要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、シアル酸※1という糖が、血管内皮細胞にある接着分子「PECAM」※2の細胞内局在と機能を調節し、細胞死を制御することを発見しました。これは、基幹研究所(玉尾皓平所長)システム糖鎖生物学研究グループ疾患糖鎖研究チームの谷口直之チームリーダーと北爪しのぶ副チームリーダー、同研究所分子リガンド生物研究チームの小嶋聡一チームリーダー、福島医科大学医学部橋本康弘教授らとの共同研究の成果です。
通常、PECAMは、血管内皮細胞表面で機能することで細胞死を抑制する作用がありますが、α2,6-シアル酸欠損マウスではPECAMの局在が変化し、血管内皮細胞の細胞死が誘導されることが分かりました。PECAMが、シアル酸に依存して機能調節することを見いだしたこの発見は、シアル酸局在の変化が、がんなどの病的血管新生をも調節できることを示唆しており、将来、シアル酸などの細胞表面糖鎖を標的とした新たな抗血管新生阻害剤の開発の可能性を打ち出すことになりました。
本研究成果は、米国の科学雑誌『J. Biol. Chem.』(2月号)に掲載されました。
また、Nature publishing groupとConsortium for Functional Glycomicsが共同して作成しているホームページ『Functional Glycomics Gateway』(2010.2)のリサーチハイライトで紹介されました。
背景
血管新生は、発生過程で各細胞が増殖するための栄養や酸素の供給を受けるために必要な生理的プロセスです。しかし、がんの増殖のときには逆に病的な血管新生が起こり、栄養や酸素をがん細胞に供給し続けます。そのため、がん細胞への血液供給を断つことによって、がん化した腫瘍を死滅させる抗血管新生阻害剤が抗がん治療戦略の1つと見なされ、現在いくつかの阻害剤が化学療法と併用されています。血管内皮細胞は、扁平で薄く血管新生刺激に応答する細胞で、血管の内表面を構成しており、その構造は糖タンパク質で覆われ、いわば糖衣をまとったような形をしていることが古くから知られていました。また、この血管内皮細胞では、カルボキシル基を持つ酸性糖であるシアル酸が、なかでもガラクトース※3内の6位の水酸基に結合したタイプのα2,6-シアル酸(図1)の量が多いことが分かっていました。さらに、サイトカイン※4に応答して、シアル酸の量が増加することも報告されていました。このような背景から、研究グループは、シアル酸が血管内皮細胞の機能発現に重要であるとの仮説を持つに至りました。
研究手法と成果
この仮説を証明するために、α2,6-シアル酸の生成を担うシアル酸転移酵素ST6Gal Iを遺伝的に欠損させたノックアウトマウス(α2,6-シアル酸欠損マウス)と、コントロールマウス(野生型マウス)の比較解析を行いました。
α2,6-シアル酸欠損マウスでは、血管内皮細胞の主要な接着分子であるPECAMの局在変化が起きていることが分かりました(図2)。通常、PECAMは、細胞表面、中でも細胞間接着部位に濃縮して存在してPECAM同士が相互作用しているのに対し、α2,6-シアル酸欠損状態ではPECAMが細胞表面にとどまることができず、細胞内に取り込まれていました。PECAMは、ストレス刺激に応じて細胞内領域がリン酸化して、脱リン酸化酵素を呼び寄せ、多数のシグナル分子の脱リン酸化を通じて細胞死を抑制する働きを持ちます(図3)。しかし、α2,6-シアル酸欠損状態ではこの働きが弱まっていました。そのため、α2,6-シアル酸欠損マウスから取り出した血管内皮細胞は、ストレス刺激でより多くの細胞死を誘導していることが分かりました。
今後の期待
現在、抗がん治療で使用されている抗血管新生阻害剤は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を標的としているものが主流です。しかし、最近の動物実験の結果、これらの抗がん剤は、当初効果を発揮しますが、その後は侵襲的ながんの増殖を促進し、場合によっては転移発生率が高くなるといった問題点が指摘されています。本研究成果によってα2,6-シアル酸が、血管内皮細胞の細胞死を制御していることを解明することができたことから、α2,6-シアル酸などの糖鎖を標的とした新たなタイプの抗血管新生阻害剤の開発の可能性が高まったと考えています。
発表者
独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
チームリーダー 谷口 直之(たにぐち なおゆき)
Tel: 048-467-9616 / Fax: 048-467-9617
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