要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)は、植物が持つステロイドホルモン※1の1種「ブラシノステロイド※2」が葉緑体の活性化を調節する際に働く遺伝子「BPG2」を同定し、この遺伝子が葉緑体制御の司令塔役として機能することを発見しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)中野植物化学生物学研究ユニットの中野雄司ユニットリーダー(JSTさきがけ研究者兼務)、小松知之ジュニアリサーチアソシエート(東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程、現・日本たばこ産業株式会社・葉たばこ研究所)、東京大学大学院農学生命研究科の浅見忠男教授(理研基幹研究所客員主幹研究員兼務)、理研植物科学研究センターの松井南チームリーダー、東京農工大学大学院共生科学技術研究院の川出洋講師らによる共同研究の成果です。
植物にはブラシノステロイドと呼ぶステロイドホルモンが存在します。その増加は、茎を長くしたり、葉を大きくするなど「体の形作り」を促進し、その減少は、光合成を行う重要な器官である葉緑体を活性化します。つまりブラシノステロイドは、体の形作りと光合成の調節という植物の成長に大変重要な役割を担っています。
研究グループは、このブラシノステロイドの生合成を阻害する薬剤「ブラシナゾール(Brz)※3」を用いて、シロイヌナズナの葉緑体を過剰に発達させ、CO2(二酸化炭素)の吸収で重要な働きを担うタンパク質を、通常の150%の量に増加させることなどに成功しました。また、ブラシノステロイドが葉緑体の活性化を抑制する機構の解明のため、ケミカルバイオロジー※4研究法を駆使し、シロイヌナズナの変異体種子8,000種の中から、Brz存在下(ブラシノステロイドの抑制下)でも双葉の緑色が薄い変異体を探索しました。その結果、1つの変異体bpg2を発見し、その原因遺伝子「BPG2」を同定することに成功しました。実際、このBPG2を破壊するだけで、葉緑体の中のリボゾームRNAに異常が生じ、その結果、多種類のタンパク質合成の激減や、葉緑体の内部構造や双葉の緑色が薄く見える異常が起きることを確認しました。ブラシノステロイドによる葉緑体活性化の調節機構で、このような「司令塔役」となる遺伝子を発見したのは世界で初めてのことです。
この研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「代謝と機能制御」における研究課題「ブラシノステロイド情報伝達による発生と自然免疫制御の分子機構」(研究者:中野 雄司)、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「有用物質・遺伝子・形質の探索と応用を目指した植物ケミカルバイオロジー研究」(研究代表:国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科浅見忠男教授)の一環として得られ、英国の科学雑誌『The Plant Journal』オンライン版に近く掲載されます。
背景
ステロイドホルモンは幅広い生物種が持つホルモンで、ほ乳類における男性/女性ホルモンやコレステロールから、昆虫における脱皮ホルモンのエクダイソンなど、進化的に共通に保存されてきた生理活性化合物の1種です。ほ乳類のステロイドホルモンに関する研究は、女性の妊娠の維持や男性の筋肉増強など、主に「体の形作り」の調節について進められています。1980年代には植物にもこのステロイドホルモンが存在することが明らかにされ、ブラシノステロイドと呼ばれています。ブラシノステロイドの研究も、植物の茎の長さや葉の大きさの決定など、主に植物の「体の形作り」の調節について進められていました。
2002年には、理研の研究グループが、ブラシノステロイドの生合成を阻害する化合物「ブラシナゾール(Brz)」を人工合成することに成功し、Brzの濃度や添加する時期を操作することで、多くの植物のブラシノステロイド産生を自在に増減して、植物の形を大きくしたり小さくしたりすることに成功し、植物の形作りにかかわる遺伝子を発見しています。(Cell, Dev Cell、2002年4月19日プレスリリース)。
また、研究グループは、Brzの持つ「体の形作り」への生理的機能の操作に加えて、通常は、暗い所で芽生えをした植物の双葉の中の葉緑体は未発達のままとどまっているのに対して、Brz処理によってブラシノステロイドのシグナルを抑制することで、暗い所でも葉緑体を発達させることに成功しました。さらに、通常の野生型植物は、暗い条件で発芽させるともやしのように徒長※5しますが、Brz存在下の暗い条件で発芽させると、あたかも光が当たっているかのように太く短くしっかりとした成長形態「暗所光形態形成」を示すとともに、葉緑体内の光合成酵素タンパク質の発現や葉緑素(クロロフィル)※6の生合成が活発になっているなど、葉緑体が活性化していることを観察していました(Planta, 2000)。
これらの成果から植物は、太陽光があたる昼間はブラシノステロイドのシグナルを抑制することで葉緑体を活性化して光合成を起こし、植物の体の材料であるでんぷんなどを製造する一方、夜はブラシノステロイドのシグナルを活性化して、でんぷんなどの材料を組み立てて体を形成する、というメカニズムで成長していると考えられています。しかし、ブラシノステロイドがどのような仕組みで葉緑体の活性化を調節しているのか、その具体的な仕組みは不明で、司令塔的な役割を果たす遺伝子もまったく分かっていませんでした。
研究手法と成果
研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、光を当てる環境でBrzを添加してブラシノステロイド含量を減らすと、Brzが無い場合に比べて葉緑素(クロロフィル)が130%、光合成酵素タンパク質が150%、光合成光受容タンパク質が130%、光合成光化学系タンパク質が130%に増えて葉緑体が活性化するとともに、肉眼で見ても双葉の緑色が濃く見えることを明らかにしました(図1左)。特に光合成酵素タンパク質の1つルビスコ(RuBisCo)は、光合成においてCO2を吸収・固定する第一段階の反応を触媒する酵素で、植物の緑葉にある可溶性タンパク質の50%を占め、地球上で最も多量に存在するといわれる重要なタンパク質です。
さらに、この葉緑体が活性化する機構を解明するため、研究グループは、理研が保有するシロイヌナズナの変異体ライブラリー8,000種の中から、Brz存在下で双葉の緑色が濃くなる条件でも、緑色が濃くならない突然変異体を探索しました。その結果、たった1つの変異体bpg2を見いだし、その原因遺伝子である「BPG2」を同定することに成功しました。(図1右)このことは、ブラシノステロイドが葉緑体の活性化を調節するシグナル伝達経路に、BPG2がかかわっていることを意味します。次に、このbpg2変異体の内部ではどのような現象が起きているのかを調べるため、葉緑体内のタンパク質合成に重要な働きをするリボゾームRNA(rRNA)※7に着目し、野生型植物とbpg2変異体のrRNAの長さを電気泳動※8で測定し比較しました。その結果、野生型の葉緑体にあるrRNAでは、成熟した適切に短い長さのrRNAが発現しているのに対し、bpg2変異体の葉緑体にあるrRNAでは、未成熟な異常に長いrRNAの状態でとどまっていることを明らかにすることができました(図2)。電気泳動の結果、葉緑体の中の多くの種類のタンパク質合成量が激減していることが明らかになるとともに、さらに、葉緑体の内部構造に異常が生じていることが電子顕微鏡による詳細な観察で分かりました(図3)。BPG2というたった1つの遺伝子に変異が起きると、多数の光合成酵素タンパク質、光合成光受容タンパク質、光合成光化学系タンパク質の合成に異常を引き起こしていることになります。つまり、ブラシノステロイドによる葉緑体の活性化の調節において、BPG2が「司令塔役」となっていることが分かりました。
これまで、ブラシノステロイドのシグナルを抑制することによって、光合成に関する遺伝子の発現が上昇する現象はすでに知られていましたが、これらの遺伝子は、シグナル伝達経路のいわば下流で働く実働担当役のような遺伝子たちでした。ブラシノステロイドの刺激に応答し、シグナル伝達経路の上流で機能しているBPG2という「司令塔役」の遺伝子の発見は世界で初めてです(図4)。これはまた、ブラシノステロイドを介した葉緑体活性化の調節機構の重要性を改めて示したことになるとも考えられます。
今後の期待
葉緑体は、光とCO2と水から、酸素と炭水化物を生産する光合成反応の場であり、生命の食物連鎖の基点となるだけでなく、地球大気の酸素/CO2調節の要となる重要な細胞内小器官です。近年、地球温暖化の進行は深刻な問題ですが、この温暖化進行の原因とされているのが大気中のCO2濃度の上昇です。「低炭素社会」の実現のために、CO2排出量の削減は、人類が取り組むべき重要な課題とされています。葉緑体を活性化させることができると、CO2削減の促進を促すことにつながります。BPG2遺伝子単独の働きで葉緑体を活性化できるかどうかは、現在の基礎的な分子レベルでの研究では未知数です。しかし、少なくとも生理学レベルでは、ブラシノステロイドのシグナルを調節して葉緑体を活性化することができることについてはかなり明瞭で、強い効果が期待できます。将来、このブラシノステロイドが直接作用する司令塔遺伝子BPG2を制御して葉緑体を活性化し、大気中のCO2の削減をもたらす効果を生み出すことが期待できます。
また、ケミカルバイオロジー研究の手法によって新たな遺伝子を発見したことは、この手法がさらなる新たな遺伝子の発見に寄与する可能性があることを示しています。今後もケミカルバイオロジーの研究手法を植物遺伝子の研究に適用することで、地球環境の改善に役立つ新しい遺伝子を見いだすことができると期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 中野植物化学生物学研究ユニット
ユニットリーダー 中野 雄司(なかの たけし)
Tel: 048-467-9043 / Fax: 048-467-4389
お問い合わせ先
(JSTの事業に関すること)
独立行政法人科学技術振興機構
イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
原口 亮治(はらぐち りょうじ)
Tel: 03-3512-3525 / Fax: 03-3222-2067
報道担当
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