要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ビフィズス菌と腸管出血性大腸菌O157が共存する生育環境では、ビフィズス菌の産生するアミノ酸をO157が利用して有機酸にまで代謝する共生関係を築いていることを、核磁気共鳴法(NMR)※1と13C安定同位体標識技術※2を用いて初めて解明しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)先端NMRメタボミクスチームの菊地淳チームリーダー、中西裕美子ジュニアリサーチアソシエイトと理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫系構築研究チームの大野博司チームリーダーらによる共同研究グループ※3の成果です。
ヒトや動物の腸管内には、多種多様な腸内細菌が共存し、腸内フローラ(腸内細菌叢)※4を形成しています。腸内フローラの改善効果を持つ善玉菌(プロバイオティクス※5)を活用すると、腸管関連疾患やアレルギーなどの改善・予防効果が高まることが明らかとなっていますが、そのメカニズムは不明なままでした。最近、研究グループは、ビフィズス菌がO157感染を抑止するメカニズムとして、宿主とビフィズス菌との相互作用を解明しましたが、1次代謝レベルでの細菌間相互作用については明確ではありませんでした。そこで今回、ビフィズス菌だけ、O157菌だけ、さらに両者を共培養させた状態の3条件について、それぞれ13C標識培地を用いて試験管内で生育させながら代謝動態をリアルタイム計測しました。その結果、共培養の際にビフィズス菌が産生するアミノ酸をO157が利用して有機酸へと代謝するプロセスを浮き彫りにすることに成功しました。
1次代謝はさまざまな生物に共通する中心代謝経路であるため、種々の生物が混在する系では、どの生物がどの1次代謝物を産生しているのかを区別して分析することが困難です。そのため、腸内微生物の機能が関与する食品科学分野では、腸内細菌の1次代謝物より、種特異性の高い2次代謝物に焦点を当てる傾向があります。しかし、食物繊維に代表される多糖類をビフィズス菌が分解・代謝して酢酸やアミノ酸を産生し、ほかの微生物種に作用するという、宿主・細菌間相互作用や細菌間相互作用を見いだしたことで、1次代謝物の隠れた役割が明らかとなり、新たな食品科学の提案が期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Proteome Research』に近く掲載されます。
背景
ヒトや動物の腸管内には、多種多様な腸内細菌が共存しており、腸内フローラ(腸内細菌叢)を形成しています。腸内フローラは、ヒトの健康維持に有用であると同時に、有害な面があることも明らかになってきています。いわゆる悪玉菌の増加は、がん・糖尿病・高血圧・心臓病などの生活習慣病、アレルギーや炎症性腸疾患などの免疫疾患や各種感染症を誘発するとともに、老化との関連も示唆されています。炎症性腸疾患モデル動物や大腸発がんモデル動物から腸内細菌を除去すると、これらの疾患を発症しなくなるという事実から、単に宿主の遺伝子異常ばかりではなく、宿主-腸内細菌間の相互作用が病態形成の重要な要因であると考えられます。近年では、ビフィズス菌に代表される善玉菌(プロバイオティクス)による疾患の改善や予防効果も明らかになり、善玉菌投与の有用性が、健康維持、予防医学の面からも着目されてきています。
プロバイオティクスの主な効果は、市販の乳酸菌飲料の影響もあり、善玉菌が悪玉菌を駆除するようなイメージが一般向けに宣伝される傾向にありました。しかし、共同研究グループは、善玉菌のビフィズス菌が直接、悪玉菌の腸管出血性大腸菌O157の増殖やシガ毒素※6の産生を抑制するのではなく、ビフィズス菌が果糖を代謝して産生した酢酸が宿主の腸粘膜上皮の抵抗力を増強することで、O157感染を抑止することを明らかにしました(図1、2011年1月27日プレス発表)。そこで、研究グループは、これら善玉菌・悪玉菌の2者の共生関係を明らかにするために、この宿主-ビフィズス菌間の相互作用に加えて、ビフィズス菌-O157間の細菌間相互作用の解明に取り組みました。
研究手法と成果
先端NMRメタボミクスチームは、従来のNMR法で用いられる精製された物質の解析だけでなく、生体由来の複雑な代謝物を、未精製な混合物のまま、核磁気共鳴法(NMR)で一斉に計測する手法(NMRメタボローム解析)を開発してきました。その手法を、理研横浜研究所が整備してきた世界最大の集積台数を誇るNMR施設に展開し、2007年に植物、2008年に動物、2009年に生きたままの微生物のメタボローム解析を実現してきました。さらに、2010年には、統計数学的手法を導入することで、残渣に埋もれていた代謝物も含め、候補代謝物を大量に拾い上げる新手法を考案しました。(2010年1月28日プレス発表)。
研究グループは今回、O157とビフィズス菌という2種の細菌の1次代謝物を介した相互作用を、生きた微生物発酵のメタボローム解析を応用した、NMR法に基づくマルチオーミクス手法を用いて解析しました。
まず、試験管にO157とビフィズス菌両者を入れたもの、O157だけを入れたもの、ビフィズス菌だけを入れたものの3種類のサンプルを作製し、それぞれ13C標識培地を用いて試験管内で培養し、細菌の増殖と代謝動態をリアルタイムで計測しました(図2)。次に、計測で明らかにした複数の代謝物の時間変動を主成分分析で解析し、トランスクリプトーム解析やプロテオーム解析も交えて縦断的なオーミクス解析を行いました。その結果、O157とビフィズス菌の共培養下の試験管では、生存に必須なアミノ酸であるアスパラギン酸とセリンの時間変動が、単独培養のそれと有意に異なることを見いだしました。
さらに、安定同位体13Cで標識したアスパラギン酸とセリンを試験管に添加した実験を行い、O157が、標識したアスパラギン酸はフマル酸を経由してコハク酸へと、さらにセリンもピルビン酸を経由して酢酸へと代謝することを見いだしました(図3)。O157代謝経路上に存在し、これらの代謝物の生合成に関わる遺伝子やタンパク質の発現量も単独培養よりも上昇していることから、O157とビフィズス菌の共培養下では、ビフィズス菌が作ったアミノ酸をO157が有機酸に代謝することを突き止め、両者が共生関係を築いている証拠を得ました。以上のように、プロバイオティクス(ここではビフィズス菌)の役割は通常イメージされているような悪玉菌(ここではO157)を駆逐するばかりでなく、共生関係さえあることを示しました。従って、菌体外(プロバイオティクス摂食の場合は腸管内)に排出される代謝物組成の検出が、今回の研究のように重要な意味を持ちます。
今後の期待
1次代謝はさまざまな生物に共通する中心代謝経路であるため、腸内フローラのような種々の生物が混在する系では、各生物種の1次代謝物の働きを区別して分析することは困難でした。そのため、腸内微生物の機能を活用する食品科学の分野では、腸内細菌の1次代謝物より、種特異性の高い2次代謝物に焦点を当てる傾向がありました。しかし、食物繊維に代表される多糖類をビフィズス菌が分解・代謝して酢酸やアミノ酸を産生し、宿主やほかの微生物種に作用するという、宿主・細菌間相互作用や細菌間相互作用を見いだしたことで、微生物間ネットワークにおける1次代謝物の隠れた役割を示すこととなりました。この1次代謝物の有用性を活用すると、新たな食品科学の提案が期待できます。
安全な水や衛生的な住環境が整っているわが国と異なり、発展途上国では乳幼児の3割弱が下痢で死亡しているとされています。この乳幼児下痢症の原因の4割をO157のような腸管病原性大腸菌が占めています。前出のビフィズス菌によるO157感染抑制の成果は、食物繊維の摂食と、発酵食品に含まれるビフィズス菌の摂取が、1次代謝物を介した病原性細菌への抵抗性につながることを示しました。本成果も同様にアミノ酸や有機酸といった単純な1次代謝物の埋もれた役割情報を引き出す手法です。食品科学の世界で重要な宿主・微生物間、さらには微生物間相互作用を1次代謝まで含めて捉えなおすことで、今後、各地域に応じた植物種や、発酵微生物種を有効利用して、生産工程が単純で低コストな1次代謝物をも利用した“医食同源”の実現に向けて、健康・予防医学に関連した研究開発が進展すると期待できます。