要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、理研オミックス※1基盤研究領域(OSC、林崎良英領域長)が主催する「国際FANTOMコンソーシアム※2」(統括:林崎良英)の活動の下、ヒトとマウスそれぞれの系統について、遺伝子の発現制御に重要な役割を果たす転写因子※3間の相互作用の有無をすべての組み合わせで調べ、転写因子間相互作用マップを作成することに世界で初めて成功しました。獲得したデータは、3月5日からゲノムネットワークプラットフォームで一般に公開します。これは、FANTOM4の活動と文部科学省ゲノムネットワークプロジェクト※4との協力による成果です。
研究グループは、ゲノムネットワークプロジェクトとマウスエンサイクロペディアプロジェクト※5で収集したヒトとマウスの転写因子の完全長cDNA※6に、哺(ほ)乳動物ツーハイブリッド法※7を適用して、転写因子間の相互作用の有無を調べました。具体的には、ヒト1,222種類とマウス1,112種類の転写因子それぞれについて、2つの転写因子間の相互作用の強さを、すべての組み合わせについて調べました。海外ではすでに、ヒトのタンパク質間の相互作用を部分的に調べた報告がありますが、高等生物種における転写因子間の相互作用を網羅的に解明した成果は、世界で初めてです。
取得した相互作用マップを解析した結果、各細胞の形状や機能などの決定には、特定の転写因子の存在と、それらの相互作用が必須の役割をしていることが分かりました。例えば、わずか15個の転写因子からなる相互作用サブネットワークによって、発生過程のさまざまな細胞が特徴付けられること、つまり、このサブネットワークが発生過程での細胞分化に重要な役割を果たしていることを突き止めました。さらに、新規の転写因子間相互作用によって、単芽球※8が老廃物の処理などを行う単球※8・マクロファージ(白血球の一種)へと分化することを妨げる「負の制御」を引き起こすことも分かりました。
わが国のユニークな発想と技術力に加えて、国際共同研究が結実した今回の成果は、例えば疾患サンプルの相互作用マップを解析することで、疾患メカニズムの解明やその治療法の開発に貢献するため、今後のライフサイエンスに不可欠な研究基盤データになると考えられます。
今回の成果は、米国の科学雑誌『Cell』に掲載されるに先立ち、3月5日(日本時間3月6日)にオンライン掲載されます。
背景
2000年に結成したFANTOMコンソーシアムは、理研のマウスエンサイクロペディアプロジェクトで収集した完全長cDNAの機能注釈付け(アノテーション)と、そのパイプラインの確立を目的に、参加国数が15カ国、参加機関が51機関で構成される国際研究コンソーシアムです。これまでにFANTOM 1~3の3つの段階の活動※9を行ってきました。急速に発展・拡大したFANTOMの活動の結果、特にFANTOM3では、文部科学省ゲノムネットワークプロジェクトの協力により、トランスクリプトーム解析からRNA新大陸※10の発見をもたらし、大きな反響を与えました。現在活動中のFANTOM4は、DNAやRNA、タンパク質などの生体分子が、細胞内でどのような分子ネットワークを構築し、生命現象を成立させているのかというメカニズムの解明を最終目標として、研究を進めています。
これまで分子ネットワークを描く方法は、1つ1つの遺伝子に関する研究を、過去の論文などの情報と照合するだけにとどまり、複数の転写因子を同時に解析する技術や、得た実験データだけからネットワークを読み解くインフォマティクス手法がありませんでした。FANTOM4では、細胞の分化にかかわる転写因子の網羅的な解析を行うとともに、ゲノムワイドな実験データだけに基づいて、大規模な分子ネットワークを描く方法を確立することを目的とし、すでに単球の細胞分化に関する転写因子の転写制御ネットワーク※11を解明することに成功しています(2009年4月20日プレス発表)。
転写因子は遺伝子の発現を制御する重要なタンパク質です。研究グループは、ヒトとマウスそれぞれの転写因子間相互作用マップを系統別に作成し、転写制御ネットワーク全体の理解を目指しました。
研究手法と成果
転写因子は、ゲノム上の遺伝子の近傍に存在するプロモーターと呼ぶ特異的なDNA配列と結合して、その遺伝子の発現を制御します。ヒトやマウスなどの高等動物には、それぞれ約2,000種類の転写因子が存在しており、多くの場合、転写因子同士は相互作用して複合体タンパク質を形成します。この複合体は非常に動的で、組織特異的な遺伝子の発現に重要です。高等動物は、この複合体の多様性を利用して、複雑な転写制御を達成し、生命現象を成立させていると考えられています。
研究では、ヒトとマウスに存在する転写因子(ヒト1,222種類、マウス1,112種類)に哺(ほ)乳動物ツーハイブリッド法を適用し、選び出した2つの転写因子間のすべての可能な組み合わせについて、全自動装置で相互作用の有無とその強さを効率的に検出しました(図1)。その結果、それぞれの系統で、世界初の転写因子間相互作用マップを作成することに成功しました(図2)。同時に、リアルタイムRT-PCR法※12を用いて、ヒトの34種類、マウスの20種類の組織の転写因子の遺伝子について、組織ごとに各遺伝子がどれだけ発現しているかを示す発現プロファイルを作成しました。
作成した転写因子間相互作用マップと発現プロファイルのデータを統合して解析した結果、多くの組織で発現しているありふれた転写因子ほど、相互作用するタンパク質の種類が多いことや、検出した相互作用(ヒトで762通り、マウスで877通り)のうち、約半数がヒトとマウスで共通に存在することが分かりました。さらに、転写因子間相互作用が、各細胞の形状や機能などの特徴付けにとても重要であることが分かりました。例えば、わずか15個の転写因子からなる相互作用サブネットワーク(図3)によって、発生過程のさまざまな細胞が特徴付けられること(図4)、つまり、このサブネットワークが発生過程での細胞分化に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。さらに、新規の転写因子間相互作用によって、単芽球が老廃物や細菌の処理などの役割を発揮する単球・マクロファージ(白血球の一種)へと分化することを妨げる「負の制御」を引き起こしていることも分かりました。
今後の期待
今回構築した転写因子間相互作用マップと詳細な発現プロファイルは、細胞を分子レベルで理解する基礎となることから、研究分野に不可欠の研究基盤になると期待できます。
今後、生体内のさまざまな細胞での転写因子間相互作用マップを解析することにより、各細胞での遺伝子発現、細胞分化、哺(ほ)乳動物の進化に関する研究への展開が期待されます。例えば、がんの疾患サンプルを用いて、転写因子間相互作用マップのゆがみを発見することにより、疾患のメカニズムを解明し、治療法に向けた戦略を立てることができます。また、FANTOM4で構築に成功した動的転写制御ネットワークに、転写因子間相互作用マップの情報を組み入れることで、より正確かつ詳細な転写制御ネットワーク解析が可能となります。オミックス基盤研究領域では、今回の成果を基に、細胞の遺伝子発現解析のさらなる高度化を目指し、日本の研究開発力を世界にアピールしていきたいと考えています。
文部科学省では、2009年度から次世代シーケンサーを活用し、生命の基本単位である細胞について、増殖・分化、機能制御などの細胞・生命プログラムの解明を目指す新規プロジェクト「革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)」を開始し、理研OSCも密接に連携しています。本成果は、文部科学省ゲノムネットワークプロジェクトで積み上げた実績と協力によるもので、文部科学省革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)にも貢献しています。