要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生理活性物質の化学と分裂酵母のゲノム解析の研究を融合することで、海洋無脊椎動物の一種である海綿が含有している抗カビ物質「セオネラミド」の作用メカニズムを明らかにしました。セオネラミドは、従来の抗真菌剤と異なり、細胞壁合成を異常に促進するという、まったく新しい作用メカニズムを持っていました。理研基幹研究所ケミカルゲノミクス研究グループの西村慎一客員研究員、吉田稔グループディレクターらと、国立大学法人京都大学、国立大学法人埼玉大学、東京電機大学、国立大学法人東京大学および独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)との共同研究による成果です。
薬効を示す化合物は数多く知られていますが、その薬の作用メカニズムの理解が進んでいる化合物は意外と少ない状況です。この状況は、開発が進み臨床で使用されている薬の場合でも例外ではありません。近年、多くの生物種のゲノムが解読され、ゲノム情報と遺伝子材料を用いた研究が世界中で進んでいます。これら一連の研究が、遺伝子やそこにコードされているタンパク質の役割を明らかにするだけでなく、遺伝子やタンパク質に作用する薬の役割をも明らかにすると期待されています。
研究グループは、これまでに確立してきた「分裂酵母丸ごとのタンパク質を扱う解析系※1」を用いて、抗真菌剤の一種である抗カビ物質のセオネラミドの作用メカニズムを明らかにしました。具体的には、セオネラミドを含むいくつかの化合物をゲノムワイドにプロファイリングし、そのプロファイルから得られた情報を基に、作用メカニズムを推測しました。その結果、セオネラミドは、細胞壁合成を阻害する従来の抗真菌剤とは対照的に、細胞壁合成を異常に促進することが分かりました。さらに、このセオネラミドの標的として、細胞膜の脂質成分の1つであるエルゴステロールを同定しました。つまり、セオネラミドが、細胞膜のエルゴステロールに直接結合して、細胞膜に存在する細胞壁合成酵素に働きかけ、細胞壁合成を異常に促進するという新しい作用メカニズムの存在を初めて明らかにしました。
カビや酵母などの真菌は、細菌類と異なり細胞の構造や仕組みが高等生物と類似するため、有効に作用する抗生物質が乏しく、医療の現場では常に大きな問題となっています。今回、セオネラミドが既存の抗真菌剤とは異なる作用メカニズムを有することを明らかにしたことで、新しい種類の抗真菌剤の開発が可能となります。また、分裂酵母はヒトと同じ真核生物に属する単細胞微生物で、ヒト型タンパク質を数多く持つことから、研究グループが構築した解析系は、抗真菌剤に限らず幅広い疾患治療薬の作用メカニズムの解明に役立つと期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Chemical Biology』のオンライン版(6月13日付け:日本時間6月14日)に掲載されます。
背景
薬は、病気などを引き起こす特定の標的分子に結合し、その機能を変化させることで、薬としての効能を発揮します。近年では疾患の分子レベルでの解析が進み、治療の標的分子候補が続々と同定されるようになり、それらの分子をターゲットにした創薬研究が盛んに行われています。一方で、標的分子は不明ながら薬効を発揮する化合物も多く知られています。こうした化合物の作用メカニズムを解明することで、新たな創薬の可能性が広がります。また、毒物の作用メカニズムを解明することも重要な研究課題です。例えばフグ毒であるテトロドトキシンは、ナトリウムチャネルを阻害することで神経伝達を遮断し、知覚麻痺(ひ)や呼吸困難、最悪の場合には死に至らしめますが、この特異的な作用からイオンチャネルの研究が大きく進展しました。このように特徴的な作用を持つ化合物の存在は、基礎研究と臨床応用の双方において貴重な材料となりますが、それらの作用メカニズムを明らかにすることは至難の業でした。
研究グループでは、これまでに「分裂酵母丸ごとのタンパク質を扱う解析系」を確立しています。この解析系は、アフリカで古くから作られていたビールから単離された酵母の一種である分裂酵母を対象としており、約5,000遺伝子というコンパクトなゲノム構造を有しているだけでなく、多くの遺伝子の配列やタンパク質の制御が高等真核生物と類似していることから、創薬を出口としたゲノム研究のモデルとして期待されていました。
研究手法と結果
有用な化合物の作用メカニズムの解明のために、まず、化合物のプロファイリングを行いました。プロファイリングは、しばしば犯罪捜査で、犯罪の性質や特徴から行動科学的に分析して犯人の特徴を推論する場合に用いられます。今回の研究では、化学遺伝学的相互作用※2を使って化合物を特徴付け、その作用メカニズムや標的分子を特定することを目指しました。すなわち、すでにクローニングされたORF※3を発現する分裂酵母のコレクションを用いて、どのORFを発現したときに、化合物に対して耐性または感受性が上昇するのかを定量的に調べました。ほぼすべてのORFについて試験することで、化合物の標的遺伝子やそれと密接な関係にある遺伝子、あるいは薬剤トランスポーター※4など、標的遺伝子と直接的に関係しなくても化合物の性質を反映する遺伝子を包括的に検出することが可能です。つまり、この方法で化合物をプロファイリングすることで、化合物の作用メカニズムを解析することができると考えました。
まず、研究グループは、このプロファイリング手法を、作用メカニズムが不明であった、海綿が含有する抗カビ物質のセオネラミドに適用しました(図1)。その結果、32個のORFを同定し、そのうち10個が過剰発現によってセオネラミドに対する細胞の感受性が下がるもの、残りの22個が反対に感受性が上がるものでした。しかし、これらの感受性変動遺伝子の遺伝子産物の中に、セオネラミドが直接結合しているものを見いだすことはできませんでした。そこで次に、これらの遺伝子情報を、作用メカニズムが明らかな化合物のプロファイリング結果と比較することにしました。
セオネラミドの32個の感受性変動遺伝子がコードするタンパク質の機能情報を調べたところ、抗真菌剤として用いられているFK463※5のプロファイリング結果と共通点があることが分かりました。FK463は、すでに細胞壁合成の阻害剤として知られていることから、さらに、セオネラミドが細胞壁に与える影響を調べてみました。すると意外なことに、FK463とは対照的に、細胞壁の合成を異常に促進していることが分かりました(図2)。細胞壁の合成を強く誘導する化合物はこれまでに報告がなく、まったく新しい作用メカニズムが存在する可能性を示しました。
さらに、セオネラミドの直接の標的を明らかにするため、蛍光色素で標識したセオネラミドを合成し、細胞を染色してセオネラミドの標的の細胞内分布を観察しました。その観察像と、すでに研究グループが構築した全タンパク質の蛍光標識像のデータベースを比較した結果、膜の脂質成分であるステロールが蓄積している特定の膜ドメインに局在するタンパク質群とよく似た局在を示しました。そこで、セオネラミドと脂質成分との結合を調べたところ、セオネラミドが真菌のステロールの主成分であるエルゴステロールを特異的に認識することが分かりました。
詳細な解析の結果、セオネラミドは、エルゴステロールに結合した後、細胞膜のシグナル分子(Rho1)を介して、速やかに細胞壁の合成を促進することを明らかにすることができました。同じくステロールを標的とするポリエン系抗真菌剤は、細胞壁の異常合成を引き起こさないことから、セオネラミドは従来型のステロール結合性化合物とは異なる、新しいタイプのステロール結合性化合物である可能性を示しました。
今後の期待
分裂酵母は、ヒトと同じ真核生物に属する単細胞微生物で、ヒト型タンパク質を数多く持つことから、高等真核生物の複雑な生命現象を理解するためのモデル生物として用いられています。また、同様の研究で用いられているパン酵母に比べて、薬剤に高い感受性を示す(効きやすい)という特徴を持っています。このため、研究グループが構築した解析系は、抗真菌剤だけでなく、がんなどの疾患や老化といった生命現象に関連する薬剤の作用メカニズムの解析にも適用できると考えています。また、セオネラミドは、現在臨床で使われている抗真菌剤とは異なる種類の化学構造と作用メカニズムを持つことが明らかとなり、新しい種類の抗真菌剤の開発につながる可能性が期待されます。