要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体内に侵入した細菌やウイルスなどを排除する感染免疫応答が活性化するとき、免疫細胞の一種である形質細胞様樹状細胞※1が、最初の段階で深く関与していることを明らかにしました。これは理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)樹状細胞機能研究チームの佐藤克明チームリーダーらによる研究成果です。
免疫(感染免疫応答)とは、生体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体(抗原)を認識して排除し、宿主を病気や感染から守る高度なシステムです。感染免疫応答には自然免疫応答と獲得免疫応答があります。自然免疫応答とは、最初に浸入してきた抗原を抗原提示細胞※2である樹状細胞※1やマクロファージが取り込んで活性化し、情報伝達物質(サイトカイン※3)を分泌して自身や他の免疫細胞による捕食、殺菌を促し、適切な炎症を引き起こすシステムです。それと同時に、抗原提示細胞がヘルパーT細胞※4やキラーT細胞※4に異物(抗原)の情報とサイトカインを与えて活性化させ、病原体やその感染細胞を攻撃して排除するシステムを獲得免疫応答と呼びます。しかし、最初にどの免疫細胞が抗原を認識し、感染免疫応答を引き起こすのかについては不明でした。
樹状突起をもつ白血球で、免疫細胞の1つある樹状細胞は、通常型樹状細胞※1と形質細胞様樹状細胞に大別されます。通常型樹状細胞は、もとから樹木の枝のような形(樹状形態)ですが、形質細胞様樹状細胞は最初球形で、抗原と遭遇し活性化した後に樹状形態になり、他の白血球と比べて、免疫応答に関わるサイトカインの一種であるI型インターフェロン※5を多く産生するという特徴があります。
研究チームは、最初に抗原に出会う形質細胞様樹状細胞に注目し機能を調べた結果、形質細胞様樹状細胞が抗原に対して自然免疫応答の炎症反応を引き起こすことと、獲得免疫応答のキラーT細胞の活性化に必要なことを発見しました。また、形質細胞様樹状細胞を欠損したマウスでは、感染免疫応答による十分な生体防御反応が起こらないことも見いだしました。
今回、感染免疫応答の最初の段階で、形質細胞様樹状細胞が自然免疫応答と獲得免疫応答の双方に関与することを明らかし、これまでに未知だった生体防御開始のシステムの知見を得ることができました。この成果を応用することで、感染症に対する新しい治療法の開発につながる可能性が期待できます。
本研究は、米国の科学雑誌『Immunity』(12月15日付け:日本時間12月16日)にオンライン掲載されます。
背景
感染症とは、細菌やウイルスなどの病原体(抗原)が宿主の体内に侵入して増殖、または毒素を産生する反応(病気)の総称です。感染症は有史以前から近代まで、ヒトの病気の原因の大部分を占めています。特に発展途上国で大きな問題ですが、先進国でも、新しい感染症や再発する感染症に加えて、多剤耐性菌の蔓延やバイオテロの脅威、高度医療の発達に伴う手術後の患者や免疫抑制状態の患者での日和見感染増加など、まだまだ課題が多い状況です。
細菌やウイルスにより感染すると、生体は防御するために免疫反応(感染免疫応答)を引き起こします。感染免疫応答には、自然免疫応答と獲得免疫応答があります。自然免疫応答では、免疫細胞の1つである抗原提示細胞の樹状細胞やマクロファージが抗原を認識して活性化し、情報伝達物質(サイトカイン)を産生します。その結果、自身や他の免疫細胞による捕食、殺菌を促して適切な炎症反応を引き起こし、病原体の増殖を防止します。さらに獲得免疫応答では、抗原提示細胞により抗原情報とサイトカインを伝達されたヘルパーT細胞やキラーT細胞が活性化して、抗原やその感染細胞を攻撃します。
これまで、最初に病原体に出会う樹状細胞について盛んに研究が行われてきましたが、どのように抗原を感知してサイトカインの産生による自然免疫応答を引き起こし、獲得免疫応答を誘導して抗原に対する生体防御反応を成立させるかについて不明でした。樹状細胞は通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別されますが、研究チームは、免疫応答に関わるサイトカインの一種であるI型インターフェロンを多く産生する形質細胞様樹状細胞に着目し、感染免疫応答開始のメカニズム解明に挑みました。
研究手法と成果
研究チームは、形質細胞様樹状細胞の役割を明らかにするために、形質細胞様樹状細胞に特異的に発現する「Siglec-H(シグレック‐エイチ)」というタンパク質を欠損したノックアウトマウス(Siglec-H欠損マウス)や、形質細胞様樹状細胞そのものを欠損した遺伝子改変マウス(形質細胞様樹状細胞欠損マウス:図1)を作製しました。
まず、Siglec-Hと形質細胞様樹状細胞のサイトカイン産生の関係性を調べるために、野生型マウスとSiglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞を精製し、病原体成分を加えて試験管内で培養しました。その結果、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではI型インターフェロンや他のサイトカインの産生が亢進していました(図2左)。これは、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のサイトカイン産生を抑制することを示しています。
また、Siglec-Hと形質細胞様樹状細胞のキラーT細胞活性化能(増殖反応誘導能)の関係性を明らかにするために、野生型マウスとSiglec-H欠損マウスのそれぞれの形質細胞様樹状細胞に抗原と抗原特異的キラーT細胞を加えて試験管内で培養しました。その結果、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではT細胞活性化(増殖反応)が低下しました(図2中央)。これは、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のT細胞活性化能(増殖誘導能)に必要であることを示しています。
次に、野生型マウス、Siglec-H欠損マウス、形質細胞様樹状細胞欠損マウスに病原体成分を投与し、血液中のサイトカインの産生量を測定しました。その結果、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスではI型インターフェロンや他のサイトカインの産生量が亢進しましたが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは顕著に低下しました(図2右)。また、同様に通常型樹状細胞についても観察した結果、野生型マウスでは活性化しており、Siglec-H欠損マウスではそれ以上に活性化していました。しかし、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは活性化の抑制が見られました。これは、形質細胞様樹状細胞が最初に病原体を感知してI型インターフェロンや他のサイトカインを産生し、通常型樹状細胞を活性化させていることを示し、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のサイトカインの産生を直接的に制御していることを示しています。
実際のウイルスに対する反応を検証するために、それぞれのマウスに単純ヘルペスⅠ型ウイルスを感染させ、血液中のサイトカインの産生量、ウイルスに対するキラーT細胞の生成、臓器(脾臓)でのこれら病原体量をそれぞれ測定しました。その結果、野生型マウスと比較してSiglec-H欠損マウスでは感染によるI型インターフェロンや他のサイトカインの血液中の産生が亢進していましたが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは著しく低下していました(図3左)。一方、ウイルスに対するキラーT細胞の生成では、野生型マウスと比較してSiglec-H欠損マウスでは低下し、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは顕著に低下していました(図3中央)。さらに、脾臓での病原体は野生型マウスで検出されませんでしたが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスはSiglec-H欠損マウスと比較して高い病原体量が検出されました(図3右)。
以上の結果から、病原体に感染した宿主は、最初に形質細胞様樹状細胞がSiglec-HによるI型インターフェロンなどのサイトカインの産生調節を介して、通常型樹状細胞や他の免疫細胞を活性化させ自然免疫応答を誘導し、またキラーT細胞を積極的に生成することで獲得免疫応答を誘導し、効率的に病原体やその感染細胞を排除することを示しました。
今後の期待
今回、形質細胞様樹状細胞が、病原体に対する感染免疫応答を最初に誘導するという重要な役割を担っていることが分かり、宿主の生体防御反応を引き起こすシステムを明らかにすることができました(図4)。今後、このシステムを応用して形質細胞様樹状細胞を効率的に活性化することで、感染症のワクチン開発を含む新たな治療法の開発につながると期待できます。