要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長)、独立行政法人科学技術振興機構(北澤宏一理事長:JST)は、免疫機能を発揮するBリンパ球※1が抗体産生細胞※2に分化するために必要なシグナルを、リン酸化酵素※3 Erkが伝達することを世界で初めて解明しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)分化制御研究グループ(黒崎知博グループディレクター)の保田朋波流元研究員と米谷耕平基礎科学特別研究員ら、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(審良静男拠点長)分化制御研究室の黒崎知博特任教授を中心とする共同研究グループの成果です。
Bリンパ球は、生体を脅かす細菌やウイルスなどの抗原に遭遇すると、抗体産生細胞へと分化して抗原特異的抗体を産生し、生体防御機能を発揮します。しかし、このBリンパ球から抗体産生細胞へ分化する仕組みは謎のままでした。研究グループは、リン酸化酵素Erkに注目し、この酵素を免疫応答時に誘導的に欠損させる遺伝学的手法を用いて、抗体産生細胞への分化におけるErkの役割を解析しました。その結果、ErkがBlimp-1という転写因子※4の発現を誘導し、抗体産生細胞へと分化させるのに必須のリン酸化酵素であることを初めて明らかにしました。また、ErkがElk1と呼ばれる転写因子をリン酸化させBlimp-1の発現を誘導するという仕組みも突き止めました。本研究の成果は、抗体が原因となるアレルギー疾患や自己免疫疾患の治療法につながると期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Science Signaling』(4月19日号)に掲載されます。本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」研究領域(菅村和夫研究総括)における研究課題「液性免疫制御による新しい治療法の開発」(研究代表者:黒崎知博)の一環として行われました。
背景
私たちの体は、細菌やウイルスといった外敵(抗原)から、免疫応答という生体防御機能を発揮することによって守られています。免疫応答は、抗原を捕捉したBリンパ球が、CD40受容体※5やIL-4、IL-21といったサイトカインの受容体からTリンパ球※6の分泌するCD40リガンドやサイトカインの刺激を受けて抗体産生細胞へと分化し、抗体※7を作り出すことによって引き起こされます。
近年、花粉症をはじめとしたアレルギー疾患は、国民病と呼ばれるほど広まっていますが、これらも抗体産生細胞によって作り出された抗体が過剰な免疫応答を引き起こすことが主な原因となっています。そのため、抗体を作り出す仕組み、すなわちBリンパ球が抗体産生細胞へと分化する仕組みを理解することは、アレルギー疾患の治療法を見いだす上でも重要となります。
しかし、どのような仕組みでBリンパ球が抗体産生細胞に分化するのか、その詳細なメカニズムは不明のままでした。研究グループは、Bリンパ球の増殖や生存に関わるリン酸化酵素Erkが、Bリンパ球の分化にも関与すると考え、抗体産生細胞への分化における機能の解明に挑みました。
研究手法と成果
研究グループはまず、リン酸化酵素Erkが抗体産生細胞への分化に必要であるかどうかを検証するために、Erkノックアウトマウス(KOマウス)を利用することを考えました。しかし、通常のErk KOマウスでは、Bリンパ球ができ上がる過程で未熟なBリンパ球が増殖できず、成熟したBリンパ球を産生できないという異常が発生してしまうために、免疫応答時のErkの役割を正しく解析することができません。
そこで研究グループは、免疫応答が起きた後でErkを欠損させることが可能な誘導的遺伝子KOマウスシステムの1つ「Cγ1-creノックインマウス※8」を利用することにしました。このシステムを利用して作製したErk/Cγ1-cre KOマウスは、免疫応答が起きるまでは野生型マウスと何ら変わりませんが、人為的に免疫応答を引き起こすとErkをコードする遺伝子の発現が阻害されるため、免疫応答時のErkの機能を調べることが可能となります。抗原投与により免疫応答を引き起こすと、野生型マウスではBリンパ球が抗原特異的な抗体産生細胞へと分化し、抗原と反応するIgG1型の抗体を血液中に放出しますが、Erk/Cγ1-cre KOマウスでは、IgG1型の抗体を作り出す抗体産生細胞が顕著に減少し、産生する抗体量も著しく低下しました(図1)。この結果は、Bリンパ球が抗体産生細胞に分化する過程で、リン酸化酵素Erkが必要であることを示しています。
さらに、ErkがどのようにBリンパ球から抗体産生細胞に分化する仕組みに関与しているのかを明らかにするために、野生型マウスとErk/Cγ1-cre KOマウスから採取したBリンパ球をCD40刺激の抗CD40抗体やサイトカインのIL-4を添加した試験管内で培養し、抗体産生細胞への分化を観察しました。その結果、野生型マウスでは日数がたつにつれ抗体産生細胞への分化に必要とされる転写因子Blimp-1の発現量が増加するのに対し、Erk/Cγ1-cre KOマウスではBlimp-1が発現しないことが分かりました(図2)。逆に、Blimp-1遺伝子をErk/Cγ1-cre KOマウスのBリンパ球に導入すると、抗体産生細胞への分化が回復したことから(図3)、Erk/Cγ1-cre KOマウスで抗体産生細胞への分化が阻害されていたのは、Blimp-1が正常に発現しないためであることを確認することができました。
より詳細なメカニズムを解明するために、Erkの標的分子の1つであるElk1という転写因子を調べると、抗CD40抗体とサイトカインIL-4の刺激により、野生型マウスではElk1がリン酸化される一方、Erk/Cγ1-cre KOマウスではそのリン酸化が減弱しており、Elk1のリン酸化にErkが必要であることが判明しました(図4)。また、分子生物学的手法を用いてElk1がErkによってリン酸化されないように操作すると、Blimp-1の発現が低下し、抗体産生細胞の数が減少しました(図5)。
これらの結果から、Bリンパ球が抗原を捕捉しTリンパ球からの補助を受けると、ErkがElk1をリン酸化しBlimp-1の発現を誘導することによって抗体産生細胞への分化を誘導することが分かりました。
今後の期待
研究グループは今回、免疫応答特異的な誘導的遺伝子KOマウスシステムを用いることで、従来はリンパ球の発生段階で異常が現れたために解析が困難であった免疫応答以降の特定遺伝子の機能を、任意のタイミングで免疫応答を引き起こして解析することが可能であることを示しました。このため、この手法を用いることにより、今まで不明であった免疫応答後の多くの遺伝子の機能が明らかになると期待できます。
また、Bリンパ球が抗体産生細胞へと分化する仕組みを明らかにすることができたことで、アレルギーを引き起こすIgE抗体や、自己免疫疾患の原因となる自己抗体を産生するBリンパ球を標的として抗体産生をブロックし、アレルギー疾患や自己免疫疾患を抑制する新たな創薬開発へつながると注目されます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
分化制御研究グループ グループディレクター
国立大学法人大阪大学
免疫学フロンティア研究センター
分化制御研究室 特任教授
黒崎 知博(くろさき ともひろ)
Tel: 045-503-7019 / Fax: 045-503-7018
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独立行政法人理化学研究所
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