要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、概日時計※1の周期決定や周期の温度補償性※2の鍵となる重要なリン酸化反応を明らかにし、ほ乳類の概日時計を制御する薬剤開発の有力な標的となりうる候補分子の同定に成功しました。これは、発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究チーム(上田泰己チームリーダー)を中心とした研究グループ※3の成果です。概日時計の温度補償性の解析は、現象の発見以後50年以上にわたり未解明のまま残されてきた難問で、今回の成果はほ乳類概日時計の動作原理に深い理解をもたらすことが期待されます。
研究グループは、ほ乳類の概日時計の周期を制御する分子や反応の同定を目的に化合物スクリーニング行い、周期への影響が最も大きかった10種の化合物について、その標的分子を同定したところ、意外にも1つを除く9種の化合物がリン酸化酵素の1種である「Casein Kinase Iε/δ(CKIε/δ)」を標的とすることが判明しました。化合物でCKIε/δを阻害すると、通常約24時間である周期を倍の48時間以上に延長させることができ、CKIε/δによるリン酸化反応が周期決定に重要な役割を担っていることを明らかにしました。さらに、この反応の温度依存性を調べたところ、温度を10℃変化させても反応速度がほとんど変わらないことが分かり、この酵素反応で制御されるタンパク質分解も、温度に対して非依存であることが判明しました。これらの成果は、これまで概日時計ネットワークを構成する多数の反応の総和で制御されていると考えられていた周期決定や温度補償性が、少数の構成分子からなる、比較的単純な反応の特性により規定されている可能性を示すものとなりました。従来のほ乳類概日時計の分子モデルの修正を促す画期的な成果であると同時に、概日時計関連疾患の治療薬開発に寄与する重要な知見を得ることができました。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』オンライン版に8月31日の週に掲載されます。
背景
地球上の生命がほぼ普遍的に備える概日時計は、光や温度など1日周期で変動する外部環境に生命が積極的に適応するため獲得した生理機構で、多くの遺伝子発現や生理活動に概日リズムを認めることができます。ヒトでは、睡眠・覚醒、血圧・体温調節、ホルモン分泌などが概日時計により制御されており、睡眠障害や季節性うつ病に概日時計が深く関与していることが知られています。また、薬物代謝に概日リズムがあることから、副作用を抑えるために時間を決めて投薬することも行われています。このように概日時計は私たちの生活と密接に関係していることが分かっています。
また、概日時計は、生命科学研究の一領域として発展しつつあるシステムバイオロジーのモデルシステムとして、長年理論・実験の両面から研究が進められてきました。その結果、ヒトを含む多くの生物で時計遺伝子が同定され、そのネットワーク構造と動的挙動が明らかにされてきました。これらの研究成果により、概日時計の仕組みについては一定の理解が得られたと考えられているものの、約24時間という概日リズムの周期がどのように決まるのか、周期が温度変化に影響されず生理条件範囲内で一定である(温度補償性)などの概日時計の基本的性質が、どのようなメカニズムに依存しているのかについては依然未解明なままでした。特に概日時計の温度補償性は、現象の発見から50年以上経過しているにもかかわらず、理論・実験のいずれからも説得力のあるモデルは提唱されていませんでした。
研究グループは化合物ライブラリー※4を用いたスクリーニングを行い、概日時計を制御する化合物の探索と、それら化合物の標的分子の同定を行い、概日時計の制御機構の詳細な解析を試みました。
研究手法と成果
(1)化合物スクリーニングによる概日時計制御分子の同定
研究グループは、冷却CCD(Charge Coupled Device:個体撮像管の1種)カメラを組み込んだ概日リズムのハイスループット測定装置を開発し、LUCレポーター系※5を導入したほ乳類培養細胞(NIH3T3細胞※6およびU2OS細胞※6)を用いて、大規模スクリーニングを可能とする測定系を構築しました(図1)。この測定系を用い、1,260種類の薬理活性が判明している化合物のスクリーニングを実施し、培養細胞の概日リズム周期を指標として、概日時計を制御する28種の化合物の抽出に成功しました。周期延長効果の特に強い10種の化合物の薬理学的な標的分子を見ると、概日時計との関係が報告されていないものがほとんどでした。実際にそれら標的分子の発現抑制実験を試みたところ、周期に強い影響は見られませんでした。しかし研究グループは、阻害剤に関する過去の報告や、阻害剤の化学構造から、10種の化合物の標的分子がほ乳類の概日時計に関与する酵素「Casein Kinase Iε/δ(CKIε/δ)」であると考えました。
周期延長効果が最も強い10種の化合物について、in vitroでのCKIε/δのリン酸化反応への阻害効果を調べたところ、1種の化合物を除く9種の化合物に、CKIε/δの特異的な阻害剤として知られるIC261を上回る強い阻害効果があることを確認しました(図2)。この結果は、CKIε/δが9種の化合物の標的分子であるとする研究グループの考えを支持するものでした。CKIε/δはほ乳類概日時計で中心的な役割を担うPERIODタンパク質をリン酸化し、その分解を制御することが知られています。研究グループは、培養細胞中のPERIODタンパク質の1つ「PER2」の安定性が化合物の濃度依存的に制御されることや、この化合物によるPER2タンパク質の安定化効果と周期の延長効果に正の相関があることを確認しました(図3)。これらの結果は、強い周期延長効果を示す9種の化合物がCKIε/δ酵素活性を抑制することを強く支持するもので、CKIε/δのリン酸化反応が周期決定において中心的な役割を担っていることを証明する結果となりました。さらに研究グループは、CKIε/δリン酸化反応を阻害することで周期を通常の倍の48時間以上に延長させることに成功しました(図4)。これにより、CKIε/δが概日リズム障害の治療薬の創薬ターゲットとして非常に有力であることを示すことができました。
(3)CKIε/δリン酸化反応の温度非依存性
研究グループは、CKIε/δリン酸化反応の活性が、ほ乳類概日時計の周期と高い相関関係を示すことを明らかにしました。仮にこの反応の活性が温度に依存して大きく変化してしまうとすれば、周期も温度変化によって大きく変わってしまうことになります。しかし、精製したCKIε/δの酵素活性の反応速度は、驚くべきことに温度を変えてもほとんど変化しませんでした(図5)。また、CKIε/δリン酸化反応に依存したPER2タンパク質の分解速度も、同様に温度に依存していませんでした(図6)。
これらの結果は、CKIε/δリン酸化反応が、周期だけでなく概日時計の温度補償性を規定する反応であることを示唆します。従来は、概日時計のネットワークを構成する多数の反応間のバランスによって、周期や温度補償性といった概日時計全体の性質が決められていると考えられていましたが、今回の結果は、このモデルを発展・修正する結果となり、今後の概日時計温度補償性についての研究を方向付ける重要な成果といえます(図7)。
さらに研究グループは、この反応の温度非依存性が基質に依存していることも明らかにしました。また、この温度非依存性はCKIε/δの反応速度を制御する自己リン酸化反応にも影響されることも示しました。これらの結果は、概日時計内でのCKIε/δの反応制御を示唆する興味深い現象です。
今後の期待
今回の成果は、CKIε/δリン酸化反応の制御による、生体内の時刻情報の制御を可能にするものです。現代社会においては、時差ボケやシフトワーカー、加齢に伴う睡眠障害など、概日時計の変調に起因する多くの疾患が報告されており、これらの疾患原因を制御することを可能にする薬の開発につながることが期待されます。また、ステロイドホルモンの代謝産物である17-OHP※8も概日時計制御化合物として同定されており、概日時計制御を目的とした創薬を促進することが注目されます。また、CKIε/δリン酸化反応の温度非依存性は、従来の酵素反応の常識とは大きく異なる性質であり、CKIε/δ反応機構の解明を通じて、概日時計のみならず、分子改変を通じた生命システム制御手法の開発が期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
システムバイオロジー研究チーム
チームリーダー 上田 泰己(うえだ ひろき)
Tel: 078-306-3191(秘書)/ 078-306-3190(直通)
Fax: 078-306-3194
お問い合わせ先
発生・再生科学総合研究センター
広報国際化室 中込 咲綾(なかごみ さや)
Tel: 078-306-3310 / Fax: 078-306-3090
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
お問い合わせフォーム
産業利用に関するお問い合わせ
独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
お問い合わせフォーム
このページのトップへ