要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、免疫応答を制御する分子メカニズムに、T細胞の補助刺激受容体※1CTLA-4(Cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)※2を含む「ミクロクラスター」の存在を発見し、T細胞の過剰な活性化を抑制していることを明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター、横須賀忠上級研究員と、東京工業大学大学院生命理工学研究科、大阪大学免疫学フロンティア研究センター、順天堂大学との共同研究の成果です。
免疫応答は、ウイルスや花粉などの異物(抗原)が体内に侵入したのを察知し、生体を守る働きをします。T細胞は、最初に抗原を感知して活性化し、増殖・外敵への攻撃・サイトカインの放出などの免疫応答を起こします。この際、T細胞は、抗原を取り込んで処理した抗原提示細胞※3と会合し、その接着面に「免疫シナプス※4」を形成して抗原の情報を受け取ります。
研究グループはこれまでに、免疫シナプス形成の前に作られる、T細胞受容体を核とする種々のシグナル伝達分子の集合体「ミクロクラスター」を発見し、これがT細胞の抗原認識とその活性化情報を伝える“ユニット”で、免疫応答の開始点であることを明らかにしています。この免疫応答は、補助刺激受容体による活性化や抑制といった正負の制御を受けており、研究グループは、正の補助刺激受容体CD28※5と特殊なリン酸化酵素※6プロテインキナーゼCθ(PKCθ)がミクロクラスターを形成して、T細胞の活性化を強めることを明らかにしてきました。
今回、研究グループは、最新の生体分子イメージング※7技術を用い、T細胞の活性化を負に制御する補助刺激受容体CTLA-4もミクロクラスターを形成し、免疫シナプスの中心に集まり、活性化を担うCD28/PKCθの集合を阻害して、活性化シグナル伝達を時間的空間的に抑制することを発見しました。さらに、このCTLA-4ミクロクラスターによる抑制が、制御性T細胞※8の不応答※9の要因であることも突き止めました。
CTLA-4は、その遺伝子欠損マウスが全身性の自己免疫反応により早期に死亡することなどから、T細胞の活性化の抑制に重要であることが知られています。CTLA-4による抑制を調節することで、T細胞の活性化を調節することができるため、がんに対する免疫応答を強めたり、逆に、移植拒絶、アトピー性皮膚炎、リウマチなどの自己免疫疾患の過剰な免疫応答を緩和したりすることが可能です。そのため、CTLA-4抗体はすでにがん治療に応用されています。今回、CTLA-4による新たなT細胞の抑制メカニズムが明らかになったことで、さらなる免疫治療への進歩をもたらすと期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Immunity』(9月23日付け:日本時間9月24日)にオンライン掲載されます。
背景
生体を外敵から防御するために、その中心的役割を果たす免疫系は、まずウイルスや花粉などの異物が体内に入り込んだことを知ることから始まります。樹状細胞などの抗原提示細胞は、異物の侵入を察知してそれを取り込み、抗原として提示します。T細胞は、抗原を認識して活性化し、種々のサイトカインを放出したり、がん細胞や感染細胞を殺したり、抗体産生を促すなど、より高度な免疫応答を起こします。
T細胞は、T細胞受容体を介して抗原提示細胞上の抗原を認識しますが、この情報は、T細胞と抗原提示細胞が接着することで受け渡されます。その接着面には、細胞表面のさまざまな受容体や細胞内のシグナル伝達分子が同心円状に規則正しく並んでおり、この構造が神経系のシナプスに似ていることから「免疫シナプス」と呼んでいます(図1)。
研究グループは、免疫シナプスの形成より早い時期に、すでにT細胞受容体と下流のシグナル分子による小さな集合体「ミクロクラスター」が形成され、これがT細胞活性化の開始点であり、「免疫シナプス」はそのミクロクラスターの集まりであることを発見しました(2005年11月7日プレス発表)。さらに、T細胞を最も強く活性化する正の補助刺激受容体CD28もミクロクラスターを形成し、プロテインキナーゼCθ(PKCθ)を誘い込んで会合することで、T細胞の活性化を誘導することを明らかにしています(2008年10月10日プレス発表)。
一方、免疫応答の過剰な反応を抑制し免疫系全体のバランスを調節するため、T細胞活性化を抑制する負の補助刺激受容体も存在します。CTLA-4は、最初に同定された負の補助刺激受容体で、正の補助刺激受容体であるCD28とリガンド※10(CD80、CD86)が同じですが、CD28より結合の親和性が高いため、少しでも発現していればCTLA-4はリガンドを奪い取ることができます。CTLA-4遺伝子欠損マウスが、全身性の自己免疫疾患を発症し、生後2カ月で死亡することから、CTLA-4は、生体においても強力な免疫抑制機能を持つと考えられています。さらに、近年、制御性T細胞の免疫制御機序にもCTLA-4が重要であることが明らかとなりました。これらのことから、CTLA-4阻害抗体や可溶化CTLA-4を用いた臨床応用がすでに始まっており、ますますその重要性が高まっていますが、シグナル伝達など詳しい抑制のメカニズムはいまだ判明していません。
研究手法と成果
研究グループは、CTLA-4が負の補助刺激受容体として、T細胞受容体/CD28ミクロクラスターをどのように制御するのか、ミクロな視点から研究を進めました。これまでの研究は、マウスによる個体レベルでの解析や、細胞を用いた生化学的解析が中心で、分子レベルの解析は今回が初めてになります。
正常なT細胞でのリアルタイムな分子の動きを、最新の生体分子イメージング技術を用いて解析しました。まず、抗原提示細胞が発現しているT細胞受容体のリガンドとCD28/CTLA-4のリガンド(CD80、CD86)を、自由に動けるような形でガラス平面上の人工の細胞膜(人工脂質二重膜)に加え、抗原提示細胞の細胞膜の機能を持つ「プレイナーメンブレン」を開発しました(図2)。次に、このプレイナーメンブレン上にT細胞を載せたときに接着面で起きる現象を、T細胞受容体、CD28やCTLA-4、シグナル伝達分子などの分子にGFPなどの蛍光タンパク質を付加して、1分子レベルの分解能で解析が可能な高感度全反射蛍光顕微鏡で観察しました。
観察の結果、T細胞は、プレイナーメンブレンに接着し抗原を認識すると同時に、直ちにT細胞受容体ミクロクラスターを形成していました。CD28もT細胞受容体と共にミクロクラスターを形成し、免疫シナプスの中心に移動しました。その後、CD28は、T細胞受容体から離れ、T細胞受容体の周囲に輪状構造を構築し、PKCθを呼び寄せ、T細胞活性化を持続させる活性中心を作りました。一方、細胞内のリソソームに蓄えられていたCTLA-4は、T細胞受容体からの活性化シグナルを受けると、免疫シナプスに出現し(図3)、CD28/PKCθからなる持続活性中心を占拠してCD28を排除し、活性化を抑制することが分かりました(図4、5)。この抑制のメカニズムは、CTLA-4による細胞内シグナルの制御ではなく、主に、リガンドとの結合力や分子の大きさなど細胞外の分子構造によって調整されています。また、CTLA-4を常に高発現している制御性T細胞でも、CTLA-4がCD28の持続活性中心への誘導を阻害するため制御性T細胞が不応答の状態になることも明らかになりました。
これまでに、CTLA-4がCD28と同じリガンドに結合することは知られていましたが、今回初めてこの両者の競合の可視化に成功しました。また、結晶構造解析から、大きな円盤状構造を形成すると考えられていたCTLA-4が、ミクロクラスターという小さな集合体を形成し、T細胞受容体/CD28ミクロクラスターの形成を阻害していることも明らかとなりました (図6)。これらの結果は、ミクロクラスターが、T細胞の活性化だけでなく、活性化の抑制をも担っていることを示しています。この研究は、活性化と抑制の現場での分子の動きを観察することで、分子のダイナミックな動態を明らかにし、免疫応答の活性化と抑制の分子メカニズムを解明した画期的な研究成果といえます。
今後の期待
今回の研究から、T細胞活性化が、T細胞受容体と補助刺激受容体からなる正と負のミクロクラスターのバランスによって制御されていることが分かりました。CD28やCTLA-4のようなT細胞の補助刺激受容体は、T細胞活性化や増殖を調節するだけでなく、抑制性T細胞への分化を含めて、細胞の運命決定を制御しています。研究グループは、これら補助刺激受容体を「ミクロクラスター」という新たな視点から捉えたことで、これまでに解析できなかった複雑な補助刺激受容体のシグナル伝達系の解明に可能性を示しました。
CTLA-4は、最初に同定されたT細胞活性化を抑制する分子で、早くから臨床現場での応用が進んでいました。可溶化CTLA-4は、リガンドであるCD80およびCD86と強力に結合し、CD28の活性化シグナルを阻害します。リウマチ、ループス腎炎、I型糖尿病、脳脊髄炎、臓器移植のマウス実験モデルでも症状軽減の効果が認められ、2006年から欧州ではリウマチ患者に対する臨床応用が始まっています。また、CTLA-4阻害抗体も、CTLA-4の機能を抑え免疫系を賦活化させることから、悪性メラノーマなどのがん治療に用いられています。しかし、免疫系のランダムな活性化による二次的自己免疫疾患の発症や、CTLA-4を恒常的に発現している制御性T細胞を逆に刺激してしまうなど、阻害抗体使用による弊害も生じています。
T細胞活性化の制御の分子メカニズムのより詳細な解析が、CTLA-4の動態を制御するなど新しい観点からの創薬とともに、より選択的な免疫抑制剤や免疫賦活剤の開発への可能性を示しており、安全で効果的な免疫治療の進歩につながると期待できます。