要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK 鈴木厚人 機構長)を中心とする研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の国際共同研究で、相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)※1を用い、太陽中心温度の25万倍も高い、約4兆度の超高温状態を初めて実験室で実現することに成功しました。この高温状態では、宇宙をつくる元素の構成要素である陽子・中性子が融けて、クォーク※2・グルーオン※3からなる新物質相「クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)」になっています。これは、理研BNL研究センターや日米科学協力事業「RHICにおける重イオン衝突実験」が参加するPHENIX実験※4による成果です。
高温状態の物質の温度は、高温物質が発する光の色(エネルギー分布)と発生量から測定することができます。これは、溶鉱炉内の鉄が光を発して輝く様子から、その温度が高温であると分かる原理と似ています。この原理を活用し、RHICで衝突させる重イオンの物質に金原子を用いて、衝突初期の高温物質の温度を測定した結果、この金原子核同士の衝突が、約4兆度の超高温物質を作り出していることを確認しました。この温度は、太陽中心温度の25万倍も高く、宇宙をつくる元素を構成する陽子や中性子を融かして、クォーク・グルーオンからなるプラズマを生み出すために必要な温度よりも高温で、これまでに実験室で実現していた温度としては最高となります。
この結果は、RHICで実施してきた9年間のさまざまな実験成果と合わせて検討すると、RHICでの金原子核同士の衝突が、クォークとグルーオンからなる高温・高密度で粘性ゼロの「完全液体」を生み出したことを示しています。この完全液体は、しばしばクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と呼ばれ、約137億年前に起こった宇宙創成(ビッグバン)直後の数十万分の1秒の間、宇宙を満たしていたと考えられています。
この研究成果は、ワシントンで2月13日(土)~16日(火)に開催される米国物理学会で、2月15日(月)に研究グループを率いる理研の秋葉康之副主任研究員が報告するとともに、米国の科学誌『Physical Review Letters』オンライン版(3月29日付け:日本時間3月30日)に掲載予定です。
背景
宇宙創成直後の数十万分の1秒の間は、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と呼ばれるクォークとグルーオンからなるプラズマ状態が存在して、宇宙を満たしていたと考えられています。その後、宇宙が冷えて、クォークやグルーオンは、陽子や中性子に凝縮し、今日の宇宙をつくる物質(原子核や原子、それらの集まった星や惑星)ができ上がりました。
逆に、超高温状態を作り出すことができると、陽子や中性子が融けてクォーク・グルーオン・プラズマになると考えられます。「格子ゲージ理論※5」という理論計算方法を用いた大規模計算機シミュレーションで計算すると、このクォーク・グルーオン・プラズマを実現するのに必要な温度は約2兆度であると推定されています。
米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある衝突型加速器RHIC(図1)では、金原子核などの重い原子核同士を、光速に近い速度まで加速して衝突させることで、この宇宙初期の高温・高密度状態を再現する実験を行っています。2000年のRHIC稼動開始後から実施してきたPHENIX実験(図2)の結果、RHICでの金原子核同士の衝突は、非常に高密度の物質を生み出していることが分かっていました。
2005年4月に、それまで実施してきたPHENIX実験の4つの実験について、最初の3年間の実験成果の総括報告を行いました。この報告の中で、RHICが生み出した高密度物質は、それまで考えられていたような「自由な」クォークやグルーオンからなる気体ではなく、その構成粒子が非常に強く相互作用をしている液体であることを示しました。このRHICが生み出した高密度物質は、ほとんど粘性ゼロの流体のように振る舞います。粘性ゼロの流体を「完全流体」と呼ぶことから、しばしばRHICで生み出した高密度物質は「完全液体」と呼ばれています。
2005年のPHENIX実験の総括報告論文の最後には、この「完全液体」の性質を解明する上で、最も重要な測定の1つに、衝突初期に実現している温度の測定を挙げています。時間発展の理論モデル計算から、RHICが生み出した高密度物質の初期温度が陽子や中性子を溶解するために十分な高温であると推定されていましたが、これまでこの温度の直接的な測定は実現できていませんでした。
研究手法と成果
衝突初期に発生する光の粒子である光子は、高温物質から熱的に放射されるため、熱的光子と呼ばれます。熱的光子は、その周りに作られている高密度物質によって乱されることなく外部に放出されます。その発生量とエネルギー分布は、衝突初期の温度とその後の時間発展を反映しています。このため、この熱的光子を測定することで、衝突初期の温度を直接的に測定することが可能になります。
しかし、この熱的光子の測定は非常に困難です。RHICの金原子核同士の衝突では、衝突1回あたりに数千個もの崩壊した粒子が発生(生成)しますが、これらの粒子の中には、発生後瞬時に光子に崩壊するものも多く、それが測定したい熱的光子を隠すバックグランド(雑音光子)となり、測定を難しくするためです。雑音光子の発生量は、熱的光子の発生量の約10倍もあり、しかも雑音光子と熱的光子を直接区別する方法はありません。
研究グループは、高エネルギーの光子の一部が、電子とその反粒子である陽電子の対(電子・陽電子対)に変換することを利用して、熱的光子を雑音光子から分離し、その発生量とエネルギー分布を測定することに成功しました。アインシュタインの有名な質量とエネルギーの関係式E=mc2に従って、光子(エネルギー)は物質(電子・陽電子対)に変換します。光子が電子・陽電子対に変換する割合は、理論により正確に計算することができるため、光子自身ではなく、電子・陽電子対を測定することで、もとの光子の発生量を求めることができます(図3)。
研究グループは、電子・陽電子対の測定領域を適当に選ぶことで、雑音光子の量を約5分の1に減らしました。残りの雑音光子成分については、その元になる親粒子の生成量を測定し、雑音光子の発生量を計算して差し引くことで、余剰光子成分を算出しました。
陽子同士の衝突では、高温物質を生み出すエネルギーに達することがないために、熱的光子は発生しません。また、金原子核衝突の場合と異なり、余剰光子成分はほとんど残らず、わずかに残った余剰光子も、反応初期に高エネルギーのクォークとグルーオンが衝突した結果生ずる光子として説明できました。従って、金原子核衝突で観測した余剰光子は、その大部分が金原子核衝突で作られた高温物質から生じている光子、すなわち熱的光子と考えられます(図4)。
こうして求めた、熱的光子の発生量とエネルギー分布を、理論予想と比較することで、反応初期の高温物質の温度を推定しました。その結果、理論計算から求められたクォーク・グルーオン・プラズマへの転移温度である約2兆度をはるかに超える、4兆度程度と推定されました。
今後の期待
ブルックヘブン国立研究所では、今後数年かけてRHIC加速器の機能を高め、そのビーム衝突頻度を向上することを計画しています。PHENIX実験では、新しい測定器を加えて性能向上を図っています。これらの技術的改善により、RHICが生み出すクォーク・グルーオン・プラズマをより詳細に研究できるようになり、その初期温度や粘性といった基本性質がより精密に測定できるようになります。その結果、創成直後の宇宙の状態を研究できるばかりでなく、素粒子の基本相互作用の1つである「強い相互作用※6」とその理論である量子色力学(QCD)※7の性質を解明することができます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
仁科加速器研究センター 延與放射線研究室
副主任研究員
秋葉 康之(あきば やすゆき)
(兼)理研BNL研究センター 実験グループリーダー
仁科加速器研究センター
センター長
延與 秀人(えんよ ひでと)
Tel: 048-467-9450
日米科学協力事業「RHICにおける高エネルギー重イオン衝突実験」
日本側研究代表者
国立大学法人東京大学理学系研究科 物理学専攻 講師
小沢 恭一郎(おざわ きょういちろう)
Tel: 03-5841-4233 / Fax: 03-5841-7642
国立大学法人東京大学理学系研究科
付属原子核科学研究センター 准教授
浜垣 秀樹(はまがき ひでき)
Tel: 048-464-4048 / Fax: 048-464-4554
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