要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、神経組織の炎症や変性に関わる酵素Cyclooxygenase(COX)※1-1を標的とする新しいPETプローブ※2を開発し、脳内炎症過程の初期にCOX-1の機能が亢進している様子を生体脳で可視化すること(ライブイメージング)に世界で初めて成功しました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ機能評価研究チームの尾上浩隆チームリーダー、宿里充穂リサーチアソシエイトと分子イメージング標識化学研究チーム(土居久志チームリーダー)の高島好聖リサーチアソシエイト(現客員研究員)らによる研究成果です。
炎症原因物質の生成酵素であるCOXは、炎症性疾患の診断や治療薬開発の標的として注目されてきました。COXには、正常時にも一定量発現しているCOX-1と、免疫反応や炎症刺激によって誘導されるCOX-2の2つのタイプが知られています。しかし、COXが神経変性疾患※3の発症に具体的にどう関わるかについては不明のままでした。
今回研究グループは、COX-1に対して強い阻害効果を示す薬剤ケトプロフェンの誘導体を放射性核種である炭素11(11C)で標識し、新規PETプローブ(11C-ケトプロフェンメチルエステル;11C-KTP-Me)を開発しました。次に、COX-1、COX-2それぞれの遺伝子を欠損した遺伝子改変マウスを使って、このPETプローブが脳内においてCOX-1を特異的に認識することを証明しました。また、脳内炎症を起こしたラットでは、炎症領域と一致して11C-KTP-Meの集積が特異的に増加することをPET画像で観察しました。このラットを細胞レベルで詳しく見ると、炎症反応によって活性化された免疫担当細胞であるマイクログリア※4が、COX-1の発現を伴って増加していることも明らかとなりました。
今回の成果により、COX-1が脳内炎症過程において重要な働きをすることが証明できました。COX-1のPETイメージング技術は、脳内炎症の程度、進行度を評価するための新たなバイオマーカー※5として活用することができ、脳内炎症が深く関与すると考えられている神経変性疾患のアルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの病状解明、診断、治療などに貢献することが期待されます。
本研究成果は、文部科学省委託事業『分子イメージング研究戦略推進プログラム』および『分子イメージング研究プログラム』により実施され、科学雑誌『The Journal of Nuclear Medicine』(7月号)に掲載されます。
背景
少子高齢化社会を迎えた現代において、老化とともに発症、進行することの多いアルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患は、患者数が増加の一途をたどり、その予防、診断、治療法開発は急務となっています。しかし、多くの神経変性疾患には、根本的な治療法が存在しないのが現状です。その主な原因として、病状発症の仕組みがいまだに明らかになっていないことが挙げられます。
神経変性疾患の多くは、脳内の炎症が原因で起こっていることが報告されています。Cyclooxygenase(サイクロオキシゲナーゼ;COX)は、炎症原因物質であるプロスタグランジンの生成酵素として炎症の発現、調節に重要な役割を担い、神経変性疾患にも深く関与すると考えられています。このCOXには恒常的に細胞内に発現しているCOX-1と、サイトカインなどの刺激によって発現が誘導されるCOX-2の2つのタイプが存在することが知られています。しかし、COXが神経変性疾患の発症に具体的にどう関わるかについては、まだ詳しく分かっていません。
これまで研究グループは、神経変性疾患の診断や治療への応用を目的とし、分子イメージング※6を用いて生体内におけるCOXの機能を非侵襲的に測定できるCOXイメージング用PETプローブの開発を進めてきました(Takashima-Hirano M et al.,Chemistry-A European Journal 16 (14), 4250-8)。具体的には、COX阻害活性を持つ非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)※7に放射性核種である炭素11(11C)を組み込み、PETを利用して、生体内のCOXの分布や活性の変化を確認してきました。これまでに、10種類以上のNSAIDsとその誘導体を利用したPETプローブの評価を行った結果、11Cケトプロフェンメチルエステル(11C-KTP-Me)が脳内炎症を特異的に認識することを報告しています。
本研究では、まず、11C-KTP-Meが生体内において、どちらのCOXタイプを特異的に認識するのかを明らかにし、脳内炎症過程に関与するCOXの分布、活性の時間変化、細胞の由来について追跡しました。
研究手法と成果
研究グループは、11C-KTP-MeがPETプローブとして、どちらのCOXタイプを特異的に認識するかを明らかにするために、COX-1とCOX-2をそれぞれ欠損させた遺伝子改変マウスを用い、脳内集積の違いを検証しました。その結果、11C-KTP-Meの集積は、COX-1欠損マウスだけで減少し、COX-2欠損マウスでは変化しないことを確認しました。このことは、11C-KTP-MeがPETプローブとしてCOX-1を特異的に認識することを示します。
次に、脳内炎症を引き起こす薬剤リポポリサッカライド(LPS)をラットの脳内に局所注入し、脳内炎症過程における11C-KTP-Me 集積の変化をPETイメージングにより観察しました。その結果、11C-KTP-Meの集積は、LPS注入後の早い段階でのみ注入部位周辺で増加しており、COX-1の機能が脳内炎症の初期反応に関係して亢進している可能性を示しました(図1)。
さらに、細胞レベルの詳細な観察を免疫染色で行い、COX発現細胞の同定や、炎症反応に伴って変化する他の脳内細胞との関係性についても検討しました。その結果、脳内ではマイクログリアが活性化し、それがCOX-1だけを発現していることが明らかになりました(図2)。また、正常状態でCOX-1とCOX-2の両方を発現していた神経細胞では、LPSを注入しても発現パターンに変化は認められませんでした。COX-1を発現する活性化マイクログリアの増加と11C-KTP-Me集積の経時変化とがほぼ一致していたことからも、11C-KTP-Meは活性化マイクログリアに発現するCOX-1の亢進を特異的に認識していることが分かりました。(図3)。
今後の期待
これまで、COXの2つのタイプのうち、炎症に関係するのはCOX-2であると考えられていました。しかし今回、脳内炎症反応の主役とも考えられるマイクログリアでは、COX-2よりもむしろCOX-1が重要な働きをする可能性を示したことは、驚くべき発見です。また、COX-1のPETイメージング技術を確立したことで、これまで捉えることのできなかった生体内でのCOX-1のモニタリングを可能にし、さまざまな炎症性疾患でのCOXの機能について研究を前進させると期待されます。さらに、COX-1を新たな脳内炎症のマーカーとして神経変性疾患の診断に応用することや、治療薬開発の標的として利用できる可能性があります。
今後研究グループは、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の発症にCOX-1がどのように関わるかを明らかにし、11C-KTP-Meをこれらの病気の診断薬として臨床応用するための研究を進めていきます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
分子イメージング科学研究センター
分子プローブ機能評価研究チーム
チームリーダー 尾上 浩隆(おのえ ひろたか)
Tel: 078-304-7121 / Fax: 078-304-7123
お問い合わせ先
分子イメージング科学研究センター
広報・サイエンスコミュニケーター
山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7111 / Fax: 078-304-7112
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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