要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI、白川哲久理事長)が共同で組織する「(合同本部、藤田明博本部長)」は、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser: XFEL)で必要な高品質電子ビームの精密制御に有効な新しい「加速器模型」※1を考案し、計算機上で実際の加速器内の電子ビームの集団的挙動を近似的に再現することに成功しました。これは合同本部ビームコミッショニングチームの原徹研究員、渡川和晃研究員、田中均チームリーダーによる成果です。
XFELは、オングストローム※2という空間分解能と、フェムト秒※3という時間分解能で物質を照らし、未知の物理現象や微細な物質構造を解明することができる新しい光です。このXFELを利用することで、がんやエイズなどの難病に対する特効薬の開発や、持続的発展に必要な新エネルギーシステムの研究など、ライフサイエンスやナノテクノロジーの分野が大きく発展すると期待されています。
XFEL施設は、2009年から米国で稼働し、2011年には日本、2014年には欧州で運転を開始する予定です。XFELは、高密度で平行性の良い電子ビームを長尺のアンジュレータ※4に入射して発生させます。安定で高出力のXFELを得るためには、レーザーを生み出す電子ビームと、その蛇行により発生する放射光(アンジュレータ放射光)※5をアンジュレータ内で効率的に重ね合わせ、電子ビームにレーザー波長間隔の密度変調(レーザーの種)※6を形成させる必要があります。研究チームは、XFEL装置のプロトタイプ機であるSCSS試験加速器※7の運転経験から、幅広い波長範囲※8で安定なXFELを発生するためには、アンジュレータ内での電子ビーム空間分布を、電子ビームエネルギーやアンジュレータの磁場などの運転条件に合わせて最適化することが極めて重要であることを、すでに見いだしていました。SCSS試験加速器は2台のアンジュレータを用いるため、レーザー増幅信号を直接観測して電子ビーム空間分布を最適化することが可能です。しかし、XFELの実機は18台ものアンジュレータを一体として用いるため、同様の方法では最適化が困難であると予想していました。そこで、レーザー増幅信号を用いずに、さまざまな運転条件に対応できる新しい「加速器模型」を考案しました。この「加速器模型」とビーム診断装置※9を組み合わせることで、電子ビーム空間分布の最適化が可能になります。
合同本部は、播磨科学公園都市内の大型放射光施設SPring-8※10キャンパスで、世界最小のXFEL施設の建設を2010年度の完成に向けて進めていますが、この「加速器模型」は、高品質電子ビームの精密なビーム制御に利用できるだけでなく、将来のエネルギー回収型線型加速器を利用した放射光光源(ERL)※11へも適用が可能です。
本研究成果は、オランダの科学雑誌『Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A』に(9月17日付け:日本時間9月18日)掲載されました。
背景
紫外線から軟X線、硬X線といった、これまで不可能であった短波長レーザーを実現する切り札として、自己増幅自発放射型(SASE:Self Amplified Spontaneous Emission)の自由電子レーザー(FEL:Free Electron Laser)が期待されています。このレーザーの発生原理は、真空中で加速した自由電子を、周期的な磁場で構成するアンジュレータという装置に通して、通常では起こりえないレーザー波長間隔の密度変調(レーザーの種)、いわゆる電子の「群れ」を作り出し、位相のそろった光(レーザー)を取り出すというものです。
この電子の 「群れ」 を効率よく作るには、高密度で平行性の高い高輝度電子ビームが必要で、さらに、この高輝度電子ビームとその蛇行により発生する放射光(アンジュレータ放射光)を、アンジュレータ内で効率的に重ね合わせることが重要となります。この重なった部分では、電子と放射光の間でエネルギーの授受が起こり、電子ビームにレーザー波長間隔でエネルギーのわずかな変調が生じます。このエネルギー変調が蛇行を繰り返すと、密度の濃淡、すなわち、レーザー波長間隔を持った電子の「群れ」へと成長していきます。
効果的に電子ビームと放射光を重ね合わせるため、アンジュレータには電磁石による収束系※12を設置しています。この収束系は、電子ビームの空間広がりと角度広がりがアンジュレータ内で大きくならないよう、電子ビームを収束させる機能を持ちます。この収束系を使って、アンジュレータ全長に及ぶ最適な電子ビーム空間分布を実現するには、アンジュレータへ入射する電子ビームの分布が、電磁石の収束系にぴったりと整合する条件を満たす必要があります(図1)。レーザーの波長は、電子ビームエネルギーとアンジュレータ磁場の強さを調整して変えるため、レーザー波長を変えるたびに、アンジュレータ部に置いた収束系と整合するよう電子ビーム空間分布を合わせ直す必要があります。
2台のアンジュレータを用いたSCSS試験加速器(図2)では、この電子ビーム空間分布の最適化を、レーザー増幅信号を直接観測しながら実施しています。しかしXFEL実機(図3)は、18台のアンジュレータを一体として機能させます。レーザー増幅信号強度を大きくするには、電子ビーム空間分布だけでなく、各アンジュレータ間の位相整合など、複数のパラメータを同時に調整することが欠かせないため、XFEL実機では、レーザー増幅信号を指標とした電子ビーム空間分布の最適化は困難と予測していました。効率的なXFEL発振調整を実現するには、幅広いレーザーの波長範囲を生み出す電子ビームエネルギーやアンジュレータ磁場の運転条件に対し、レーザー増幅信号を用いずに電子ビーム空間分布を最適化する方法が必須でした。
研究手法と成果
研究チームは、高輝度電子ビームの生成プロセスの最終段にビーム診断装置を設置し、計測した電子ビーム空間分布の情報をアンジュレータの入り口まで転送する「加速器模型」を構築しました。その結果、さまざまな運転条件に対して、レーザー増幅信号を用いずに電子ビーム空間分布を最適化することが可能になりました。レーザー波長を変えるための電子ビームエネルギーの変更は、ビーム診断装置下流側の加速管の加速電圧や加速位相を調整して行います。「加速器模型」が加速管の加速電圧など、調整したパラメータの影響をすべて正確に反映したものであれば、パラメータ調整前に計測した電子ビーム空間分布情報を基に、調整後の電子ビーム空間分布を計算機上で予測できます。最終段の加速管とアンジュレータの間にある調整用収束系を微調整すれば、この予測結果をアンジュレータの電磁石収束系に対して整合させることが可能になります(図4)。
今回新たに提案した「加速器模型」は、加速器内における個々の電子の運動を記述するものではなく、電子ビームの空間広がりの伝搬を表す光学関数※13を使って、短い計算時間で瞬時に結果が得られるのが特徴です。アンジュレータの電磁石収束系への整合条件も、この光学関数によって表すことができます。このような手法は、SPring-8蓄積リング※14に代表されるリング型放射光光源では広く利用され、光学関数を用いた電子ビームのさまざまな性能評価が精緻に行われてきました。しかし、XFELで用いる線形加速器では、電子ビームエネルギーが加速によって大きく変化するため、電子ビームエネルギーが一定であることを前提としたリング型放射光光源での取り扱いをそのまま適用できませんでした。今回考案した「加速器模型」は、電子の運動エネルギーがゼロとなる極限の状態を基準にして、加速による光学関数の変化を正確に表現することができるため、エネルギーが加速によって逐次変化する線形加速器でも、光学関数を正確に転送できるようになりました。
3次元の計算機シミュレーション※15でこの「加速器模型」の妥当性を評価したところ、多数の電子を追跡する数値計算(ビームシミュレータ)と加速器模型を用いた計算が、高い精度で一致することを確認できました(図5)。
今後の期待
今回の成果は、2010年度に完成予定のXFEL装置の効率的な運転に大きく貢献すると期待されます。現在、この「加速器模型」を基礎としたビーム制御系が、ビーム調整運転の当初から利用できるように、制御プログラムの整備を進めています。この「加速器模型」は、線形加速器を用いるすべての光源で基本的に使用可能で、今後建設されるFELやERLなど先端光源の高効率運転への応用が期待されます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
X線自由電子レーザー計画合同推進本部
ビームコミッショニングチーム
チームリーダー 田中 均(たなか ひとし)
Tel: 0791-58-2857 / Fax: 0791-58-2862
研究員 原 徹(はら とおる)
Tel: 0791-58-2809 / Fax: 0791-58-2862
お問い合わせ先
企画調整グループ
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報道担当
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