要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、国立大学法人東北大学(井上明久総長)、国立大学法人東京大学(濱田純一総長)とともに、相互作用により電荷が移動できない「電荷整列絶縁体※1」の代表的な物質の1つ、マンガン酸化物薄膜が、磁場を印加すると雪崩的に電子が動いて金属に相転移する様子を、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡※2を用いて観察することに成功しました。その結果、この薄膜が金属へ相転移すると、細線状に形成された金属相のネットワークが絶縁相の中に現れることを初めて明らかにしました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)交差相関物性科学研究グループの十倉好紀グループリーダー(東京大学工学部教授)、交差相関超構造研究チームの川崎雅司チームリーダー(東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授)と中村優男研究員、米国スタンフォード大学のシェン教授(Z.-X. Shen教授)との共同研究による成果です。
エレクトロニクス素子などに活用されているシリコンを主体とした半導体デバイスでは、素子中の電荷の数を電場によって変化させ、オンオフ状態をスイッチしています。電場で注入される電荷の数は非常に少ないため、電荷同士はお互いの影響を受けずに自由に動くことができます。一方、遷移金属※3の酸化物の中には、大量の電子が存在する上に、電子間の相関が強い物質(強相関電子物質)であるために、電子同士が反発し合って自由に動けず、電荷が局在して絶縁体となるものが多く存在します。電荷整列絶縁体と呼ばれるこれらの物質に、電場、磁場、光などのさまざまな刺激を与えると、絶縁体から金属へ相転移を起こして電子が雪崩のように動き出し、巨大な応答を得ることができます。
研究グループは、膜厚がわずか30nm(1nmは10億分の1m)のマンガン酸化物薄膜が、磁場によって電荷整列絶縁体から金属へ相転移することをすでに確認していますが、今回、そのメカニズムをナノレベルで解明することを目指しました。温度2K(ケルビン:0Kは-273.15 ℃)、磁場9テスラという条件下で、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を利用して解析したところ、絶縁相中に細線状の金属相のネットワークが現れることを見いだし、電子が流れる機序を明らかにすることができました。
この成果は、外場誘起による電荷整列絶縁体の相転移に関する基礎的な理解を深めるとともに、相転移現象を利用した革新的なスイッチング素子やメモリーの実現につながることが期待されます。
研究成果の一部は、日本学術振興会の最先端研究開発支援プログラムの助成により実施され、米国の科学雑誌『Science』(7月9日号)に掲載されます。
背景
電子がごくわずかしか存在しないシリコンなどの半導体中では、電子は周りの電子の影響を受けずに固体中をほぼ自由に動くことができます(図1a)。既存の半導体デバイスでは、MOS型半導体トランジスター構造(図1b)を利用して、この自由に動ける電子の量を電場によって変化させ、オン状態とオフ状態を制御しています。これまで、このオンオフ動作の速度の向上や素子の小型化、省電力化といった需要に応えるため、微細加工技術を駆使して素子サイズを縮小化し、デバイス特性を向上させてきました。しかし、微細化が進むにつれて、電場印加に必要な絶縁層を漏れるリーク電流の増加や、電極間が狭まることによって素子ごとに特性がばらつくという短チャンネル効果などの問題(図1b)が表面化し、近い将来、微細化による素子性能の向上に限界が訪れることが懸念されています。そこで、従来の半導体とは異なる原理で動作するスイッチング材料が強く求められてきました。
遷移金属の酸化物の中には、半導体中の自由な電子とは対照的に、大量の電子が存在する上に、電子間の相関が強い物質(強相関電子物質)であるために、電子同士が反発し合い局在化した「電荷整列絶縁体」と呼ばれる絶縁体が多く存在しています(図1c)。このような電荷整列絶縁体では、半導体中では重要でなかった電子のスピンや軌道など、電荷以外の電子の持つ性質(自由度)が非常に重要な役割を果たしています。従って、それぞれの自由度に直接作用する外場、例えば電荷に対しては電場、スピンに対しては磁場、軌道に対しては光によって、局在している大量の電子を雪崩のように動かすことができます(図1d)。このとき、絶縁体から金属への相転移が起こり、電気伝導度が数桁も変化する巨大な外場応答が得られます。この現象を利用すると、既存の半導体デバイスでは実現できない新しいトランジスターやスイッチング素子が作製できると考えられます。実際に、国際半導体技術ロードマップ※4でも、電荷整列絶縁体を含む強相関電子物質が重要テーマとして挙げられています。
ペロブスカイト構造※5を有するマンガン酸化物は、電荷整列絶縁体となる代表的な物質の1つで、磁場、電場、光といったさまざまな外場によって絶縁体から金属への相転移を起こすことが知られています。近年、わずか数十nmの厚さでもこの相転移を起こすことが可能な薄膜の作製法を確立し、新しい相転移デバイス実現への道を開きました。しかし、この薄膜材料が示す相転移のミクロなメカニズムについては、これまで適切な観察手法が無かったために、未解明のままとなっていました。そこで、局所的な電子状態を調べることができる顕微鏡を用いて、このマンガン酸化物の薄膜における相転移のメカニズムの解明に取り組みました。
研究手法と成果
研究グループは、薄膜の材料として、電荷整列絶縁体を示す代表的なマンガン酸化物「ネオジウムストロンチウムマンガン酸化物(Nd0.5Sr0.5MnO3)」を用いました。この薄膜を作製するために、同じペロブスカイト構造で、格子サイズがほぼ等しいチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶の基板を用意し、この基板上に、高品質な酸化物薄膜の作製に実績のあるパルスレーザー堆積法※6を用いて、膜厚30nmのネオジウムストロンチウムマンガン酸化物の薄膜を作製しました。
微小領域の伝導特性の観測には、米国スタンフォード大学のシェン教授(Z. -X. Shen教授)のグループが開発した走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いました(図2)。この顕微鏡は、試料の電気抵抗率をおよそ100nmという高い空間分解能で可視化することができます。本研究では、温度 2K (ケルビン:0Kは-273.15 ℃)という低温の下、9テスラという高磁場下で観測ができるよう改良し、薄膜の相転移の様子を観察しました。
作製したネオジウムストロンチウムマンガン酸化物の薄膜は、温度10K(-263℃)、磁場2.4テスラでは電気抵抗率が500Ωcmと高い絶縁体状態を示しましたが、磁場9テスラでは、抵抗率が0.2Ωcmと4桁ほど減少(図3a)し、金属状態に変化しました。この過程を走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡で観察したところ、磁場が2.4テスラでは全体が一様に絶縁相でしたが(図3b)、磁場が9テスラでは、基板の結晶方位※7に沿って100ナノメートル程度の幅を持つ細線状の金属相のネットワークを形成しました(図3c)。従って、絶縁体から金属への相転移は、絶縁体相中にできた細い金属相の伝導パスを通した電気伝導によって起きていることが分かりました。
最近、次世代のメモリーとして抵抗変化型メモリー(ReRAM)※8が注目されており、今回の薄膜と同様、電圧を加えると細線状の伝導パスが形成されることが明らかになっています。しかし、伝導パス形成には、酸素イオンが移動する必要があるため動作速度が遅いこと、繰り返しのオンオフにより劣化しやすいことなどが問題となっています。今回の結果は、強相関電子物質を用いることで、イオンよりも高速に移動できる電子を利用した伝導パスの形成が可能であることを示唆できました。
今後の期待
今回の成果によって、電荷整列絶縁体が示す外場誘起による金属への相転移に関する基礎的な理解が深まると考えられます。また、相転移の際に、電子を利用した細線状の伝導パスが形成されることを観測したため、より高速に動作する抵抗変化型メモリーの材料として、強相関電子材料が有効であることを示すことができました。この相転移は、電場だけでなくさまざまな外場により起こすことが可能で、革新的なスイッチング素子の開発にもつながることが期待できます。また、将来伝導パスの生成個所を制御することができるようになると、素子サイズを金属相の細線の幅まで小さくすることが可能で、素子密度の大幅な向上も期待されます。