要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、乾燥耐性能を付与することから、植物のストレス・ホルモンと呼ばれる「アブシジン酸(ABA)※1」の輸送因子(トランスポーター)※2の1つ「AtABCG25」を世界で初めて発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究グループの黒森崇研究員、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の森山芳則教授らによる共同研究の成果です。
植物は、乾燥状態になると気孔を閉じて水分の蒸散を防ぎますが、この気孔閉鎖の誘導は、植物ホルモンABAの働きによることが以前から知られていました。このABAに関しては、受容・シグナル伝達・遺伝子発現など、細胞「内」での事象についてはこれまで多くの研究が展開されてきました。しかし、細胞と細胞の「間」でのABAのやり取りや、生体内でのABAの移動の実態に関しては、ほとんど知見がありませんでした。
研究グループは、これまでに作製してきた実験モデル植物であるシロイヌナズナの優良な研究リソース※3を用いて、ABAの機能に関係する新しい変異体を選別して解析しました。その結果、ABA感受性が高まる変異体の原因遺伝子AtABCG25を同定し、この遺伝子がコードするタンパク質AtABCG25がABCトランスポーター※4と呼ばれる輸送因子ファミリーの1つで、細胞の内側から外側へABAを運び出す機能を持つトランスポーターであることを初めて突き止めました。植物は、一見受動的と考えられがちですが、外的環境の変化に対応して、能動的にABAを細胞外へ運び出す精巧なメカニズムを持っていたのです。さらに、AtABCG25を通常より多く発現させた変異体を作ったところ、この変異体では葉からの水分蒸散が40%程度抑えられていることを見いだしました。
これまで、ABAの合成を高めたり、ABAによって誘導される遺伝子を増やしたりしてストレス耐性を高める試みが行われてきました。今回の成果は、これらの方法とはまったく異なり、ABAの生体内での輸送や移行の制御により乾燥耐性植物の作出が可能であることを明らかにしたもので、有用植物育種の新しい手法を生み出すと期待できます。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA』オンライン版に1月18日の週に掲載されます。
背景
地球規模での温暖化や干ばつによって農地の悪化が進み、作物収量が減少するという環境問題が深刻化しています。環境問題の克服や改善、さらには食糧問題の解決に欠かすことができない緑化対策や穀物収量の増産には、植物や作物のストレス耐性能を少しでも上げることが必要です。
植物ホルモンの中でもよく研究されている「アブシジン酸(ABA)」は、植物が乾燥などの環境条件の悪化にさらされると、植物にストレス耐性能を付与するホルモンとして知られています。特に最近、ABAの細胞内受容体が同定され、この受容体が脱リン酸化酵素・リン酸化酵素を介してABAシグナルを伝えていくことが報告されました(Miyazono et al. Nature, 2009)。このように、ABAの細胞「内」のシグナル伝達機構に関しては明らかになりつつある一方で、細胞「間」におけるABAの情報伝達に関してはほとんど知見がありませんでした。
ABAの合成酵素に関するこれまでの研究から、ABA合成酵素は主に植物体内の維管束※5周囲で働き、ABAも主に維管束周囲で合成されていると考えられています。しかし実際には、ABAは細胞表皮に位置する気孔など、維管束周囲とは離れた細胞でも機能します。従って、ABAは何らかのメカニズムにより細胞間を移動し、機能していると推測されていましたが、具体的な細胞間移行や輸送に関するメカニズムはまったく不明でした。
研究手法と成果
研究グループは、これまでに作製してきたシロイヌナズナの変異体シリーズを用いて、さまざまな表現型解析(フェノーム解析※6)を行ってきました。それらの解析の1つとして行った方法が、マイクロタイタープレート※7を用いた変異体の選別です。具体的には、約2,000遺伝子の遺伝子破壊型シロイヌナズナ変異体に4種類の濃度のABAを添加して、その表現型をスキャナーで取り込み、その画像を解析することで成育状態を判定し、ABAへの感受性が高まる新しい変異体を選別しました(図1)。この変異体を解析した結果、原因遺伝子AtABCG25を同定し、さらに、この遺伝子がコードするタンパク質AtABCG25はABCトランスポーターと呼ばれる輸送因子ファミリーの1つであることを見いだしました。
ABCトランスポーターは、大腸菌からヒトに至るすべての生物に存在する遺伝子ファミリーですが、植物では動物よりもファミリーに属する遺伝子数が約3倍も多く、100遺伝子以上にのぼるため、植物で重要な働きを担っていることが予想されていました。また、このトランスポーターは、液胞膜やミトコンドリア膜など生体内のいろいろな膜に存在することが報告されています。研究グループは、今回得たAtABCG25が植物細胞のどの膜に存在するかを見いだすため、AtABCG25に蛍光タンパク質を融合させて、タマネギ細胞やナズナ植物へ導入して調べたところ、細胞を取り囲む細胞膜に局在することが分かりました(図2)。
また、遺伝子AtABCG25の植物体内での発現個所を調べると、葉や根の維管束周囲に位置していました(図3)。興味深いことに、この場所はABA合成酵素が働いてABAが合成されている場所と似ていることが分かりました。
さらに、この細胞膜に局在するAtABCG25がABAの輸送に直接的にかかわる因子かどうか生化学的なデータを得るために、ベシクル・アッセイ法※8を用いて解析しました。その結果、通常のABCトランスポーターの性質と同様に、AtABCG25は、アデノシン三リン酸(ATP)が存在する場合に、ATPのエネルギーを利用してABAを細胞内から細胞外へ輸送することを突き止めました(図4)。こうして、維管束周囲で遺伝子AtABCG25が発現しAtABCG25を産生、AtABCG25は細胞膜に局在して、同じ維管束周囲で合成されたABAを細胞内から細胞外へ、そして最終的には気孔へと輸送するメカニズムを提唱することができました。
次に、このAtABCG25を通常より多く発現するシロイヌナズナの変異体を作製したところ、この植物体では気孔が閉まりやすく、水分蒸散が40%程度抑制されることが分かりました(図5)。さらに、これまで報告されている遺伝子過剰発現型のストレス耐性能獲得植物体では、成長の過程で植物体の大きさが小さくなることがありましたが、今回作製したAtABCG25過剰発現変異体では、こうした生育阻害が起こらないことも分かりました。
今後の期待
今回得た知見は、多細胞生物である植物におけるストレス・ホルモンの役割やその細胞間の伝達に関する包括的な理解に重要な情報を与えます。さらに、この伝達のメカニズムを理解し、ホルモンの輸送を制御することによって、副作用が無く、乾燥地や悪条件下に適応できるストレス耐性能を備えた植物の育種を可能にすることが期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター センター長
機能開発研究グループ グループディレクター
篠崎 一雄 (しのざき かずお)
Tel: 045-503-9579 / Fax: 045-503-9580
機能開発研究グループ 研究員
黒森 崇(くろもり たかし)
Tel: 045-503-9625 / Fax: 045-503-9586
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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