要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(以下JST、北澤宏一理事長)は、細胞内カルシウム濃度を調節するタンパク質IP3受容体(IP3R)が小胞体ストレスによって破壊され、神経細胞死※1を誘導することを世界で初めて発見しました。この発見は、IP3Rが細胞死を誘導するという従来の定説を覆すもので、ストレスによる神経変性疾患の発症メカニズムの理解につながります。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー(独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)「カルシウム振動プロジェクト」研究総括)、肥後剛康研究員(現、認知機能表現研究チーム)らによる成果です。
現代は、ストレス社会といわれて久しく、職場、家庭、学校での過度なストレスによる体調不良、心の病、自殺が社会的に大きな問題となっています。健康的な生活を過ごす上で、いかにストレスを軽減し、上手に付き合うかが、多くの人々にとって切実な問題となっています。細胞も同様に、絶えずストレスにさらされており、過度なストレスは、細胞が生来備えているストレス応答機構を破綻させ、細胞自らが死を選択する細胞死(アポトーシス)を引き起こすことが分かっています。特に、神経細胞がストレスにさらされると、細胞死による脳機能の低下、ひいてはさまざまな神経変性疾患を引き起こすと考えられています。ストレスによって神経細胞のストレス応答機構がどのように破綻し、細胞死が誘導されるかを解明することができると、神経変性疾患などの治療法の確立に大いに貢献するにもかかわらず、いまだにストレス応答機構破綻の分子メカニズムは明らかとなっていません。今回、研究チームは、細胞内のカルシウム濃度を調節するタンパク質であるIP3Rの機能が小胞体ストレスによって破壊され、神経細胞死を誘導することを世界で初めて発見しました。この発見は、ある特定のタンパク質(IP3R)がストレスから脳を守る働きをしていることを示唆したという点で画期的なものであるとともに、IP3Rが細胞死を誘導するという定説を覆すこととなりました。今後は、学術的貢献だけにとどまらず、ストレスによる神経変性疾患の発症メカニズムの理解や神経変性疾患の発症予防を含む治療への応用に貢献すると期待されます。
本研究成果は、米国科学雑誌『Neuron』(ニューロン)(12月9日号)に掲載され、その表紙を飾ります。
背景
細胞は、絶えず酸化ストレスや虚血などの外的なストレスにさらされているだけでなく、小胞体ストレスなどの細胞内のストレスにもさらされています。小胞体ストレスとは、異常なタンパク質が、その合成の場である細胞内小器官(小胞体)の内部に蓄積してしまう状態のことで、単細胞生物から高等ほ乳動物まで存在する現象です。多くの生物種において、進化的に小胞体ストレスへの応答機構が発達していますが、一方で、強度の小胞体ストレスは、それら応答機構を破綻させ、最終的には細胞死を誘導することが分かっています。また、ヒトでは、小胞体ストレスによる細胞死が、神経変性疾患や糖尿病などさまざまな疾患に関与すると考えられています。しかし、その発症のメカニズムはほとんど明らかとなっていません。
生物の細胞は、細胞外からの刺激が適切で許容範囲内であれば、細胞応答に必要な情報に変換することができます。変換される情報の代表的なものとして、細胞内のカルシウムが挙げられます。カルシウムは、細胞内でイオンとして存在するため、迅速かつ広範囲にわたる濃度変化、つまり空間移動が可能です。その結果、多彩な情報伝達が生み出され、細胞分裂、細胞死、受精、発生などのさまざまな細胞応答の制御が可能となります。通常、細胞内のカルシウム濃度は極めて低く抑えられており、細胞内カルシウム濃度上昇とその変動は、小胞体からのカルシウムの放出に依存しています。細胞質へのカルシウム放出は、小胞体に局在するカルシウムを放出するタンパク質であるIP3受容体(IP3R)を介して行われています。IP3Rは、ホルモンや神経伝達物質などの細胞外刺激で細胞内に産生されるIP3が結合することで活性化され、カルシウムを小胞体内腔から細胞質へ放出します。このIP3Rは、さまざまな種の生物に普遍的に存在し、受精、発生、記憶や学習といった生物の生存に必須な現象において重要な役割を果たしている一方、細胞死を誘導することが定説として知られていました。
IP3Rは、分子量1.2MDa※2にも及ぶ巨大なタンパク質で、4量体※3を形成することでカルシウム放出チャネルとして機能します(図1)。IP3RにはIP3R1・IP3R2・IP3R3の3種のサブタイプが存在しますが、それらの細胞内局在や組織分布は必ずしも同じではなく、それぞれのサブタイプが生体内で特有の役割を果たしていると考えられています。中でも1型IP3受容体(IP3R1)は、脳で高い発現を示し、その機能を遺伝的に喪失したマウスが運動機能障害を引き起こすことが分かっています。しかし、IP3R1の脳における機能やその制御機構は十分には明らかとなっていません。また小胞体ストレスは、細胞内カルシウム恒常性を攪(かく)乱し、神経細胞死を誘導することが報告されていますが、IP3R1がそれらに関与するかどうかは明らかとなっていませんでした。研究チームは、このIP3R1に着目し、小胞体ストレスと細胞死との関係を解明することに取り組みました。
研究手法と成果
(1)小胞体ストレスによる神経細胞死へのIP3R1の関与
まず、研究チームは、小胞体ストレスが及ぼすIP3R1の機能への影響をカルシウムイメージング法※4で調べました。培養細胞(マウス神経芽細胞腫N1E-115細胞、ヒト子宮頸がん由来HeLa細胞)やマウス脳由来の神経細胞を、小胞体ストレスを誘導する薬剤(ツニカマイシン、タプシガルジン、ジチオスレイトール)で処理したところ、IP3R1のカルシウム放出活性が顕著に低下することが分かりました。
次に、IP3R1のカルシウム放出活性の低下が及ぼす細胞死への影響を調べるために、RNA干渉※5法によってIP3R1の発現を抑制した培養細胞(HeLa細胞)を用いて実験を行いました。驚くべきことに、長期間の小胞体ストレス条件下では、IP3R1の発現を抑制していない細胞に比べ、IP3R1の発現を抑制した細胞で細胞死(アポトーシス)が顕著に高まりました。この結果は、IP3Rが細胞死を誘導するという定説に反して、IP3R1が小胞体ストレスから細胞を守る働きをしていることを示唆しています。
この可能性を確かめるため、さらに、IP3R1の欠損したマウスを用いて実験を行いました。対照となる野生型マウスとIP3R1欠損マウスのそれぞれに、小胞体ストレスを誘導する薬剤(ツニカマイシン)を腹腔内投与したところ、IP3R1欠損マウスの小脳※6プルキンエ細胞※7において神経細胞死が誘導されました(図2)。
これらの結果から、小胞体ストレスが生じると、IP3R1の機能低下、つまり、カルシウム放出活性の低下が起こり、神経細胞死が誘導されることを示唆できました。
(2)小胞体ストレスによるIP3R1の機能低下の分子メカニズムの解明
IP3R1は、小胞体膜によって細胞質側の領域と小胞体内腔側 (L1、L2,、L3)の領域に分けられており(図3)、小胞体内腔側が小胞体ストレスを感知する領域として働くという仮説を立てました。特に、小胞体内腔側のL3領域は、L3VとL3C領域に分けることができ、非常に重要な特徴として、L3Cはチャネルポア(カルシウムが小胞体膜を通過する際の通り道)を形成します(図3)。さらに、このポア領域L3Cに隣接するL3Vは、IP3Rのサブタイプ間でアミノ酸配列が非常に低い相同性を示しており、サブタイプ特異的な機能に関与することが分かっています。通常、小胞体内腔は酸化状態を好むのに対し、小胞体ストレスでは、還元状態に傾くことが知られています。研究チームは、小胞体ストレス依存的にIP3R1への結合が変化するタンパク質が存在すると考え、IP3R1-L3Vの結合タンパク質の検索を行いました。その結果、酸化条件下で結合するタンパク質で、小胞体内腔に存在し、ストレスに応答して発現が誘導される分子シャペロン※8として知られる、GRP78を同定しました(図3)。
このGRP78と、IP3R1、IP3R2、IP3R3の3種のサブタイプの精製タンパク質を用いて結合を確認したところ、GRP78はIP3R1だけにL3Vを介して結合することを見いだしました。同様に、細胞内でもIP3R1とGRP78が結合すること、さらに小胞体ストレス下では、その結合が弱まることを明らかにしました。また、マウス脳内においてIP3R1とGRP78の局在が同じであることを確かめました(図4)。
次に、IP3R1のカルシウム放出機能に対するGRP78の役割を調べました。RNA干渉法によってGRP78の発現を抑制した培養細胞(HeLa細胞、N1E-115細胞)では、IP3R1のカルシウム放出活性が顕著に低下しました(図5)。一方、GRP78を過剰発現した神経細胞では、IP3R1のカルシウム放出活性が顕著に高まりました。この結果は、IP3R1がカルシウムチャネルとして機能するためには、GRP78が必要であることを示しています。
さらに、生化学的手法(ゲルろ過クロマトグラフィー※9、ショ糖遠心密度勾配遠心法※10)を用いて、GRP78がどのようにしてIP3R1を制御しているかを調べました。その結果、RNA干渉法によってGRP78の発現を抑制すると、IP3R1の4量体形成が阻害されることが分かりました。小胞体ストレス下においても同様に、IP3R1とGRP78の結合が低下し、IP3R1の4量体形成が阻害されることを見いだしました。これらの結果は、ストレスのない状態では、IP3R1がGRP78によって4量体形成の制御を受けていますが、小胞体ストレス下ではその相互作用が抑制され、カルシウムチャネルとして機能することができなくなることを示しています(図6)。また、この機能的な相互作用の低下は、ハンチントン病※11のモデルマウスでも観察され、IP3R1の機能低下と神経変性疾患の関与が示されました。
今後の期待
研究チームは、小胞体ストレスによるIP3R1の機能破壊が神経細胞死を誘導し、脳障害を引き起こすことを見いだしたことから、IP3R1がストレスから脳を守る働きをしていることを示しました。さらに、その分子メカニズムとして、通常状態ではGRP78というタンパク質によって4量体に組み立てられるIP3R1が、ストレス条件下では4量体を形成できなくなることを見いだしました。この発見は、脳を形成する神経細胞をストレスから守る機構が存在することを示した点で、大変大きな意義を持ちます。今後、学術的な貢献にとどまらず、ストレスに起因する神経疾患の発症機構の理解や治療法の確立を通して、医学・健康科学に大きく貢献することが期待されます。