要旨
独立行政法人理化学研究所(理研、 野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI、白川哲久理事長)が共同で組織する「X線自由電子レーザー計画合同推進本部(合同本部、 藤嶋信夫本部長)」 は、高品質電子ビームを効率よく数千倍の密度に圧縮する方法を考案し、その有効性を計算機シミュレーション※1で明らかにしました。この方法は、X線自由電子レーザーの光性能と安定性の向上に大きく貢献します。
X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)※2は、 オングストローム※3の空間分解能とフェムト秒※4の時間分解能で物質を照らす、優れた特徴を持つ新しい光です。がんやエイズなどの難病に対する特効薬の開発や、持続的発展に必要な新エネルギーシステムの研究など、ライフサイエンスやナノテクノロジーの分野に革新をもたらすものとして、世界の研究者や産業界から大きな期待が寄せられています。
XFELの発生装置の開発は、日、米、欧の3カ所で進んでいますが、既存の技術をベースとした欧米の提案は、全長数kmにもわたる巨大な装置が必要です。これに対し、日本では、理研、JASRIが中心となり、欧米とはまったく異なる新たな発想に基づく、コンパクトなXFELの開発に取り組んできました。2005年には、XFELの原理検証実験を行うためのプロトタイプ機として、小型のSCSS試験加速器※5を建設しました。翌2006年、極紫外線※6レーザーの出力を初めて確認し(2006年6月22日プレスリリース)、その後、性能の改善を進め、極紫外線レーザー (波長50~61ナノメートル※3) を100メガワット以上の高いパワーで安定して出力させることに成功しました。これらの成果から、 XFEL実機の光特性の向上のためには、SCSS試験加速器で実現した300アンペアの高いビーム電流を、さらに一桁以上引き上げる重要性が明らかとなりました。キロアンペアを超える高いビーム電流を実現する方式は、米国や欧州で実証されていますが、主加速周波数※7に比べ、3倍から4倍高い周波数を必要とします。しかし、日本のコンパクトなXFELは、主加速周波数自体が既に現在の技術で利用できる周波数の限界に近い高周波であるため、既存の欧米の方式を日本のXFELへ応用することが困難でした。そこで、合同本部は、 主加速周波数より高い周波数を前提としない革新的な方式を考案し、計算機シミュレーションによりその効果を証明しました。
これらの成果は、2010年度完成に向けて、合同本部が播磨科学公園都市内の大型放射光施設SPring-8※8キャンパスにて建設を進めている、世界最小のXFEL (図1) の光性能と安定性を飛躍的に向上させると共に、将来のさらなるXFELの小型化への道も開拓します。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Special Topics - Accelerators and Beams』に(8月28日付け:日本時間8月29日)に掲載予定です。
背景
紫外線から軟X線、硬X線といった、これまで不可能であった短波長レーザーを実現する切り札として、自己増幅自発放射型※5(SASE:Self Amplified Spontaneous Emission)の自由電子レーザー(FEL:Free Electron Laser)が期待されています。このレーザーの発生原理は、真空中で加速された束縛のない自由な電子(電子銃などから飛び出した電子)を、アンジュレータ※9という装置の周期的な磁場に通すことで、レーザー波長間隔の電子の「群れ」(マイクロバンチング)を作り出し、そこから位相のそろった光、すなわちレーザー光を取り出すというものです。電子の 「群れ」 を効率よく作るためには、高エネルギーかつ高密度の電子ビームが必要とされます。 このために、1990年代に発展を遂げた高エネルギー物理学実験のための線形加速器技術に注目が集まり、 今世紀初頭、 米国、 欧州において、 SASE XFEL施設の建設計画(LCLSとEuropean XFEL※10)が策定されました。 しかしながら、 これらの計画では全長が数kmにも及ぶ巨大な施設となっており、同種の装置を普及させることは現実的には不可能です。 従って、 素晴らしい性能を持つXFELを利用する機会は極めて限定され、光科学研究の多様な発展の可能性が阻害されると強く危惧(きぐ)されてきました。この点を解決するために、数多くのXFELが建設可能となるよう、発生装置を小型化することが緊急の課題となっていました。
この課題に応えるため、理研は、2001年度よりコンパクトXFELの検討を開始し、 短周期真空封止アンジュレータ※9、 短い距離で効率よく電子を加速できるC-band(加速周波数5.7 ギガヘルツ)高勾配加速システム※11、及び低エミッタンス熱電子銃※12を組み合わせた独自のシステムを提案しました。さらに、コンパクトなXFELの動作検証のために、XFELの32分の1の加速エネルギー(250 メガ電子ボルト※13)を持つ、全長60 mのSCSS試験加速器を2005年に建設し、試験研究を行ってきました(図2)。2008年には、波長50ナノメートルから61ナノメートルの極紫外線波長域において、長時間にわたり一定のレーザー出力を持続できる安定したSASE FELを実現したことにより、 電子ビームのエミッタンスが非常に小さいことを検証しました(2008年7月28日プレスリリース)。これらの研究を通して、 XFELの光特性をさらに向上させるためには、SCSS試験加速器で達成した300 アンペアの電子ビーム電流を、あと一桁引き上げて、3 キロアンペアに到達させることが極めて重要であることがわかってきました。
研究手法
ビーム電流を高めるためには、電子ビームの進行方向の長さを圧縮して電子の密度を高める必要があります。電子ビームの圧縮は、電磁石シケインを用います(図3)。シケインでは、 エネルギーの高い電子は曲がりが小さく直線的に進み、エネルギーの低い電子は曲がりが大きく蛇行します。このシケインに、 「エネルギーチャープ※14」 させた電子バンチ(電子ビームの固まり)を入力すると、 シケイン通過後に電子ビームが圧縮※14され、 高い密度が得られます (図3)。 本研究のキーポイントは、 いかにしてきれいな 「エネルギーチャープ」 をつくるか、 という点にあります。 「エネルギーチャープ」 というのは、 電子バンチの先頭のエネルギーが低く、 後方のエネルギーが高い状態です。 理想的には、 エネルギーチャープは 「線形」 であることが求められますが、 実際にはこれを実現するのは容易ではありません。 特に日本のコンパクトXFEL計画は、 独自の方式を採用しているため欧米とは異なる新たな手法を開拓する必要がありました。
具体的には、 コンパクトなXFELでは、線形加速器の長さを短くするため、C-band高勾配主加速システムで1m当たり35 メガボルトの電界を用いて効率的に電子ビームを加速します。通常は、 エネルギーチャープの湾曲補正や線形化は、 主加速システムの周波数に比べて数倍高い高周波で動作する補正システムを用いて行われます(図4)。 しかし、 C-band加速システムの場合、 もともとの周波数が5.7ギガヘルツと非常に高いため、 それよりさらに高い周波数 (例えば3倍の17.1ギガヘルツ)をもつ補正システムは、現状の技術で製作することができません。このため、 XFEL計画の初期の段階では、 加速システムの一部を欧米にならうことも検討されましたが、 この場合は電子ビーム及びレーザーの品質が制限され、 かつ安定性も損なわれてしまいます。 これまでの方法とは異なる、主加速システムと同じ周波数もしくはそれよりも低い周波数の高周波電場を用いた、エネルギーチャープの線形化法の開発が強く期待されていました。
研究成果
合同本部は、 電子ビームの圧縮プロセスにおける、エネルギーチャープの時間変化に着目しました。最初は時間方向(横軸)に延びていた電子ビームが、圧縮により時間方向に縮められていきます。この圧縮プロセスの初めの段階で、反対符号の湾曲を電子ビームにわざと付けておく(imprinting)と、その湾曲は段階的な圧縮を経て強調されます(図5)。このメカニズムをうまく利用することで同じ周波数、もしくは低い周波数を用いた新しい補正法がないかを調べるため、2段のバンチ圧縮システムにおけるエネルギーチャープの線形化と、バンチ圧縮率の関係を、精密なバンチ圧縮プロセス模型を用いて解析的に導きました(図6)。
その結果、初段のバンチ圧縮器の前であらかじめ付けておいた補正用の湾曲は、圧縮係数倍で強調されることが分かりました。補正に同じ周波数を用いても、圧縮係数を大きくとることで、従来法と同じ効果を、 低い補正電圧で効率よく達成することが可能となりました(図7)。
この結果を利用し、現実的な多段のバンチ圧縮器で構成されるシステムへの応用を考えました。SPring-8のXFELでは、1つの速度変調バンチ圧縮部と3つの磁気バンチ圧縮器を直列につないだシステムで、3,000倍以上のバンチ圧縮を行います。電子ビームは、各圧縮ステップでバンチ圧縮係数倍だけ時間方向に圧縮されます。最初のうちは全体の圧縮係数がまだ低く、エネルギーチャープの湾曲の圧縮効果への影響は大きくありません。このため、 エネルギーチャープの線形性が重要となるのは、多段の圧縮プロセスの後半部分、すなわち、バンチの長さが最小値近傍まで短くなった場合です。
そこで、多段のバンチ圧縮プロセス上流部に、エネルギーチャープが最終段で線形化するように逆湾曲を付与する方法を考えました。この場合、圧縮プロセスの途中では、電子ビームに通常と逆の湾曲が付いた状態になります。そして圧縮ステップを繰り返すうちに逆湾曲は徐々に直線に近づき、最終段で線形性が確保されるようになります。
この方法により、本当に必要な3キロアンペアのビーム電流が達成できるか確認するために、 XFELの加速器システムを計算機上に再現し、シミュレーションを行いました。その結果、必要な3キロアンペアを十分達成できることを立証しました(図8)。さらに、線形化を行うために必要なC-band補正加速器※11の減速高周波電場によるエネルギーロスは、わずか5.3メガ電子ボルトで、LCLSの約22メガ電子ボルト、European XFELの約250 メガ電子ボルトに比べ、非常に小さく、効率的な補正が可能であることも分かりました。
今後の展望
今回の成果は、2010年度に完成予定のXFELの実現に必要な、高品質電子ビームの生成が可能であることを理論的に裏付けるものであり、SCSS試験加速器で得た極紫外波長領域での高性能・超安定FELが、X線波長領域でも実現できると期待されます。この成果は、どのような線形加速器ベースのFELへも拡張でき、LCLSやEuropean XFELへも原理的に導入することが可能です。従来法に比べ、主加速器と同じ周波数でエネルギーチャープの線形化が実施できるので、製作も容易で、安定性の面でも利点があると考えられます。さらにエネルギーロスも小さく抑えられ、 全体として加速効率を向上できます。また、主加速システムに、その時点で利用可能な、もっとも加速効率の高いシステムの採用を可能にします。これらの利点から、今回考案した方法は、将来新たに作られるXFEL施設のさらなる小型化を推進する原動力となるでしょう。