要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、膝の変形性関節症(OA: OsteoArthritis)の発症に関与する新たな一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)※1を発見しました。ゲノム医科学研究センター(中村祐輔センター長)骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、中島正宏リサーチアソシエイトを中心とする国際共同研究※2による成果です。
OAは、関節軟骨の変性、消失を特徴とする疾患です。骨・関節の疾患の中で最も発症頻度が高い疾患で、日本だけでも患者は1,000万人以上にのぼり、医学・医療のみならず、社会的にも大きな問題に発展しているため、その原因の解明や治療法の確立が待ち望まれています。
研究チームは、全ゲノムレベルのケース・コントロール相関解析※3という研究手法を用いて、ゲノム全体をくまなく調べ、膝のOAのなり易さ(疾患感受性)に関連する新たなSNPを発見することに成功しました。計約4,800人の日本人集団について、ヒトのゲノム全体をカバーする約55万個のSNPを調べ、膝OAとの相関を解析し、P値※3が10-8(10のマイナス8乗)レベルと非常に強い相関を示す2つのSNP(rs7775228とrs10947262)を同定しました。これらのSNPは、ヒトの6番染色体短腕上に存在し、免疫応答に関与することが知られている「HLA領域※4」の中にありました。さらに、両SNPの相関について、ヨーロッパ人の集団を用いて追試したところ、rs10947262では相関を再現することができました。統計学的手法を用いて、日本人とヨーロッパ人の結果を統合すると、P値は、5.10×10-9とさらに強い相関があることが分かりました。
今後、rs7775228とrs10947262のSNPを中心に、その周辺のSNPをさらに詳しく調べることで、新たな疾患感受性遺伝子を発見することが期待できます。両SNPはHLA領域に存在するので、疾患感受性SNPは免疫系の異常に影響する可能性が高いと考えられます。これらの遺伝子の機能解析を通じて、より詳細なOAの病態の理解が進み、これまでにない新しいタイプのOA治療薬の開発を含め、OAのオーダーメイド医療に向けた研究の進展が期待されます。
本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(3月18日付け)に掲載されます。
背景
OAは関節の軟骨が変性、消失し、関節の痛みや機能の障害を引き起こす疾患です(図1)。骨や関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患の1つで、日本だけでも約1,000万人以上の患者の存在が推定されています(池川志郎『医学のあゆみ』227(8),625-6,2008)。OAは、膝、股、手、脊椎など全身のさまざまな関節を侵し、痛み、腫れ(関節水腫:関節に水が溜まる状態)、可動域(関節の動きの範囲)の低下、歩行機能の障害などの症状を引き起こします。中高年者の日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)、生活の質(QOL: Quality of Life)の障害を引き起こす最大の原因の1つで、その有病率は中年以降年齢とともに増加し、70歳以上では30%以上の人がOAにかかるという統計もあり、高齢化社会の大きな課題の1つに数えられています。すでに、高齢者が要介護支援となる原因の中で、疾患の第1位は関節症となっており(厚生労働省『平成16年国民生活基礎調査』)、介護予防、要重度化防止の点からも緊急の課題と指摘されています。このようにOAは医学・医療のみならず、社会・経済的にも大きな問題ですが、その発症の根本的な原因や病態はほとんど研究が進んでおらず、有効な治療法がないのが現状です。
疫学※5調査などから、OAは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病、生活習慣病であることが明らかになっています。研究チームでは、このOAの遺伝的因子、すなわちOAの疾患感受性遺伝子を特定し、その働きを解明しようと研究を続けてきました。これまでに、既存の知識、情報を出発点として、ゲノムの一部を重点的に調べる候補遺伝子アプローチ※6により、「アスポリン」(2005年1月10日プレス発表)、「GDF5」(2007年3月26日プレス発表)
の遺伝子を発見し、世界に先駆けて報告しています。
また、日本人特有の遺伝子多型データベース「JSNP」で収集された約10万個のSNPを用いた大規模相関解析により、OAの疾患感受性遺伝子を調べ、DVWA遺伝子を同定しました(2008年7月12日プレス発表)
しかし、多因子遺伝病であるOAには、これら3つ以外にも多くの遺伝子が関与しており、3つの遺伝子だけではOAの遺伝性の3割程度しか説明できません。OAの遺伝的要因解明のためには、これら以外の疾患感受性遺伝子を見つけ出すことが大きな課題となっています。しかし、従来の候補遺伝子アプローチによる遺伝子探索では限界があるのは明らかでした。また、JSNPの約10万個のSNPを用いた解析では、ゲノム全体の20%程度しか調べたことにならず、多くの“取りこぼし”があると考えられました。
研究手法と成果
近年、理研ゲノム医科学研究センターの参加した国際HapMapプロジェクト※7により、ゲノム全体を効率的にカバーするSNPのデータベースの整備が進んできました。データベースから選択した約55万個のSNPのセットは、ゲノム全体の90~95%を調べることが可能なことが分かってきています。そこで、研究グループは、この約55万個のSNPのセットを用いて、ケース・コントロール相関解析を行いました。
まず、906人の日本人の膝OA患者集団と3,396人の非膝OA集団で相関解析を行い、ここで強い相関を得たSNPを、先の集団とは別の167人の膝OA患者集団と347人の非膝OA集団で確認しました。この2段階の相関解析の結果、6番染色体短腕上の、免疫機能に関係する巨大な遺伝子領域である「HLA領域」内に存在する、2つのSNP(rs7775228 とrs10947262)が膝OAと強く相関していることが分かりました(図2)。rs7775228 の相関はP = 2.43×10-8、rs10947262の相関は P = 6.73×10-8で、Bonferroni 補正という統計学的方法による厳しい相関の有意水準 P = 1.09×10-7を達成する強い相関値を示すものでした。近年、欧米の研究グループから、OAについてゲノムレベルでの相関解析の報告がいくつかありますが、この有意水準を達成する相関を検出することができたのは今回が初めてです。また、これまでにも関節リウマチなどの関節炎では、HLA領域の関与がよく知られていましたが、HLA領域の遺伝子とOAの相関が明らかになったのはこの研究が初めてです。
この日本人集団で得たSNPの相関を、異なった人種集団で確認するために、813人の膝OA患者集団と1,071人の非膝OA集団からなるヨーロッパ人集団(ギリシャ人とスペイン人)で相関解析の追試を行いました。その結果、rs10947262については、P=2.5×10-2と相関を再現し、日本人とヨーロッパ人の結果を統合したP値は5.10 x 10-9と非常に強い相関を示しました(表1)。このSNPのもたらすリスクの大きさは人種を超えて同様で、オッズ比※8で約1.3、つまり、このSNPを持っていると、OAにかかる可能性が1.3倍に高まることが分かりました。
今後の展開
今回新たに発見したrs7775228 とrs10947262の周辺で、SNPの相関をさらに細かく調べていくことで、OAの発症につながる新たな遺伝子を同定することが期待できます。両SNPは、免疫に関与するHLA領域に存在しているので、疾患感受性SNPは免疫系の異常に関係する可能性が高いと考えられます。これまで OAの病因については、ほとんどが骨・軟骨代謝の面からだけの検討でしたが、今後は、「免疫病」としての新たな観点が必要となります。