要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(濱田純一総長)は、あらゆる生物のタンパク質を構成する20種類の基本的なアミノ酸に加えて、「21番目のアミノ酸※1」と呼ばれるセレノシステイン(Sec)の生合成の仕組みを明らかにしました。Secの生合成には、リン酸化酵素「O-ホスホセリル-tRNAキナーゼ(PSTK)」による転移RNA(tRNA)※2のリン酸化が必須ですが、このPSTKがSec専用の転移RNA(tRNASec)を選択的に認識し、リン酸化する機構を解明しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長(東京大学大学院理学系研究科 構造生物学社会連携講座兼任教授)、東京大学大学院理学系研究科 構造生物学社会連携講座の関根俊一特任准教授(理研生命分子システム基盤研究領域システム研究チーム客員研究員)らによる研究成果です。
セレン(Se)は、私たちヒトを含め幅広い生物の生存に必須の元素です。反応性が高く一定量以上では有毒ですが、微量成分として不可欠で、Seの欠乏が、がんや高血圧などの疾病と結びつくことが指摘されています。Seは主にセレノシステイン(Sec)というアミノ酸に取り込まれ、抗酸化作用の機能を持つ酵素など、一部のタンパク質(セレン含有タンパク質)の構成要素として細胞内に存在し、酸化還元反応のための活性中心として有効に機能しています。
Secには、このアミノ酸を運搬する専用の転移RNA(tRNASec)が存在し、通常の20種類のアミノ酸と同様に遺伝暗号に従ってセレン含有タンパク質に取り込まれるため、Secは「21番目のアミノ酸」と呼ばれています。Secは、複数の酵素反応を経てtRNASecと結合(Sec-tRNASec)します。今回、Secの生合成に必須なリン酸化酵素PSTKとtRNASecとの複合体の結晶構造解析に初めて成功し、生物が反応性や毒性の高いSeを有用なSecというアミノ酸としてタンパク質に正しく取り込む仕組みを解明しました。
この成果は、遺伝暗号の進化の過程で生命が新たなアミノ酸を獲得してきた仕組みを理解する上で重要であるとともに、非天然アミノ酸を組み込んだ機能性タンパク質など、新しいタンパク質医薬の開発にも新しい道を切り開くものと考えられます。
本研究成果は、ターゲットタンパク研究プログラム、文部科学省科学研究費補助金、東京大学グローバルCOEプログラムなどの支援を受けて行われたもので、米国の科学雑誌『Molecular Cell』(8月13日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月12日付け:日本時間8月13日)に掲載されます。
背景
タンパク質は、タンパク質合成を担う細胞内小器官である「リボソーム※3」において、伝令RNA(mRNA)※4上の3つの塩基からなる遺伝暗号の単位(コドン※5)が、転移RNA(tRNA)を介して対応するアミノ酸に翻訳されることで合成されます。すべての生物において、一般にタンパク質は20種類のアミノ酸から構成されていますが、初期の生命では20種類よりも少ない数のアミノ酸しか存在せず、進化の過程で新しいアミノ酸が遺伝暗号に組み込まれたと考えられています。このため、タンパク質の生合成機構を詳細に調べることは、生物が進化しながら遺伝暗号を付け加え、新たなアミノ酸を獲得してきた仕組みの解明にもつながります。
セレン(Se)は、ヒトから細菌まで幅広い生物の生存に必須の微量元素で、周期表では酸素(O)、硫黄(S)、セレン(Se)と続く酸素族に属する元素です。反応性に富み有毒ですが、微量成分として必須で、Seの欠乏は、がんや高血圧などの疾病に結びつくことが指摘されています。主にSeは、セレノシステイン(Sec)というアミノ酸に取り込まれ、抗酸化作用の機能を持つ酵素など、一部のタンパク質(セレン含有タンパク質)の構成要素として細胞内に存在しています。Secは、セリン(Ser)またはシステイン(Cys)というアミノ酸の、それぞれ酸素(O)または硫黄(S)が、Se原子で置換された構造を持っています(図1)。こうして生物は、高い反応性を持って有毒なSeを安全な形でタンパク質に取り込み、活性酸素種の除去など、主に酸化還元反応の活性中心として有効活用しているのです。
Secは「21番目のアミノ酸」として知られ、遺伝暗号に従ってタンパク質に取り込まれます。しかし、生物の持つ基本的な遺伝暗号は20種類のアミノ酸に対応した暗号です。そのため、この21番目のアミノ酸を加えるため、生物は巧妙な工夫を施しています。Secには、専用の特殊なtRNA (tRNASec)が存在します。tRNASecはUGAコドン(通常はタンパク質合成の終了を指示する)に対応するアンチコドン※6を持っており、セレン含有タンパク質の設計図となるmRNAの特定のUGAコドンを終止コドンからSecコドンへと読みかえることでSecを挿入します。このように、生物はSeを利用するために、20種類にしか対応していない基本的な遺伝暗号を進化させ、21番目のアミノ酸に対応させています。
Secは、複数の酵素反応を経てtRNASecに結合した状態で合成されます。tRNASecは、まず通常のアミノ酸であるSerを付加され(Ser-tRNASec)、次にO-ホスホセリル-tRNAキナーゼ(PSTK)というリン酸化酵素によってリン酸化を受け(P-Ser-tRNASec)、最後にSeを取り込んでSec-tRNASecとなります(図2)。ここで、PSTKは、tRNASecとほかの標準的なtRNA、特に、Serに対するtRNA(tRNASer)を厳密に区別し、tRNASecだけをリン酸化してSecの合成へと導く一方で、通常のtRNA上で誤ってSeが取り込まれるようなことがないように品質管理の役目を担っていることが知られています。しかし、その詳細な選別の仕組みはこれまで明らかにされていませんでした。
そこで研究グループは、PSTKとtRNASecとの複合体の結晶構造を解析し、高い反応性を持ったSeを有用なSecという21番目のアミノ酸に変換してセレン含有タンパク質に取り込む仕組みの解明に取り組みました。
研究手法と成果
PSTKおよびtRNASecの複合体の結晶を作製し、理研の大型放射光施設SPring-8のBL41XUビームラインと、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構の放射光科学研究施設フォトンファクトリー(Photon Factory)のNW12Aビームラインを用いて立体構造を決定しました。その複合体の立体構造解析から次のようなことが分かりました。
(1)tRNASec・PSTK複合体の立体構造
研究グループは、古細菌由来のtRNASecとPSTKの複合体の結晶を作製し、2.4~2.9Å(オングストローム:1Åは10-10m)の分解能でその複合体の構造を明らかにしました(図3)。PSTKは2分子で二量体を形成しており、それぞれの分子が1分子のtRNASecと結合していることを解明しました。
PSTKは、C末端ドメインとN末端ドメイン、およびこれら2つのドメインを連結するリンカーから構成されています。複合体中では、N末端ドメインとC末端ドメインが、それぞれtRNASecのアクセプターアーム※7およびDアーム※8と呼ばれる部分と結合することが分かりました。また、PSTKはtRNASecに特有のアンチコドン(UGAコドンと対合する)とは接触しないことも分かり、PSTKはこのアンチコドンを認識しているのではないことが明らかとなりました。
(2)PSTKのC末端ドメインはtRNASecに固有のDアームを認識する
tRNASecのDアームは、6塩基対からなるステムと4塩基からなるループを持ち、通常、3~4塩基対からなるステムと7~11塩基からなるループを持つ標準的なtRNAの構造と大きく異なっています(図4上)。これは、tRNASecに特有な構造的特徴の1つです。
X線結晶構造解析の結果、PSTKのC末端ドメインは、このtRNASecのDアームの構造的特徴にぴったりと適合して結合していることが分かりました(図4下水色)。生化学的な解析の結果、PSTKのC末端ドメインのtRNASecのDアームへの結合が、PSTKによるtRNASecの認識に必須であることを明らかにすることができました。PSTKはC末端ドメインを用いてDアームを足場にtRNASecと強く結合し、N末端ドメインをtRNASecのアクセプターアームに配置して、アームの末端に結合したアミノ酸のリン酸化を行うと考えられます。標準的なtRNAのDアームは、PSTKのC末端ドメインと適合しないため(図4下青色)、PSTKによるリン酸化が起こることはありません。従って、例えばtRNASer上で誤ってSecが合成され、Seを含むSecがSerの代わりにタンパク質へ導入されるようなことは未然に防がれています(図5)。このように、「PSTKのC末端ドメインがtRNAのDアームをチェックする」ことによりtRNAを厳密に区別し、通常の翻訳の精度を維持したまま、セレン含有タンパク質の特定の部位へ正確にSecの導入が行われる仕組みを明らかにすることができました。
今後の展望
この研究成果は、「21番目のアミノ酸」であるSecが正しく作られ、セレン含有タンパク質に導入される仕組みを解明する上で極めて重要であるとともに、遺伝暗号の進化を研究する上でも重要な知見を提供しています。進化の過程で、生物が必要に応じて遺伝暗号を拡張し、多くの有用な機能を持った天然または非天然のアミノ酸をタンパク質の目的の位置に導入する仕組みは、新しい機能を担うタンパク質を創製する技術開発基盤の構築や、それらを通じた新しいタンパク質医薬などの開発にもつながることが期待できます。