要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、世界に冠絶する能力を持ったRIビームファクトリー(RIBF)※1で、マンガン(元素番号25)からバリウム(元素番号56)に至る、45種もの中性子過剰な新放射性同位元素(RI)※2をわずか4日間の実験で生成、発見することに世界で初めて成功しました。発見した新同位元素数は、世界の年間新同位元素発見数の平均値(約40種)以上に相当する膨大な量で、元素の合成や中性子過剰原子核をめぐる長年の謎を解明する新たな糸口を見つけたことになります。これは、理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)実験装置運転・維持管理室(久保敏幸室長)が率いる国際共同研究※3による成果です。
新RIは、ウラン-238(元素番号92、質量数238)を超伝導リングサイクロトロン(SRC)で光速の70%(核子当り3.45億電子ボルト)まで加速後、標的のベリリウムや鉛の原子核に衝突させて引き起こされる飛行核分裂反応※4を利用して生成しました。さらに、生成したRIを超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で収集・分析し、中性子過剰な新RIを同定しました。研究グループは2007年に新RIを2つ発見していますが、ウランビームの強度(毎秒あたりの個数)を当時の約50倍まで向上させ、世界最高水準を達成したことから、再び新RIの発見に挑みました。BigRIPSでは、分離や収集の設定を工夫し、新RIの探索範囲を拡大して効率よく探索を行うとともに、同定能力や分析法の向上により低バックグランドで希少な事象の測定を可能にしました。これら加速器系での高度化とBigRIPSでのさまざまな工夫と向上の結果、約4日間の測定時間で多くの新RIを効率よく生成・発見することができました。
今回発見した新RIの中でも、特にパラジウム-128(元素番号46、質量数128)は、中性子数が82の魔法数※5を持ったRIで、魔法数の喪失現象が期待されるとともに、宇宙における鉄からウランに至る元素合成過程の研究でも注目されている原子核です。今後のビーム強度の増強とこれらの研究に必要な実験装置を整備、拡充していくことにより、「新たな原子核モデルの構築」や「元素の起源の解明」といった原子核物理の根源的な研究が着実に展開していくことが期待されます。
本研究成果は、日本国の科学雑誌『Journal of the Physical Society of Japan』(Vol.79 No.7)に掲載予定です。
背景
原子核は陽子と中性子で構成され、その性質は陽子数と中性子数で決まります。地球上には、金、鉄など天然に存在する安定な原子核が約300個存在しますが、理論的には10,000個の原子核が存在するといわれ、そのほとんどが放射線同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核です。安定な原子核より中性子の数が少ない原子核を陽子過剰核、中性子の多い原子核を中性子過剰核と呼び、原子核を陽子数と中性子数で分類した核図表(図1)中で、陽子過剰核は安定核の左側に、中性子過剰核は右側に位置します。
原子核物理学は、約100年前、RIの発見とともに始まりました。まず天然に存在する安定な原子核や半減期(寿命)の長い不安定核の研究が行われ、さまざまな理解が進みました。その後、加速器を用いて人工的にRIを生成することができるようになると、原子核物理学は加速器技術・RI分離技術の向上とともに段階的に発展し、現在では、半減期(寿命)が極端に短い不安定核の研究が実施できるようになってきました。理研は、1937年に仁科芳雄博士(1946年財団法人第4代所長に就任)が日本初、世界で2番目の加速器を建造して以来、世界最先端の加速器研究施設としての地位を保持しています。こうした既存の加速器施設では、1990年以来、不安定原子核に特有の「中性子ハロー※6」や「魔法数の喪失と新魔法数の出現」の研究などで実績を上げています。
魔法数を含む領域は、原子核の多様な性質を見ることができるため、原子核物理学者が注目している領域です。安定核領域で魔法数を持った原子核は、一般的に堅く丸い形状をしていますが、安定核領域から離れるにつれ球形からずれた形状を持ちます。中性子が非常に過剰である原子核でも、魔法数の近傍ではこれまで分かっていた通りに本当に丸い形状なのか、魔法数から離れると球形からどれほどずれた形をしているのか、そもそも魔法数が安定核領域と同じところにあるのか、といった謎が関心を集めています。また、この中性子過剰領域の原子核は、宇宙における鉄からウランまでの元素生成にかかわる原子核だと考えられ、未知の宇宙の創生に切り込むことができると期待されています。
理研仁科加速器研究センターでは、既存加速器施設での長年の実績を踏まえ、不安定核の研究を飛躍的に拡大すべくRIビームファクトリー(RIBF)計画を推進してきています。RIBF計画では、ウランを光速の70%まで加速する超伝導リングサイクロトロン(SRC)を中心とした加速器施設と、このウランビームの飛行核分裂反応によって作られるRIビームを高効率で収集し、高い分析能力で識別・同定する超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPS(図2)を用いて、安定核領域から遠く離れた領域を含む広範な領域のRIビーム供給を目指しています。2007年には、ウランビームの強度が最終目標の10万分の1以下にもかかわらずパラジウム-125(元素番号46、質量数125)とパラジウム-126(元素番号46、質量数126)という新同位元素を2つ発見し、BigRIPSの高いRI生成能力を証明しました(2007年6月6日プレスリリース)。
研究グループは、新同位元素を高効率・高分解能・高感度で生成、同定すべく、BigRIPSの収集・分析法を向上させ、特にRIBF加速器系の高度化でウランビームの強度を2007年の約50倍に向上させることに成功し、新RIの発見に挑みました。
研究手法
RIビームは、安定な原子核の重イオン※7ビームを高いエネルギーまで加速し、それを生成標的(ターゲット)に照射して、「入射核破砕反応※8」または「ウラン―238の飛行核分裂反応」を利用することで発生させます(図3)。特にウラン―238の飛行核分裂反応は、質量数50から150に至る広い範囲で中性子過剰なRIを生成する能力がとても高いと考えられています。
研究グループは、超伝導リングサイクロトロン(SRC)を中心として、理研リングサイクロトロン(RRC)、固定周波型リングサイクロトロン(fRC)、中間段リングサイクロトロン(IRC)で構成する加速システムで加速したウランビームを生成標的に衝突させ、飛行核分裂反応によってRIを生成しました(図4)。2007年の2つの新RI発見と比べ、ウランビーム強度は約50倍に向上し、世界最高水準に達しています。このウランビーム強度の増強により、元素番号20から60に至る広範な範囲で中性子過剰な新RIの生成の可能性が高まりました。広範な元素番号の領域で効率よく探索を行うため、元素番号を30(亜鉛)、40(ジルコニウム)、50(スズ)を中心とする領域の新RIに狙いを定め、BigRIPSの設定を3つにわけて実験を行いました。それぞれの設定では標的の厚さや種類を最適化し、元素番号30、40の設定ではベリリウム、50の設定では鉛を用いました。
次に、生成したRIをBigRIPS第1ステージへ通過させ、中性子過剰なRIだけを選別、分離しました(図5)。第1ステージの収集能力を上げるためには、可能な限り効率よく、新RIとそうでないRIを選別する必要がありますが、今回は2007年の実験データを基に、ウランの飛行核分裂反応で作られるRIの運動量分布を詳細に調べ、効率良い選別ができるよう磁場やエネルギー減衰板の厚さを最適化し、3倍の収集能力を実現しました。
さらに、分離した中性子過剰なRIをBigRIPS第2ステージに通過させ(図5)、新RIを同定するための粒子識別を行いました(図6)。粒子識別は、生成したRIの飛行時間、エネルギー損失量とともに、検出器に到達した位置情報から磁気剛性※9も測定して実施しました。今回、BigRIPSのイオン光学を詳細に研究し、磁気剛性や飛行時間の決定精度(分解能)を向上させました。また、複数ある検出器が示すシグナルの相関から不要なバックグランド事象をできる限り除去し、希少事象の測定を実現するとともに、統計解析に基づいて新RI発見の有意性を証明しました。
こうしたBigRIPSの収集・分析法の向上努力により、新RIを高効率・高分解能・高感度で生成、同定することが可能となり、今回、たったの約4日間という測定時間で新同位元素45種を発見する成果につながりました。
研究成果
測定したデータ(図6)を基に、元素番号Zごとに同位元素のスペクトルを作り新RIの有無を調べました。典型的な例として、モリブデン(元素番号42)の場合を図7に示します。新RIのモリブデン‐115(質量数115)、モリブデン‐116(質量数116)、モリブデン‐117(質量数117)のピークがはっきりと見え、新RIの発見を断定することができます。ピークがはっきり見えるのは、新RIのピーク近辺で、電荷が1つ小さく、質量数が3つ小さいRIのピークをきれいに分離することに成功したためです。これはBigRIPSの高い粒子識別能力と精密解析の結果です。
こうした解析の結果、45種の新RIを発見しました(表1)。今回新たに発見した新RIは、マンガン(元素番号25)からバリウム(元素番号56)と広い元素番号の範囲に存在します(図1赤色)。これらの新RIは、すべて中性子の数が安定核より15~22も過剰で、安定核領域からきわめて遠い位置に存在し、生成した個数は1個から、多いものでは約1,000個となっています。
発見したRIのうち、ニッケル79は、中性子数51で魔法数50の1つ上、パラジウム128は中性子数82の魔法数を持つなど、中性子数が魔法数50と82の間にあるものが多数あります。これらの原子核の性質を調べることによって、この領域で中性子過剰の効果が魔法数にどのような影響を与えるのかを系統的に研究することができます。さらに、そもそもこの領域で魔法数が存在するかどうかの研究も行うことができます。
また、これらのRIは、宇宙における鉄からウランまでの元素合成過程(図1青線)に関与する原子核だと考えられています。特に、セレン‐95、臭素‐98、クリプトン‐101、ルビジウム‐103、ストロンチウム‐106、ストロンチウム‐107、イットリウム‐109、パラジウム‐128、テルル‐143は、この元素合成過程上に位置する重要な原子核です。今後、設計上可能なウランビームのさらなる強度向上により、新RIを大量に生成して、それらの半減期や質量を測定することで、宇宙における元素合成過程の理解へ挑戦することが可能となります。
今後の期待
今回、多種類の未知のRIの生成に成功したことは、従来の世界水準と比べて、RIビームファクトリー(RIBF)の加速器技術とRI分離・生成技術が飛躍的に向上したことを意味しています。現時点でもビーム強度は世界最高水準のものですが、今後の加速器系の着実な高度化によって、RIBFでは現在の1,000倍以上の強度のビームを得ることができ、世界に追随を許さない施設となります。このように世界に冠絶するRIBFからは、約4,000種類の不安定核の生成を実現することができるようになります(図8)。そのうち約1,000種類は、現在発見が待ち望まれている新RIです。研究グループは、引き続きこの人類未踏の不安定核生成へ挑戦していきます。
また、RIBFの完成によって、主要テーマである「究極の原子核モデルの構築」だけでなく、そもそも元素はどのようにして生まれたのかという「元素の起源解明」を目指す根源的な研究も可能となります。今回の新RIの発見は、原子核物理学者が長年抱いてきたこれらの謎を解くための第一歩を踏み出すことに成功したといえます。また、RIBFで得られる成果は、物理学、天文学、化学といった基礎科学分野にとどまらず、応用分野にも貢献すると期待されています。RIBFは、生成するRIビームを多角的に解析し、精細な物理現象の解明という目的の達成を目指すとともに、新しいRI技術による新産業の創出に貢献していきます。