要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)と大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所(岡田清孝所長)らは、世界的な農業害虫として知られるアブラムシ※1のゲノム解読に成功しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)宮城島独立主幹研究ユニットの中鉢淳基幹研究所研究員、宮城島進也独立主幹研究員および基礎生物学研究所の重信秀治(JSTさきがけ専任研究者)らをはじめとする国際アブラムシゲノム解析コンソーシアム(The International Aphid Genomics Consortium)※2による国際共同研究の成果です。
アブラムシは、植物の師管液を餌とする小型の昆虫で、集団で植物の栄養分を奪うばかりでなく、植物ウイルスを媒介するため、世界中の農作物に深刻な被害を与えています。またアブラムシは、師管液に欠けている栄養分を合成する共生細菌「ブフネラ※3」を「菌細胞※4」に収納して、1億年以上にわたり親から子へと受継いでいるのをはじめ、さまざまな微生物と緊密な関係を持っています。さらにアブラムシは、環境条件の変化に応じて単為生殖※5と有性生殖※5を切換えたり、翅(はね)を生やさなかったり生やしたりと、変幻自在にさまざまな表現型※6の個体を産出します。こうしたきわめてユニークな生物学的特性を持つため、アブラムシは重要な農業害虫であると同時に、基礎生物学的に重要なモデル生物としても注目されています。
今回の国際共同研究による解析では、昆虫として最多となる約35,000個の遺伝子をアブラムシゲノムから検出し、①生殖、遺伝子発現調節、シグナル伝達、ウイルス媒介関連など約2,500グループ、総数約13,000の遺伝子がアブラムシ特異的に増幅している②ほかの昆虫では保存されている免疫関連の遺伝子が大幅に減少している③アブラムシの遺伝子セットは、ブフネラと相補的な代謝系を構成する④10種類以上の遺伝子が細菌からアブラムシゲノムに水平転移※7し、その多くが菌細胞で高発現している、といった事実を明らかにすることができました。
本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS Biology』(2月23日号)に掲載されます。さらに、英国の科学雑誌『Insect Molecular Biology』のアブラムシゲノム特集号をはじめ、複数の科学雑誌に多数の関連論文が掲載されます。成果の一部は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「代謝と機能制御」研究領域における研究課題「複合系の代謝制御-アブラムシ細胞内共生系をモデルとして」(研究代表者:重信秀治)によって得られました。
背景
アブラムシ(図)は、植物の師管液を吸って生きる小型の昆虫です。一見弱々しい虫ですが、理想的な条件下で1年間増殖を続けると、1頭のメスに由来する子孫の重量がヒト1万人分に達する(石川統編「アブラムシの生物学」より)、ともいわれるほど、凄まじい繁殖力で個体数を増やしながら植物の栄養を奪い、さらに植物ウイルスを媒介することで、寄主植物の生育を阻害します。一部の種は、農作物にも寄生することから農業害虫として恐れられており、毎年世界中の農作物に深刻な被害を与えています。
アブラムシのこの爆発的な繁殖力は、メス親が単為生殖により直接幼虫を産む「胎生単為生殖」によりますが、アブラムシの多くの種は、環境条件に応じてこの単為生殖と有性生殖を切り換えることができます。また、単為生殖世代では、主に翅のない無翅(し)型として増殖しますが、個体数が増えすぎて成育環境が悪化すると、翅の生えた有翅型が生じ、飛行して新たな寄主に移動し、そこで単為生殖を再開します。このようにアブラムシは、環境の変化に応じて変幻自在にさまざまな表現型の個体を産出する能力を持ちます。一方、アブラムシの繁殖力を栄養面で支えるのは、微生物との共生関係です。アブラムシは、「菌細胞」と呼ばれる特殊な細胞の中に、師管液に欠けている栄養分を合成して補ってくれる相利共生細菌(共存により自身と宿主の双方が利益を得る関係にある細菌)の「ブフネラ」を多数収納し、1億年以上にわたって親から子へと受継いでいます。アブラムシは、ブフネラから供給される栄養分に成育を依存しているので、ブフネラなしでは繁殖できません。アブラムシは、このブフネラに加えて、寄生蜂などの天敵に対する耐性を高める共生細菌や、気温の上昇への耐性を高める共生細菌を保有することもあります。また、生態学の分野では、寄主植物との相互作用やテントウムシなどの天敵との関係、さらにはアリとの共生などについても詳しく研究されています。
このように、アブラムシは重要な農業害虫であると同時に、きわめてユニークな生物学的特性を持つことから、その分子基盤を理解するためのゲノム情報が待ち望まれていました。
研究手法と成果
国際アブラムシゲノム解析コンソーシアムは、北米で採集したエンドウヒゲナガアブラムシ※1からDNAを抽出し、全ゲノムショットガンシーケンス法※8でその配列を決定しました。全ゲノム5億塩基対のうちおよそ90%にあたる、4億5,000万塩基対をカバーするドラフトシーケンス※9を決定することができました。
この配列に基づき、コンソーシアムは、既知の遺伝子との類似性や遺伝子構造の経験則、転写産物構造などを統合的に考慮するコンピュータープログラムを用いて遺伝子の予測を行いました。さらに一部の遺伝子については手作業で構造を検証し、自動予測に対する修正を加えました。その結果、昆虫として最多となる約35,000個の遺伝子の存在を予測しました。その内容を検討すると、以下のようにアブラムシがきわめてユニークな遺伝子セットを持つことを明らかにすることができました。
①遺伝子の重複が多く見られ、昆虫の中で最多の約2,500グループ、総数約13,000の遺伝子がアブラムシ特異的に増幅している。
②ほかの昆虫では保存されている免疫関連の遺伝子を大幅に失っている。
③代謝関連の遺伝子セットはブフネラと相補的な代謝系を構成する。
④共生細菌から10種類以上の遺伝子を獲得し、その多くを菌細胞で高発現させている。
これらの結果から、以下のさまざまな知見や可能性を得ることができました。
①で増幅していた遺伝子には、単為生殖にかかわると推察される遺伝子、表現型の発現やその切り換えに重要な役割を果たすと考えられるシグナル伝達や転写制御にかかわる遺伝子、ウイルス媒介に重要な働きをする膜輸送関連の遺伝子などが含まれており、アブラムシのユニークな特性の分子基盤を解明するための糸口となります。
②はアブラムシが、外部から侵入する微生物への攻撃能力を放棄するというリスクを冒しながら、そうした生物の受け入れや維持を容易にし、ブフネラをはじめとするさまざまな微生物との共生を成功させてきた可能性を示します。
③はアブラムシと共生細菌という複数の異種生物が、まるで1つの生物のように協調的な代謝を行い、両者不可分な関係を築いていることを示します。
④については、理研などが2009年、細菌由来の遺伝子を2種類報告しましたが、今回の全ゲノム解析は、相利共生細菌を細胞内に恒常的に維持する動物における遺伝子水平転移の全貌を、世界で初めて明らかにしました。これは、アブラムシが共生細菌から遺伝子を取り込みながら、複雑な進化を遂げてきたことを示すものです。
今後の期待
アブラムシの防除には農薬を用いるのが一般的ですが、一般に化学農薬などによる害虫防除は、ヒトの健康や環境への負荷が高いことが問題となります。また、近年、農薬に対する耐性を持つアブラムシ集団が出現し、対応策が課題となっています。今回明らかにしたゲノム情報に基づいて研究を進めることにより、将来的には、こうした問題を回避し、特異的かつ効果的な防除が可能になると期待されます。さらに、今回得たゲノム情報は、アブラムシの持つユニークな生物学的特性の分子基盤の理解につながり、発生学、進化学、生態学、動物学、微生物学など生物学の幅広い分野に大きなインパクトを与えることになります。
発表者
独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 宮城島独立主幹研究ユニット
基幹研究所研究員 中鉢 淳(なかばち あつし)
Tel: 048-467-9332 / Fax: 048-467-9329
大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所
および独立行政法人科学技術振興機構
さきがけ専任研究者 重信 秀治(しげのぶ しゅうじ)
Tel: 0564-59-5875 / Fax: 0564-59-5879
お問い合わせ先
(JSTの事業に関すること)
独立行政法人科学技術振興機構
イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
原口 亮治(はらぐち りょうじ)
Tel: 03-3512-3525 / Fax: 03-3222-2067
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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