要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、成人気管支喘息(ぜんそく)の発症に関連する5つのゲノム領域を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)呼吸器疾患研究チームの玉利真由美チームリーダー、広田朝光リサーチアソシエイト、国立大学法人京都大学、国立大学法人筑波大学、ハーバード大学を中心とする共同研究グループ※1による成果です。
成人気管支喘息は、慢性炎症、可逆性の気道狭窄(きょうさく)や気道過敏性の亢進を特徴とする閉塞性呼吸器疾患で、繰り返し起きる咳や呼吸困難などの症状が見られます。適切な治療を行っても効果が少ない難治性の症例が存在することや、喘息死の90%近くを60歳以上の高齢者が占めることなどから、科学的な病態の解明や、それに基づく治療法の確立が急務となっています。
研究グループは、日本人の成人気管支喘息患者1,532人と非患者3,304人について、ヒトゲノム全体に分布する約46万個の一塩基多型(SNP; single nucleotide polymorphism)※2のゲノムワイド関連解析(GWAS)※3を行い、統計学的に比較検討し、成人気管支喘息の発症と関連しているSNPを探索しました。また、別の成人気管支喘息患者5,639人と非患者24,608人について追認解析を行い、得た結果の再現性を確認しました。その結果、5つのゲノム領域4q31、5q22、6p21、10p14、12q13に存在する遺伝子多型が、日本人の成人気管支喘息へのかかりやすさに強く関連していることが分かりました。これらのゲノム領域には、これまで呼吸機能の1秒率(FEV1/FVC)※4との関連が報告されているSNPや、感染や炎症に関わる免疫応答遺伝子が数多く含まれていました。また、気道上皮細胞で強く誘導される遺伝子のTSLP遺伝子※5を含むゲノム領域5q22に存在するSNPは、米国で収集された白人集団でも結果の再現性を確認でき、このゲノム領域には人種の違いを超えた成人気管支喘息に関連する遺伝要因が存在することも分かりました。
今回発見した5つのゲノム領域に存在する遺伝子群や遺伝子発現の調節機構について解析を進めることで、今後、成人気管支喘息の病態解明の進展が期待されます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月31日付け:日本時間8月1日)に掲載されます。
背景
気管支喘息は、環境要因と遺伝要因とが複雑に関与して引き起こされると考えられていますが、その発症や進展の仕組みについては、いまだによく分かっていません。気管支喘息のうち成人気管支喘息は、小児気管支喘息に比べてより重症であり、薬剤治療が通年的に必要とされる症例が多いのが特徴です。さらに、その約5%の症例においては、喘息症状の抑制が既存の薬剤だけでは困難といわれています。また、喘息の管理上、問題となる喘息死(2009年に2137人:厚生労働省『平成21年人口動態統計月報年計』)は成人気管支喘息に多く、その90%近くが60歳以上の高齢者です。こうした理由から、成人気管支喘息の病態を科学的に明らかにすることは、新規の治療法の開発や、喘息死の予防につながると期待されています。
研究手法
研究グループは、成人気管支喘息の遺伝要因を明らかにするため、日本人の成人気管支喘息患者1,532人と非患者3,304人について、ヒトゲノム全体に分布する約46万個のSNPのゲノムワイド関連解析(GWAS)を行ない、統計学的に比較検討し、成人気管支喘息の発症と関連しているSNPを探索しました。さらに、探索したSNPについて、別に集めた成人気管支喘息患者5,639人と非患者24,608人で追認解析を行い、結果の再現性を確認しました。
今回使用したDNA試料は、共同研究機関及び文部科学省委託事業「オーダーメイド医療実現化プロジェクト(個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト)」から配布を受けたものです。
研究成果
GWASと追認解析の結果、5つのゲノム領域4q31、5q22、6p21、10p14、12q13に存在するSNPでP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が5×10-8未満と低く、これらが日本人の成人気管支喘息へのかかりやすさに強く関連していることが分かりました(図1)。
4q31:このゲノム領域は、ヒトの4番染色体長腕(4q31)に存在し、USP38とGAB1の2つの遺伝子を含んでいます。USP38遺伝子の詳しい機能はまだ分かっていません。一方、GAB1遺伝子は、IL-3、IL-6、IFN-α、IFN-γなどの炎症性サイトカインの受容体やB細胞受容体及びT細胞受容体を介して活性化されるシグナル伝達経路において重要な役割を果たすことが知られています。
5q22:このゲノム領域は、ヒトの5番染色体長腕(5q22)に存在し、TSLP(Thymic stromal lymphopoietin)とWDR36( WD repeat domain 36)の2つの遺伝子を含んでいます。また、このゲノム領域は、好酸球性食道炎や好酸球数のGWASでも関連領域として報告されています。ヒトにおけるWDR36遺伝子の詳しい機能はまだ分かっていません。TSLP遺伝子は、気道ウイルス感染、プロテアーゼ活性を持つアレルゲン(クーラーのカビなど)、炎症性サイトカインやタバコにより気道上皮で強く誘導される遺伝子であり、環境要因を感知し、その暴露後にTh2免疫応答を誘導する遺伝子です。TSLP遺伝子のSNPでは、米国から収集された白人集団でも結果の再現性が確認できたことから、人種の違いを超えた遺伝要因であることが分かりました。
6p21:ヒトの6番染色体短腕(6p21)に存在するゲノム領域内で最も強い関連(rs404860)は、HLA領域※6で認められました。2010年、健常人の呼吸機能のGWASが行なわれ、6p21に存在するSNP(rs2070600)が1秒率 (FEV1/ FVC) に関連することが報告されています。1秒率の低下は気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの閉塞性肺疾患に特徴的に認められます。rs404860は、rs2070600のごく近傍(32.9 kb下流)に位置しており、気管支喘息と呼吸機能(1秒率)低下という共通の遺伝要因が存在する可能性が考えらます。
10p14:このゲノム領域は、ヒトの10番染色体短腕(10p14)に存在し、遺伝子砂漠と呼ばれる既知の遺伝子が存在しない領域で、最も関連の強かったSNPはGATA3 (GATA binding protein 3)遺伝子の1Mb下流に存在しています。GATA3遺伝子はTh2細胞の分化における主要な調節因子ですが、この関連領域内にGATA3遺伝子の発現に影響を与える転写調節領域が存在するかについては、さらなる研究が必要です。
12q13:このゲノム領域は、ヒトの12番染色体長腕(12q13)に存在し、多くの遺伝子がこの領域に密集して存在しています。最も関連の強かったSNP(rs1701704)は、これまで、GWASによりI型糖尿病、そして円形脱毛症の疾患関連SNPとして報告されています。この rs1701704 はIKZF4 (IKAROS family zinc finger 4)(Eos)遺伝子の2kb上流に位置していました。IKZF4遺伝子は、本来は無害である吸入抗原に対する有害な免疫応答を抑制する調節性T細胞(Regulatory T cell)※7の分化に働く遺伝子です。
今後の期待
今回、成人気管支喘息の発症に重要な役割を果たすヒトのゲノム領域が明らかとなりました。現在、培養細胞やマウスモデルを使った研究により、喘息の治療標的分子の同定が試みられていますが、今回のような、多くのヒトサンプルを用いたゲノム研究は、標的分子の絞り込みにも役立ちます。今後、これら複数の関連遺伝子がどのように組み合わさって機能しているのかを調べることで、成人気管支喘息の病態解明が進むことが期待されます。