要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独自開発の遺伝子迅速検出法「RT-SmartAmp 法※1」を適用して、従来のインフルエンザウイルス簡易検査キットに比べ約100倍という高感度で、かつ40分以内と短時間でウイルスを検出する方法を開発し、臨床研究でその有効性を実証しました。これは理研オミックス基盤研究領域(OSC、林崎良英領域長)LSA要素技術開発グループLSA要素技術開発ユニットの石川智久上級研究員らと複数の医療・研究機関、地域診療所※2の協力による成果です。
2009 年、新型のインフルエンザ2009 pandemic A/H1N1(2009 pdm A/H1N1)ウイルス感染が国内で急速な広がりをみせました。特に妊婦、乳幼児および糖尿病やぜんそくなどの基礎疾患がある高齢の患者においては、重篤化する恐れがあるため早期の診断が求められました。LSA要素技術開発ユニットは、こうしたニーズに応えるため特定のウイルスが検出できるRT-SmartAmp 法を開発しました。鼻腔や気管の分泌液から標的ウイルスのゲノムRNAを1段階でDNAに変換して増幅するようにプライマー※3を設計して、検出時間を40分以内に短縮することに成功しました。さらに、一般的にPCR※4を用いたウイルス検出法とは異なり、ウイルスRNAを抽出するステップをなくすことで操作を簡便にできました。実際の医療現場で性能を検証するために、千葉県や東京都にある3医療・研究機関と11地域診療所の協力を得て、2009 pdm A/H1N1ウイルスを検出する臨床研究を行いました。その結果、従来の検査キットでは、発症後24時間を経ないと検出が難しかったのですが、6~24時間以内でも感度よく検出できることを確認しました。これにより2009 pdm A/H1N1ウイルスの早期発見に有効な検出法となる可能性を示しました。
またRT-SmartAmp法は検出対象とする遺伝子を増幅するためのプライマーの設計を変えることで、タミフル※5耐性型のウイルスや新型高病原性H5N1亜型ウイルス※6の検出にも応用することが可能です。今後も懸念される新型パンデミックインフルエンザウイルスの蔓延防止に役立つ高感度で迅速な診断方法として貢献すると期待できます。
本研究の一部は、科学技術振興調整費「重要政策課題への機動的対応の推進」プログラム“新型インフルエンザ対策に資する緊急研究”として行い、本成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(1月25日付け:日本時間1月26日)に掲載されます。
背景
インフルエンザウイルスは、タンパク質の抗原性の違いによりA型、B型、C型の3属に分類されます。その遺伝子は1本鎖RNA上にあるため、変異頻度が高く細かな変異を有する亜型が次々と発生するのが特徴です。特にA型は変異型が多く、世界的な大流行(パンデミック)を起こしやすいことが知られています。2009 年、メキシコで発生した豚由来の新型インフルエンザ2009 pandemic A/H1N1 (2009 pdm A/H1N1)ウイルスは世界的な猛威をふるい、全世界でおよそ18,000人もの死者を出しました(出典:Pandemic(H1N1)2009 ‐update 97(World Health Organization, Geneva, Awitzerland.2010))。国内においても急速な広がりをみせ、特に妊婦、乳幼児および糖尿病やぜんそくなどの基礎疾患がある高齢の患者では重篤化する恐れがあるため、早期の診断が緊急に求められました。しかし2009年当時、医療現場で広く使用されていた簡易検査キットでは、A 型かB 型ウイルスかを区別して判定することはできても、同じA型に属する2009pdm A/H1N1ウイルスを判別することはできませんでした。そのため医療現場で迅速に診断することができず、重篤な症例や死亡例が報告されました。
2009 pdm A/H1N1ウイルス感染は2010年には収束しましたが、今後も新型インフルエンザが大流行する可能性があるといわれており、社会的および経済的パニックを招く危険性が十分考えられます。被害を最小限にくい止めるには、流行の初期に原因ウイルスを確定し、早急に感染拡大の防止対策を講じることが必要不可欠です。そこで、LSA要素技術開発ユニットは、こうしたニーズに応えるため医療現場で有効性のある特定のウイルスを検出できる方法の開発に挑みました。
研究手法と成果
理研オミックス基盤研究領域が開発したRT-SmartAmp 法は、等温DNA増幅法であるSmartAmp法※7と逆転写酵素反応※8を組み合わせることで、インフルエンザウイルスなどのゲノムRNAにコードされた遺伝子を特異的に検出する方法です。一般的にウイルス検出に用いられるPCRのように反応温度を上下させる必要がなく、摂氏60度で逆転写酵素反応と等温DNA 増幅反応を同一のチューブで同時に行うことができるため、簡単な装置で遺伝子を検出することが可能です。そこで、2009 pdm A/H1N1ウイルスを検出対象としたプライマーを設計したところ、検体採取後40分以内でウイルスに特有の遺伝子配列を簡単に検出することができました(図1)。また、タンパク質レベルで検出する従来のインフルエンザ簡易検査キットと比べて、遺伝子レベルで検出することによる正確さと、SmartAmp 法がもつ優れたDNA増幅能により約100倍もの高感度が実現できました。
RT-SmartAmp 法の有効性を医療現場で検証するために、千葉県と東京都にある3医療機関(千葉県立東金病院、いすみ医療センター、国立国際医療研究センター)と千葉県の東金市、山武市・山武郡にある11診療所の協力を得て、2009 pdm A/H1N1ウイルス検出の臨床研究を行いました。インフルエンザの疑いのある発熱外来患者対象に、鼻腔から綿棒で検体を採取して、従来のインフルエンザ簡易検査キット(免疫クロマトグラフィー法)※9とRT-SmartAmp 法でインフルエンザウイルスを検出しました。その結果、簡易検査キットでは、255検体中110検体がA型インフルエンザと診断されたのに対し、RT-SmartAmp 法では、140検体から2009 pdm A/H1N1ウイルスを検出しました。そのうち104検体は簡易検査キットでも陽性反応が出ましたが、残りの36検体はRT-SmartAmp法だけが検出できました。また、2009 pdm A/H1N1ウイルスと診断した98検体は、発熱から24時間以内の患者の検体であり、そのうちの28検体は6時間以内のものでした。従来の簡易検査キットでは、感度にばらつきがあったり発症から24時間以上経過しないと検出が難しいのですが、RT-SmartAmp 法を使えば、発症から高感度で迅速にウイルスを検出できることを実証しました。
さらに、本臨床研究の一例である自己免疫性肝炎を患った女性(72歳)の場合は、発熱から11時間後にRT-SmartAmp法で調べたところ、2009 pdm A/H1N1ウイルス感染陽性でしたが(図2A)、簡易検査キットではA 型とB 型ともにウイルス感染陰性でした。その後、52時間経過しても簡易検査キットでは陰性のままでした。この女性はタミフル投与などさまざまな治療を受けましたが、胸部レントゲン写真(図2B)が示すように症状は悪化の一途を辿り、残念ながら発熱から52時間後に死亡しました。この症例は、厚生労働省からも報道発表された2009 pdmインフルエンザ感染による死亡例でした。また詳しく調べてみるとウイルスの一部に変異があり、1918年に世界大流行したスペイン・インフルエンザウイルスと同じ変異だったことが分かりました(図2C)。この重篤な症例で示されたように、従来法では死亡時まで診断できなかった症例でも、RT-SmartAmp法では発症初期段階からウイルスを検出することができました。
今回の臨床研究結果から、RT-SmartAmp 法は2009 pdm A/H1N1ウイルスの早期発見に有効な検出法、さらにはその蔓延を防止する効果的な手段となる可能性を示しました。
今後の期待
21世紀は感染症の時代ともいわれ、国際的な交通網の発達とともに感染症の世界規模での拡大が懸念されています。2009年、世界中で感染拡大した新型インフルエンザ2009 pdm A/H1N1ウイルスの出現は、近代社会における感染症の脅威に警鐘を鳴らすこととなりました。特にわが国では、インフルエンザ治療においてタミフルを広く使用しており、タミフル耐性ウイルスが出現する可能性が極めて高いことが予想されます。また、アジアを中心に世界15カ国で鳥インフルエンザH5N1亜型のヒトへの感染が発生しています。早期診断・早期治療は患者の生死を分けるばかりでなく、社会・経済活動全体に対する影響を最小限にくい止めるために重要です。今回の臨床研究は、理研オミックス基盤研究領域が開発したRT-SmartAmp 法が医療現場で短時間に高感度で特定のインフルエンザウイルスを検出できることを実証しました。その検出方法の原理は、タミフル耐性ウイルスや新規の変異ウイルスの検出にも応用することができます。現在、石川上級研究員は文部科学省・感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)インフルエンザコンソーシアムのなかで、鳥インフルエンザH5N1亜型ウイルスのRT-SmartAmp法による迅速検出法を開発しています。このように将来懸念される新型パンデミックインフルエンザウイルスの蔓延防止に役立つ新しい診断方法として貢献することが期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
オミックス基盤研究領域
LSA要素技術開発グループ LSA要素技術開発ユニット
上級研究員 石川 智久(いしかわ としひさ)
Tel: 045-503-9222 / Fax: 045-503-9216
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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