他に、補助刺激受容体からのシグナルがバランス良く伝わることが必要と考えられています。免疫シグナル研究グループはこれまで、正の補助刺激受容体であるCD28もミクロクラスターとなり、特殊なキナーゼとともに免疫シナプス中心部で新たな活性中心を作り、T細胞の活性化を増強していること(2008年10月10日プレスリリース)、
また、負の補助刺激受容体であるCTLA-4もミクロクラスターとなり、CD28の活性中心を破壊することでT細胞の活性化を抑制していることを明らかにしました(2010年9月24日プレスリリース)。
近年、もう1つの負の補助刺激受容体PD-1が、より広範にT細胞の活性化を抑制する分子として注目されています。PD-1の遺伝子を欠損したマウスが、ループス腎炎や関節炎、拡張型心筋症などの全身性自己免疫疾患により死亡することから、PD-1は長期的なT細胞の活性化抑制に重要であると考えられています。慢性C型肝炎やエイズウイルス感染などの慢性炎症の際に出現する消耗T細胞※6もPD-1を高発現しており、PD-1のリガンド※7への結合を阻止することで消耗T細胞の機能が回復することから、PD-1の中和抗体も臨床応用されつつあります。また、PD-1は、加齢に伴うT細胞免疫応答性の低下を示す「免疫老化」のマーカー分子であることも示されました。しかし、臨床的な有用性が先行しているのに対し、PD-1を介するT細胞抑制メカニズムの解明は進んでいません。これまでは、マウスによる個体レベルでの解析や細胞を用いた生化学的解析が中心で、分子レベルの解析は行われていませんでした。そこで研究グループは、PD-1がT細胞の活性化をどのように抑制するか、分子レベルの解析に挑みました。
研究手法と成果
T細胞でのPD-1分子のリアルタイムな動きを、分子イメージング技術を用いて解析するため、まず、T細胞受容体のリガンドである主要組織適合抗原複合体とPD-1のリガンドであるPD-L1をガラス平面上の人工脂質二重膜に載せた、疑似的な抗原提示細胞膜「プレイナーメンブレン」を開発しました(図2)。次に、このプレイナーメンブレン上にT細胞を置き、T細胞とプレイナーメンブレンとの接着面で起きる現象を、緑色蛍光タンパク質などを付加させた分子を指標にし、全反射蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡で観察しました。
観察の結果、T細胞がプレイナーメンブレンに接着すると直ちに、T細胞受容体はミクロクラスターとして集まり、集まったT細胞受容体ミクロクラスターは数分のうちに免疫シナプスの中心に移動、凝集しました。同時に、PD-1もミクロクラスターを形成し、免疫シナプスの中心に移動し、凝集しました(図3)。また、PD-1はミクロクラスターを形成する際、数十秒という短時間で、SHP2という脱リン酸化酵素※8をミクロクラスターに呼び込み会合すること(図4)、このSHP2が、ミクロクラスターに集まるシグナル伝達分子を、直接脱リン酸化して、T細胞受容体からの活性化シグナルを抑制することが分かりました。
さらに、活性化シグナルを失ったT細胞は、免疫シナプスを保持できず、プレイナーメンブレン上を無作為に動き回り始め、その結果、T細胞の活性化が中断されることが分かりました。慢性炎症が続くと体内に現れる消耗T細胞も、PD-1を高発現しています。この消耗T細胞もPD-1のミクロクラスターを作ること、PD-1のリガンドへの結合を阻害すると、PD-1のミクロクラスターは消失し、消耗T細胞の機能が回復することも分かりました。
これまで、PD-1もCTLA-4も、T細胞の活性化を抑制する負の補助刺激受容体であることは知られていましたが、先行研究と今回の成果により初めて両者のT細胞活性化抑制メカニズムの違いを明らかにすることができました(図5)。
以上から、T細胞の活性化だけでなく、T細胞を抑制するミクロクラスターがあることが分かりました。本研究は、T細胞活性化を調節する分子のダイナミズムを観察することで、免疫応答の亢進と抑制の新たな分子メカニズムを解明したものといえます。
今後の期待
今回、PD-1ミクロクラスターの存在を明らかにし、その抑制のメカニズムが分かりました。CTLA-4をはじめ負の補助刺激受容体はいくつか存在しますが、それぞれが異なった調節機構を持ち、多方面からT細胞の過剰な活性化を効率良く制御していることが示唆されます。
現在、慢性C型肝炎やエイズウイルス感染を排除する、また、がん患者での免疫系を活性化するために、抗PD-1抗体や抗PD-1リガンド抗体が臨床応用され始めており、すでに臨床応用されている抗CTLA-4抗体よりも効果が顕著であると報告されています。しかし、免疫系の全身的な活性化による二次的な自己免疫疾患の発症など、阻害抗体使用による副作用も危惧されています。今回の成果は、PD-1の動態を制御するなど新しい観点からの創薬とともに、より選択的な免疫抑制剤や免疫活性剤の開発への可能性を示しており、安全で効果的な免疫治療の進歩につながると期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫シグナル研究グループ
グループディレクター
斉藤 隆(さいとう たかし)
上級研究員
科学技術振興機構さきがけ研究員
横須賀 忠(よこすか ただし)
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
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