要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、重複遺伝子※1と複雑な代謝経路(ネットワーク構造)が、代謝産物の恒常的な維持に重要な役割を果たしていることを発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究グループの花田耕介研究員、代謝システム解析チームの澤田有司研究員、平井優美チームリーダーらによる研究成果です。
生物は数多くの遺伝子を持っていますが、1つ1つの遺伝子を欠損させた変異体を構築しても、その表現型はほとんど変化しないことが知られています。この現象から、生物には生命維持機能(頑健性)が存在することが分かってきました。その頑健性のメカニズムには、「重複遺伝子による機能の相補」と「ネットワーク構造に存在する代替経路による相補」が挙げられています。しかし、この2つの相補メカニズムの関係性は明らかにされていませんでした。そこで、モデル植物であるシロイヌナズナの遺伝子を欠損させた1,976個の変異体で、35種類の代謝産物の蓄積量をハイスループット(短時間に大量処理)な液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)解析※2を用いて定量的に解析しました。その結果、複数の代替経路を持つ代謝産物の生合成に関与する遺伝子には、同じ機能を示す重複遺伝子がほとんど存在しませんでしたが、代替経路が少ない代謝産物の生合成に関与する遺伝子には、同じ機能を示す重複遺伝子が存在する傾向の高いことが分かりました。これは、「重複遺伝子による機能の相補」と「ネットワーク構造に存在する代替経路による相補」の両方が、生命維持機能として重要な役割を持ち、トレードオフの関係にあることを示しています。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Molecular Biology and Evolution』オンライン版(8月20日付け:日本時間8月21日)に掲載されます。
背景
生物は数多くの遺伝子を持っていますが、1つ1つの遺伝子を欠損させた変異体を構築しても、その表現型はほとんど変化しないことが知られています。この現象から、生物には生命維持機能(頑健性)が存在することが分かってきました。その頑健性のメカニズムとして、「重複遺伝子による機能の相補」と「ネットワーク構造に存在する代替経路による相補」が挙げられています(図1)。しかし、この2つの相補メカニズムの関係性は明らかになっていませんでした。
モデル植物であるシロイヌナズナでは、多くの遺伝子の変異体が存在するとともに、代謝産物の複雑な代謝経路であるネットワーク構造も明らかになっています。これまでの研究から、ほとんどすべての生物で共通に存在する一次代謝産物(タンパク性アミノ酸)の生合成には、代替経路が数多くあるのに対し、シロイヌナズナの近縁種だけに存在する二次代謝産物(グルコシノレート※3)の生合成には、代替経路がほとんど無いことが分かっています。研究グループは、シロイヌナズナの一次代謝産物、二次代謝産物を用いて、重複遺伝子と代替経路による相補メカニズムの解明に挑みました。
研究手法と成果
研究グループは、これまでに構築してきたシロイヌナズナの1,976個の遺伝子欠損変異体で、17種類の一次代謝産物と18種類の二次代謝産物の蓄積量をLC-MS解析を用いて定量的に解析しました。次に、代謝産物の蓄積量にどの遺伝子がどの程度関係するかを調べるために、遺伝子を欠損させていない野生株と比較しました。重複遺伝子が代謝産物の生合成を相補する機能があると仮定した時、相同性がある遺伝子がシロイヌナズナゲノムに存在する遺伝子(重複遺伝子)を欠損させた場合と、まったく相同な配列が存在しない遺伝子(重複遺伝子でない遺伝子)を欠損させた場合を比較すると、前者で遺伝子の欠損による代謝産物の変化が少なくなると予測できます。研究グループは、どの程度類似している重複遺伝子が代謝産物の相補に関係しているかを調べるために、30%以上、50%以上、70%以上、90%以上相同な遺伝子がゲノムにある遺伝子と、重複遺伝子でない遺伝子を欠損させた場合の代謝産物すべての変化率を調べました。その結果、90%以上相同な遺伝子がゲノムにある遺伝子を欠損させた場合だけが、そのほかの遺伝子を欠損させた場合に比べ、代謝産物の変化率が有意に低くなっていることを突き止めました(図2)。これは、非常に似ている遺伝子がゲノムに存在する場合に限って、代謝産物生合成の相補を起こすことができることを示しています。この結果を踏まえ、90%以上相同な遺伝子をゲノム中に持つ遺伝子を重複遺伝子として、その後の解析を行いました。
重複遺伝子による生命維持機能(頑健性)が、生命進化の過程で自然選択の結果、残ってきたと考えると、より重要な遺伝子機能が、そうでない遺伝子機能よりも、重複遺伝子によって相補されている傾向があると考えられます。この考えが正しいとすると、重複遺伝子を欠損させても重篤な表現型が現れないと予想されます。つまり、遺伝子欠損によって、多くの代謝産物を変動させる遺伝子は、少ない代謝産物を変動させる遺伝子よりも、重複遺伝子でない遺伝子の割合が高くなり、重複遺伝子の割合が少なくなると考えられます。実際に、代謝産物を変動させる数と重複遺伝子の割合の関係を調べてみると、多くの代謝産物を変動させる遺伝子ほど、重複遺伝子の割合が低くなっていることを明らかにしました(図3A)。この結果は、予想通り、重要な遺伝子機能であるほど重複遺伝子によって相補されていることを強く示唆しています。
これらの結果を踏まえて、一次代謝産物(代替経路が多い)と二次代謝産物(代替経路が少ない)を変動させる遺伝子の、重複遺伝子の割合を調べました。その結果、一次代謝産物に関しては、1つの遺伝子を欠損した場合に変動する代謝産物の数と重複遺伝子の割合に顕著な傾向はありませんでした(図3B)。しかし、二次代謝産物に関しては、1つの遺伝子を欠損した場合に多くの代謝産物を変動させる遺伝子は、まったく変動させない遺伝子に比べて、重複遺伝子の割合が3分の1になっていることを発見しました(図3C)。これは、同じ機能を保有している重複遺伝子の割合が、二次代謝産物を変動させるような遺伝子には多いが、一次代謝産物を変動させるような遺伝子には少ないことを示しています。一次代謝産物を変動させるような遺伝子に重複遺伝子が少ない理由は、一次代謝産物を生合成するための代謝経路に代替経路が多数存在するため、重複遺伝子による相補が必要でないためと考えられます。すなわち、重複遺伝子とネットワーク構造に存在する代替経路の2つの相補メカニズムは、トレードオフの関係で生体維持機能を発揮していることを示しています。
今後の期待
生命維持機能のメカニズムは、生命の基本的な原理の1つと考えられるため、注目されつつあります。しかし、これまで、重複遺伝子や代替経路による機能相補について、理論的な検証があまりされてきませんでした。近年、生物学の大きなチャレンジとして、生物をシステムとして理解する学問(システムバイオロジー)が盛んに行われています。システムバイオロジー分野をさらに推進するためには、この重複遺伝子や代替経路による相補メカニズムを取り入れることが重要だと考えられています。今回の成果を基に、今後は、理論的なモデル構築が行われることが期待されます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター 機能開発研究グループ
研究員 花田 耕介(はなだ こうすけ)
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