要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、プリオン病※1の原因物質と考えられているプリオンタンパク質のように振る舞う酵母プリオン※2Sup35NMタンパク質が、非天然相互作用※3によってオリゴマー※4を形成し、感染性の高いプリオン凝集体の構造を導くことを世界で初めて発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)田中研究ユニットの大橋祐美子訪問研究員(日本学術振興会特別研究員)、田中元雅ユニットリーダー、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)高田構造科学研究室の伊藤和輝博士、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のジョナサン・ワイスマン教授らによる共同研究の成果です。
プリオン病は、孤発性、遺伝性、感染性に分類され、精神機能の低下を伴う神経変性疾患です。その発症機構は、いまだ十分に理解されておらず、治療薬も確立されていません。プリオン病の特徴として、原因となるプリオンタンパク質が脳内で凝集すること、また、プリオンタンパク質のアミノ酸配列が同じでも異なる症状を示すこと(プリオン株※5の存在)が挙げられます。これまで研究グループは、異なる症状が、プリオンタンパク質の凝集体(アミロイド※6)の構造の違いに由来することを、酵母プリオンの系を用いて明らかにしてきました(Nature, 2004; Nature, 2006)。しかし、その異なるアミロイド構造が、まったく同じプリオンタンパク質からどのように生成するのかは不明でした。研究グループは、大型放射光施設SPring-8※7を用いて、酵母プリオンのSup35NMタンパク質が凝集する初期段階に形成する核(オリゴマー)の構造が、アミロイドの最終的な構造や、ひいてはプリオン株の表現型(感染強度など)を決定する重要な因子になっていることを見いだしました。さらに、Sup35NMタンパク質が、アミロイド内には存在しない、“非天然相互作用”をオリゴマー形成時に巧みに利用して、感染性の高い脆弱なアミロイド構造を導くことを発見しました。
この成果は、プリオン病だけでなく、疾患原因タンパク質がアミロイドを生成する多くの神経変性疾患の病態解明や、新たな治療法の開発に道を開く、と期待できます。本研究は米国の科学雑誌『Nature Chemical Biology』1月17日の週にオンライン掲載されます。
背景
プリオン病は、行動異常や認知症の症状を伴う神経変性疾患であり、孤発性、遺伝性、感染性に分類されます。近年、プリオン病の1つである狂牛病の、種の壁を超えたヒトへの感染が、私たちに脅威を与えています。しかし、プリオン病の発症機構は十分に理解されておらず、治療薬もいまだ確立されていません。プリオン病の特徴として、原因となるプリオンタンパク質が脳内で凝集すること、また、プリオンタンパク質のアミノ酸配列が同じでも異なる症状を示すこと(プリオン株の存在)が挙げられます。これまでに研究グループは、異なる症状が、プリオン凝集体(アミロイド)の構造の違いに由来することを、酵母プリオンの系を用いて明らかにしてきました(Nature, 2004; Nature, 2006)。酵母プリオンSup35NMタンパク質を異なる温度(4℃、37℃)下で凝集させると、4℃では感染性の高い脆弱なアミロイド構造、37℃では感染性の低い硬いアミロイド構造が生成されることが知られています。しかし、その異なるアミロイド構造が、まったく同じプリオンタンパク質からどのように生成するかは不明でした。特に、感染性の高いアミロイド構造の生成機構の解明は、プリオン病の予防や感染阻止の点から重要であるにもかかわらず、これまで十分に理解されていませんでした。
研究手法と成果
研究グループは、4℃、37℃と異なる温度下におけるSup35NMの会合状態を調べるために、SPring-8の理研ビー ムラインBL45XUを用いてX線小角散乱※8による測定を実施しました。その結果、温度によってSup35NMの会合状態が大きく異なることが分かりました。37℃ではSup35NMは単量体(モノマー)であるのに対し、4℃ではX線の散乱強度が増大し、Sup35NMが会合してオリゴマーを形成していることを明らかにしました。また、4℃、37℃と温度変化を繰り返しても、同じ温度では同じ散乱強度を示したことから、Sup35NMのオリゴマー形成は温度変化に対して可逆的であることが分かりました(図1)。さらに、10~37℃でオリゴマーを経由せずに生成したSup35NMアミロイドは、富栄養培地上でピンク色を呈する感染性の低いプリオン株を導くのに対して、4~9℃でオリゴマーを経て生成したSup35NMアミロイドは、富栄養培地上で白色を呈する、感染性の高いプリオン株を導くことを見いだしました。
オリゴマー形成にかかわるアミノ酸を特定するためにSup35NM変異体を作製し、どの変異によってオリゴマー形成能が低下するかをX線小角散乱で検討しました。低温下で生成するSup35NMアミロイドのコア領域は、Sup35NMタンパク質におけるプリオンドメイン(1~123番目のアミノ酸)の最初の35個のアミノ酸であることが知られていますが(Toyamaら, Nature, 2007)、X線散乱強度の測定から、アミロイド生成途中のオリゴマー形成では、最初の約100個のアミノ酸が関与していることを明らかにしました。
次に、その100個のアミノ酸の中で、どのアミノ酸が最初にオリゴマー形成を誘導するかを、Sup35NMタンパク質のいくつのアミノ酸を蛍光分子であるピレンで修飾し、そのエキシマー蛍光※9の強度から検討しました。その結果、Sup35NMタンパク質におけるプリオンドメインの89~108番目のアミノ酸領域が最初に会合することによってオリゴマー形成が開始することが分かりました(図2)。
この結果は、Sup35NMタンパク質が、低温下で生成するSup35NMアミロイドのコア領域(1~35番目)とは異なるアミノ酸領域の“非天然相互作用”によって、コア領域が35個のアミノ酸と短い、脆弱なアミロイド構造を生成していることを示しています(図3)。脆弱なアミロイドは細胞内で効率的に分断されるため、より多くのアミロイド断片を生じて感染性が高まることがすでに明らかになっています。従って今回の結果により、感染性の高いアミロイド構造の生成機構が解明できたといえます。
今後の期待
今回、酵母プリオンSup35NMタンパク質が、温度に依存して、可逆的にオリゴマーを形成し、低温下で起こるオリゴマー形成が、感染性の高い脆弱なアミロイド構造を導くことを突き止めました。さらに、そのアミロイド構造を生成させる上で、オリゴマー形成時の“非天然相互作用”が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。酵母プリオンタンパク質、ほ乳動物のプリオンタンパク質は、いずれも生体内においてオリゴマーを経由するアミロイドの生成機構の存在が示唆されていることから、この成果は、プリオン病の新たな治療戦略の開発に大きく貢献するとともに、疾患原因のタンパク質がアミロイドを生成するほかの多くの神経変性疾患の病態解明や、新たな治療法の開発に道を開くと期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム
ユニットリーダー 田中 元雅(たなか もとまさ)
Tel: 048-467-6072 / Fax: 048-462-4796
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