要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、分子量が5万以上の世界最大の糖鎖クラスターを開発し、ヌードマウスを用いて、糖鎖分子の体内動態を可視化することに世界で初めて成功しました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ動態応用研究チーム(渡辺恭良チームリーダー)の野崎聡研究員、長谷川功紀研究員、と大阪大学大学院理学研究科天然物有機化学研究室(深瀬浩一教授)の田中克典助教、キシダ化学株式会社(大阪市中央区本町橋、岸田充弘代表取締役)の小山幸一研究員、米国スクリプス研究所(Scripps Research Institute)のJ.C.ポールソン(J.C.Paulson)教授らとの共同研究による成果です。
N-結合型糖鎖※1は、細胞膜や細胞内などに多種多様な形態で存在し、タンパク質の血中内での安定性や、さまざまな生体分子との相互作用など、生命活動に欠かせない非常に重要な役割を示すことが知られています。これら糖鎖は、細胞表面などで不均一なクラスター(集合体)を形成することで、タンパク質との相互作用を増強し、さまざまな機能調節をつかさどっている(クラスター効果)と考えられているものの、詳細については解明されていませんでした。
研究グループは、ポリリジン※2を基本骨格とする、分子量が5万以上ある世界最大の新たな糖鎖クラスターの開発に世界で初めて成功しました。さらに、この糖鎖クラスターを、高速6π-アザ電子環状反応※3を用いて、放射性核種である68Gaや近赤外線に吸収を持つ蛍光物質Cy5(発光波長が670nmの赤色)で効率的に標識した後、生きたままのヌードマウスに投与して、ポジトロン断層撮影装置(PET)や蛍光イメージング装置で糖鎖分子の体内動態を可視化しました。その結果、糖鎖の有無やその結合様式によって、生体内でのダイナミクスや代謝が著しく異なることを初めて明らかにしました。これらの成果は、糖鎖の“生きている動物内”での動態を解明する大きな一歩であり、炎症やがん組織を標的とする糖鎖診断薬の開発が期待されます。
本研究成果は、独国の科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』(10月25日号)に掲載されます。
背景
N-結合型糖鎖(アスパラギン結合型糖タンパク質糖鎖)は、細胞間相互作用、タンパク質品質管理、免疫応答調節など、さまざまな生物学的機能に深く関与しています。特に、可溶性のタンパク質に付加する場合には、血中内での安定性にも重要な役割を果たしています。また、N-結合型糖鎖は、その種類によって臓器特異的に集積する性質を持ちます。このような糖鎖機能が、生体内でどのようなダイナミックな過程を経て発現するのか、また、生きている動物内で、実際にどのような代謝過程を経て、臓器選択性を示すのかを明らかにすることは、N-結合型糖鎖を基盤とした診断や治療薬を開発する上で大変重要です。しかし、このN-結合型糖鎖の研究は、これまで試験管内での解析が主流だったため、生体内での動態は明らかにされていませんでした。
研究グループはこれまでに、N-結合型糖鎖を人工的に付加したリンパ球の“動き”を、生体内で可視化することや、この糖鎖付加リンパ球をがん組織へ効率的に集積させることに成功しています(2010年5月20日プレス発表)。これらの研究で得た、糖鎖に依存した細胞の動態変化に関する知見を基に、今回、糖鎖分子自体の生体内での動態を解析する技術の開発に挑戦しました。一般的に、単分子の糖鎖は、分子サイズが小さく、腎臓から素早く排出されて体内にとどまらないため、生体内での動態を可視化することは困難です。また、単分子の糖鎖と、糖鎖を認識するタンパク質との相互作用は一般的に弱く、糖鎖が機能を発揮しにくいことが知られています。
生体内の糖鎖の多くは、構造が少しずつ異なる不均一な状態(グライコフォーム)で存在しており、これらがクラスターを形成することで多くの組み合わせが生じ、糖鎖機能に多様性をもたらしています。このような多様性の高い糖鎖分子社会が、タンパク質や細胞の動態や機能を微妙に調節している(クラスター効果)ものと考えられています。そこで研究グループは、糖鎖の有無や結合様式などの糖鎖構造の違いがクラスター効果へ与える影響を解析するために、N-結合型糖鎖の分子クラスターを人工的に開発し、分子イメージング技術を用いて、生体内での動態を解析する技術の開発に挑みました。
研究手法・成果
ポリリジンを基盤骨格とする、分子量が5万以上ある世界最大の糖鎖クラスターを新たに開発するため、ポリリジン型デンドリマー※4の末端に導入したプロパルギルグリシン※5に対して、銅媒介によるHuisgen[2+3]環化反応※6を用いて、4、8および16分子のN-結合型糖鎖を効率的に導入しました。この際、研究グループが独自に開発したヒスチジン誘導体を活性化剤とする自己活性化クリック反応※7を実施することにより、さまざまな構造を持つ複合型N-結合型糖鎖を、室温40分という温和な反応条件の下、定量的にクラスター化することに成功しました(図1)。
さらに、糖鎖クラスター末端にあるアミノ基を持つリンカー(架橋剤)に対して、研究グループが開発した高速6π-アザ電子環状反応(2010年4月19日プレス発表)を用いて、放射性核種である68Gaや近赤外線に吸収を持つ蛍光物質Cy5(670nm、赤色)で効率的に標識した後(図1)、この糖鎖クラスターをヌードマウスに投与し、PETや蛍光イメージングを用いて、生体における糖鎖クラスターの可視化を行いました。
まず、非還元末端※8に2つのNeuα(2-6)Gal構造※9を持つN-結合型糖鎖をヌードマウスに投与し、デンドリマーの分岐数が生体内動態に及ぼす効果を調べました(図2)。その結果、この糖鎖を4分子、または8分子持つクラスター(分子量は1万~2万程度)は、5分以内に速やかに腎臓から排出されるのに対して(図2 a,b)、糖鎖を16分子持つクラスター(分子量は5万程度)では、血中での滞留性が著しく向上して、4時間後に主に肝臓に集積し、その後腎臓を経た膀胱からの排出に加えて、胆のうを経てゆっくりと消化管から排出されることが分かりました(図2 c)。このように、N-結合型糖鎖の“生きている動物内”におけるダイナミクスを効率良く可視化するためには、糖鎖を16分子以上の大きさでクラスター化することが重要であると分かりました。
さらに、糖鎖を16分子持つクラスターを用いて、糖鎖構造が代謝や臓器への集積に及ぼす効果について検討しました。アシアロ糖鎖※10の場合には、予測されたように、アシアロ糖タンパク質受容体を介して肝臓へ集積し、さらに腎臓から速やかに体外へ排出されることを観察しました(図3 R1)。これは、糖鎖クラスターにシアル酸が存在することにより、生体内での安定性が向上することを示していると考えられます。しかし、2つのNeuα(2-3)Gal非還元末端構造を持つ糖鎖の場合では、Neuα(2-6)Gal構造を持つ糖鎖の場合(図3 R3)とは劇的に異なり、腎臓から5分程度で速やかに排出されることが判明しました(図3 R2)。このように、生体内イメージングの手法を用いることにより、シアル酸のガラクトース残基への結合位置によっても、代謝過程が著しく異なることを初めて見いだすことができました。さらに、さまざまな糖鎖構造を持つクラスターのイメージングを解析した結果、生体内での代謝安定性にはNeuα(2-6)Gal構造を少なくとも1つ持つことが必要であることや、これら糖鎖クラスターが、4時間後に有意に脾(ひ)臓に集積することを見いだしました。
また、ヒト由来の大腸がん細胞株であるDLD-1細胞を移植したがんモデルマウスを用いて、同様に糖鎖クラスターの非侵襲的な生体内蛍光イメージングを実施した結果、正常マウスとは劇的に異なる生体内動態を観察しました(図4)。正常マウスでは速やかに代謝されたアシアロ糖鎖R1は、がんモデルでは生体内安定性が著しく向上することが分かりました。また、2つのNeuα(2-6)Gal構造を持つクラスターR3、およびNeuα(2-3)Gal構造とNeuα(2-6)Gal構造を1つずつ持つR4、R5は、正常モデルマウスでは最終的に脾臓に集積したのに対して、がんモデルマウスでは脾臓への集積が認められませんでした。これらの結果は、がん組織をマウスに移植したことにより、がん組織から産生されるサイトカインなどがレクチンや糖鎖レセプターを飽和したり、その発現量を調節・抑制したりしていることを示唆しますが、今回開発した糖鎖クラスターは、これに敏感に反応・感知していることを示します。このように、N-結合型糖鎖クラスターR1~5は新しいタイプのがん診断プローブとなり得ることを明らかにしました。
今後の期待
今回研究グループが開発した糖鎖クラスター合成法を活用することで、単一の糖鎖だけではなく、多くの種類の糖鎖をクラスター化することが可能となりました。すなわち、細胞膜に存在する糖鎖の不均一なクラスターを疑似化して、糖鎖相互作用の強度や臓器選択性を増強し、多様性の高い糖鎖生体分子社会を自由自在につくりだすことができると考えられます。このように、研究グループが独自に開発した糖鎖クラスターのイメージングの方法は、これまでに手つかずの状況であった自然界での糖鎖の動態を“生きている動物内”で解明する大きな一歩となることが期待できます。さらに、この方法を基盤とした、炎症やがん組織を選択的に認識したり、ターゲティングを効率的に行ったりすることができる糖鎖診断薬の開発が期待できます。