要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞内最大の超分子構造体である「核膜孔複合体※1」形成の可視化に成功し、この形成が細胞周期エンジン※2として知られているサイクリン依存性キナーゼ(cyclin dependent kinase:CDK)の司令で開始することを発見しました。これは、理研基幹研究所(玉尾 皓平 所長)今本細胞核機能研究室の前島一博専任研究員(現、客員研究員、国立遺伝学研究所 教授)と今本尚子主任研究員らが、脳科学総合研究センター脳形態解析支援ユニットの端川勉チームリーダーと中臣礼子技術員、イノベーション推進センターVCADシステム研究プログラム生物基盤構築チームの横田秀夫チームリーダーと西村正臣研究員らとの連携研究で得た成果です。
細胞核と細胞質の間を往来するすべての物質(イオン、タンパク質、RNA、リボソーム、ウイルス粒子など)の唯一の通り道となる核膜孔複合体は、500~1,000個ものポリペプチド鎖から形成される、総分子量125MDaの巨大なタンパク質複合体です。進化的にも保存された8方対称※3の美しい幾何学的な構造を持っており、この精緻な構造体の形成機構を知ることは、細胞の営みを理解しようとする細胞生物学者らの夢でした。しかし、細胞周期の間期※4に進む核膜孔複合体構造の形成を解析する手法は、これまで樹立されていませんでした。
研究グループは、核内でDNAに結合しているヒストンと核膜孔複合体構成因子のそれぞれに、2つの異なる蛍光タンパク質(CFP※5とYFP※5)を結合させた安定発現株を取得し、ヒストンをCFP標識したものをアクセプター細胞、核膜孔複合体構成因子をYFP標識したものをドナー細胞として、細胞融合させました。この融合細胞(ヘテロカリオン)※6の中でアクセプター細胞由来の核膜上にドナー細胞が発現する核膜孔複合体の構成因子の蛍光輝点を観察することができると、「新生核膜孔複合体形成」が起こったと判断できます。核膜孔複合体の新生にはCDKの活性が必須であること、CDKを阻害すると核膜孔複合体構築途上の形成中間体構造さえも見られないことを突き止め、CDKは複合体形成の初期反応に必要であると分かりました。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Structure & Molecular Biology』オンライン版(8月15日付け:日本時間8月16日)に掲載されます。
背景
ヒトをはじめとする真核生物では、遺伝子機能の場である細胞核が、タンパク質合成の場である細胞質から2層の脂質膜からできている核膜によって隔てられています。核膜に埋め込まれた核膜孔複合体は、総分子量125MDa(タンパク質合成装置として知られているリボソームの38倍の大きさに相当)の巨大なタンパク質複合体です。この核膜孔複合体は、核と細胞質を往来するタンパク質やRNAだけでなく、イオンなどの低分子からウイルス粒子に至るまで、すべての物質の唯一の通り道となっています。その機能は、1分間に数百万個もの膨大な数のタンパク質分子を選択的に、かつ正確に通過させることができ、まるで「ナノマシン」のような働きをする分子装置といえます。
核膜孔複合体の構成因子の大部分は、すでに明らかにされてきています。また、さまざまな手法で解析された8方対称の幾何学的な複合体構造は、酵母からヒトをはじめとする高等真核細胞まで広く保存されていることが知られています(図1)。しかし、この構造体が、「いつ」、「どこに」形成されるかは明らかにされておらず、形成過程が細胞内のシグナルによって、何らかの制御を受けているかどうかも不明なままでした。
研究手法と成果
研究グループは、VCADシステム研究プログラム生物基盤構築チームが開発した画像処理技術を用いて、細胞周期を通した核表面の核膜孔複合体密度と細胞核体積の増加を測定・定量しました。その結果、核膜孔複合体は、細胞分裂期直後の最初の4~8時間の間だけ速やかに増加するのに対し、細胞核の体積は細胞周期を通して増加し続けることが分かりました(図2)。また、核膜孔複合体の増加は、CDK阻害剤であるRoscovitine(ロスコヴィティン)で阻害されるのに対し、細胞核体積の増加はRoscovitineでは阻害されないことが判明しました。
これらの結果を基に、細胞周期の間期における核膜孔複合体形成を可視化する系を作製しました。まず、蛍光タンパク質CFPを標識したヒストンH2Bと、蛍光タンパク質YFPを標識した核膜孔複合体構成因子の1つNup107(またはNup133)を安定に発現させる細胞株を取得しました。Nup107(またはNup133)は、核膜孔に一度挿入されると、複合体が崩壊するまで入れ替わらない核膜孔複合体構成因子として知られているタンパク質です。H2B-CFPを発現する細胞株を「アクセプター」、YFP-Nup107(またはYFP-Nup133)を発現する細胞株を「ドナー」として用いて、2つの細胞を融合しました(図3左)。融合細胞(ヘテロカリオン)を、CDK阻害剤であるRoscovitine、あるいはDNA複製酵素阻害剤のAphidicolin(アフィディコリン)が存在している中で培養すると、DNA複製を阻害しても形成される核膜孔複合体が、CDKを阻害すると形成されないことが分かりました(図3右)。さらに、CDKの中でも、とりわけ細胞周期進行に重要な働きをするCDK1とCDK2が核膜孔複合体形成に必要であることを証明しました。
脳科学総合研究センター脳形態解析支援ユニットとの共同で、核膜孔複合体が活発に形成される時期の核膜表面を電子顕微鏡で観察すると、成熟した核膜孔複合体の半分くらいの大きさの構造体を認めました(図4矢印)。この小さな構造体は、形成途上の核膜孔複合体形成中間体(nascent pore)と考えられました。成熟した核膜孔複合体が8方対称なのに対し、形成中間体は4方対称に見えました。また、核膜孔複合体形成を阻害するRoscovitine存在下で培養した同時期の細胞核の表面には、この形成中間体の構造さえ見えなかったことから、CDKが核膜孔複合体形成の初期反応に必要と分かりました。
今後の期待
興味深いことに増殖細胞では、細胞周期進行の間にDNAや中心体と同じように、次の細胞分裂期に備えて核膜孔複合体が新生されてほぼ倍化します。それに対し、増殖能を持たない終末分化した細胞などでは、核膜孔複合体の新生は見られません。神経細胞では数十年にも及ぶ長い細胞の生涯の間、核膜孔複合体が安定に存在すると考えられています。核膜孔複合体形成が細胞周期エンジンであるCDK1とCDK2に依存するという結果は、終末分化した細胞内で、核膜孔複合体が形成されない理由の1つと考えられます。
2層の脂質膜に、核膜孔複合体のような巨大な超分子複合体がどのように形成されるかは依然、大きな謎に包まれています。しかし、本研究で樹立した核膜孔複合体形成の解析系を利用することで、生きた細胞内で形成過程を詳細に解析していくことが初めて可能となりました。また、CDKという、核膜孔複合体形成開始のシグナルを見つけたことで、形成過程を制御することもできるようになりました。核膜孔複合体形成開始に関与するCDKの基質を同定することで、核膜の脂質変化を含む形成開始の分子機構が具体的に明らかになると期待できます。