要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長)は、免疫細胞の一種であるB細胞※1が、肺炎球菌などの病原体成分に反応して抗体※2を産生するためには、抗原のシグナル伝達を担うアダプター分子※3「CIN85」が必須であることを解明しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)分化制御研究グループの黒崎知博グループディレクター(兼 大阪大学免疫学フロンティア研究センター分化制御研究室 特任教授)と米谷耕平研究員らを中心とする共同研究グループの成果です。
B細胞は、生体を脅かす細菌やウイルスなどの抗原に遭遇すると、抗体を産生して抗原を攻撃し、排除します。そのため、B細胞が適切に活性化できないと免疫不全に陥ります。その反対に、B細胞が過剰に活性化するとアレルギーや自己免疫疾患、リンパ腫を引き起こす可能性があります。しかし、B細胞が活性化する仕組みはいまだに不明な点が多く、この仕組みを明らかにすることが急務とされていました。
研究グループは、B細胞内に存在し、細胞外からのシグナルの伝達を担うアダプター分子CIN85に注目し、このタンパク質がNF-κB※4という転写因子※5の活性化に必須であり、CIN85が存在しないと、病原体成分の一種であるII型T細胞非依存的抗原(TI-II抗原)※6に対して抗体を産生することができなくなることを発見しました。CIN85によるNF-κBの活性化の機構は、これまで知られていなかった全く新しいメカニズムです。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」研究領域(菅村和夫研究総括)における研究課題「液性免疫制御による新しい治療法の開発」(研究代表者:黒崎知博)の一環として行われたもので、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』(7月4日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月27日付け:日本時間6月27日)に掲載されます。
背景
私たちの体は、細菌やウイルスなどの異物(抗原)が侵入すると、体を防御するためにさまざまな反応を示します。B細胞による抗体の産生はその1つです。B細胞は、細胞の表面にあるB細胞抗原受容体(BCR)※7で抗原を認識すると、細胞内に増殖、分化、活性化を引き起こすシグナルを伝達します。シグナルは多様な経路で伝わり、細胞の運命を決定する転写因子を活性化します。BCRからのシグナル伝達が欠如すると、B細胞は活性化できず抗体を作れなくなるため、免疫不全に陥ります。逆に、過剰な活性化はアレルギーや自己免疫疾患、リンパ腫といった疾患を引き起こす原因となります。そのため、BCRからのシグナル伝達経路を解明することは、これらの疾患の原因を突き止めたり、治療法を開発したりする上でも非常に重要です。
1998年に研究グループは、BLNKと呼ばれるアダプター分子が、BCRからのシグナルを伝達するために重要な役割を果たすことを突き止めていました。しかし、このBLNKが、その後どんな分子の修飾を受けてB細胞を活性化させるかについては不明のままでした。そこで、BLNKと結合するタンパク質を探索し、B細胞のシグナル伝達のメカニズム解明に挑みました。
研究手法と成果
研究グループは酵母を用いた分子生物学の手法により、BLNKにCIN85と呼ばれる別のアダプター分子が結合することを発見しました。そこで、このCIN85がB細胞のシグナル伝達において重要な機能を発揮しているのではないかと考え、B細胞だけでCIN85を欠損したノックアウトマウスを作製し、このCIN85欠損マウスと野生型マウスを比較しました。
まず、野生型マウスとCIN85欠損マウスにII型T細胞非依存的抗原(TI-II抗原:ティーアイツー抗原)を投与し、産生する抗体の量を測定しました。TI-II抗原は、肺炎球菌の細胞壁の一番外側の被膜(莢膜:きょうまく)に存在する、細菌成分に代表される抗原です。測定の結果、野生型では抗原を認識し、抗体を産生しましたが、CIN85欠損マウスでは抗体を産生しませんでした(図1)。このことは、CIN85が抗体産生に必須であることを示しています。
次に、細胞外からのどのような刺激がCIN85に作用するのかを突き止めるために、野生型マウスとCIN85欠損マウスのB細胞を精製し、B細胞を活性化させるさまざまな活性化因子を加えて試験管内で一緒に培養しました。その結果、野生型マウスのB細胞では、加えた全ての活性化因子に反応したのに対し、CIN85欠損マウスのB細胞では、BCRからの活性化因子に対して反応を示しませんでした(図2)。このことは、CIN85欠損マウスではBCRからのシグナルを伝達できず、免疫反応を引き起こすことができなかったことを示しています。
細胞内にはBCRからのシグナルを多方面へ伝えるさまざまなシグナル伝達経路が存在していますが、CIN85がどのシグナル伝達経路で働いているかを明らかにするために、詳細な生化学的解析を行ないました。その結果、CIN85が欠損していると、転写因子の1つであるNF-κBが活性化しないことが分かりました(図3)。
さらに、CIN85欠損マウスで認めた異常が、本当にNF-κBを活性化しないことが原因であると確認するために、CIN85欠損マウスにNF-κBを強制的に活性化させることのできる活性化型IKKβという分子を導入しました。その結果、活性化型IKKβを導入したCIN85欠損B細胞は、低下していたBCRに対する応答性を取り戻し、また、TI-II抗原に対する抗体産生能も回復しました(図4)。
これらの実験結果から、CIN85欠損マウスが示した免疫応答の低下は、BCRからのシグナル伝達をCIN85が担えなくなり、NF-κBを活性化させられなくなったためであると証明できました。つまり、B細胞がTI-II抗原に反応し抗体を作り出すためには、CIN85がBCRからのシグナルを転写因子NF-κBに伝達する必要があることが分かりました(図5)。
今後の期待
今回の結果から、CIN85が正しく機能しないと、肺炎球菌などの細菌に対する免疫応答を引き起こせなくなることが判明しました。このことは、免疫不全の原因がCIN85の機能不全にあるという可能性を示しています。逆に、もしCIN85が過剰に働いてしまうと、B細胞の異常な活性化を引き起こし、アレルギーや自己免疫疾患、リンパ腫などの疾患を引き起こす可能性も考えられます。特にNF-κBシグナル伝達経路では、その関連遺伝子の異常がリンパ腫を引き起こすことが知られており、創薬の面からも非常に注目されます。今回、CIN85によるBCRからNF-κBへのシグナル伝達経路を明らかにしたことにより、CIN85は免疫疾患の創薬開発における新たな標的分子となることが期待されます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター 分化制御研究グループ
グループディレクター
黒崎 知博 (くろさき ともひろ)
(国立大学法人大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 分化制御研究室 特任教授)
免疫・アレルギー科学総合研究センター 分化制御研究グループ
研究員
米谷 耕平 (こめたに こうへい)
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