要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、仁科加速器研究センター(矢野安重センター長)が推進しているRIビームファクトリー(RIBF)プロジェクト※1で、中性子過剰なネオンの放射性同位元素、32Ne(ネオン‐32:陽子数10、中性子数22)の大変形の観測に世界で初めて成功しました。この研究は、理研仁科加速器研究センターRIBF研究部門と国内外の大学・研究機関との国際共同研究※2による成果です。
陽子と中性子で構成された原子核は、球形以外にもさまざまな形をとることが知られています。質量数が30程度の原子核で中性子数が20近傍の中性子数過剰の領域は「異常変形領域※3」として知られ、従来の法則から逸脱して、球形ではなく回転楕円体(葉巻型)に変形していると考えられています。32Neは安定同位体20Neに比べ中性子が12個も多い放射性同位体(RI)で、これまで研究された「異常変形領域」の中でも最も存在限界※4に近く、そのため中性子がとてもゆるく束縛しています。この弱束縛性が変形に与える影響を調べることが世界的に重要なテーマとなっており、32Neのデータ取得が熱望されていました。
32Neの変形に関する実験は、世界のRIビーム施設の中でもRI強度が世界最高のRIBFでのみ可能です。具体的に、32Neは、世界最高性能の超伝導リングサイクロトロンで加速した48Ca(カルシウム‐48:陽子数20、中性子数28)をBe(ベリリウム)にぶつけることで生成し、超伝導RIビーム生成分離装置でビームとして取り出しました。48Caのビームは、エネルギーが光速の70%となる核子当たり345MeV(メガ電子ボルト)で、初めての加速にもかかわらず、最終目標値の約5分の1の1012個/秒という世界最大強度のビームを生み出しました。48Caビームの大強度化と高エネルギー化によってほかの施設に比べ100倍以上の強度の32Neを生成することに成功しました。この32Neの大強度ビームを炭素標的に照射し、核反応後に放出されるガンマ線を高効率ガンマ線検出器で検出し、32Neの励起準位のエネルギー値を決定しました。その際に、2007年度に完成した「ゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree Spectrometer)※5」で核反応生成物を識別し、32Neに起因するガンマ線のみを選択しました。ほかの施設では最低でも半年程度の時間がかかる一連の実験が、RIBFではわずか8時間という短時間で達成しました。
測定した励起準位のエネルギー値がNe同位体の中で最小の値であったことから、32Neが大きく変形していることが判明し、異常変形領域が中性子過剰側の存在限界に近い32Neまで広がっており、しかも中性子数が増大すると変形が促進されることが分かりました。
今後、RIBFは48CaやU(ウラン)などの大強度ビーム生成を武器に、異常変形領域の新データを取得していくのはもちろんのこと、中性子過剰核領域の新データを大量生産することになります。本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(7月17日号)に掲載されます。
背景
陽子と中性子で構成された原子核は、数フェムトメートル(1フェムトメートル:1×10‐15m)の大きさを持つ極微の物質ですが、球形だけでなくさまざまな形をとることが知られています。従来、原子核の陽子数や中性子数が2、8、20、・・・の魔法数※6になると球形になる、と考えられていました。しかし、中性子過剰となっている原子核では、その法則が成り立たない場合があり、その原因を探求することが現在の原子核物理学の主要なテーマの1つとなっています。
F(フッ素:陽子数Z=9)からMg(マグネシウム:Z=12)に至る中性子数が20近傍の原子核は、これまでの実験の観測から「異常変形領域」と呼ばれており、この領域の原子核は中性子数が魔法数の20に近いにもかかわらず回転楕円体に変形しています(図1)。この異常現象のメカニズムを解明するために、新たな異常変形核の探索や詳細な核の構造を解明する研究が行われており、異常変形領域は最もホットな研究領域の1つです。理研では2007年にRIBFが完成する前から、この領域の研究を精力的に展開しています。1995年には、世界で初めて行った原子核反応とガンマ線観測を組み合わせた手法を開発し、30Ne、32Mg、34Mgなどの変形の大きさについてさまざまな成果をあげてきました。RIBFの完成後は、従来よりも中性子数の多い不安定原子核の研究が可能となり、変形度が未知の原子核である、32Neの変形に関する実験を行いました。
研究手法と成果
原子核が球形か、変形しているかは、原子核のエネルギー準位が基底状態に最も近い第一励起準位※7のエネルギー値から調べることができます。球形であれば、エネルギー値が大きくなり、変形が進むと小さくなっていきます。RIBFでは、不安定核をビームとして取り出すことができるため、核反応を利用して第一励起準位を生成し、励起状態から基底状態に戻るときに発生する脱励起ガンマ線のエネルギーの値から第一励起準位のエネルギーを測定することができます。
研究グループは、32Neのビームを生成するために、まず超伝導リングサイクロトロン(SRC)で光速の約70%となる核子当たり345 MeVまで加速した48Caビームを利用しました。48Caを32Neの生成の標的となるBeに照射し、核破砕反応を起こさせ、陽子、中性子をはぎとります。このようにして生成した不安定核の中から32Neを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で分離し、ビームとして取り出しました。取り出したRIビームの速さは、光速の約60%です。このビームを炭素標的に照射し、核反応を起こすことで32Neを励起しました。脱励起で放出されるガンマ線を炭素標的まわりに配置した高効率ガンマ線検出器で測定しました。反応で散乱した32Neの原子核は標的下流にあるゼロ度スペクトロメータで原子核の粒子識別を行い、同時に脱励起で放出されるガンマ線を測定して、励起準位のエネルギー値を決定することに成功しました。(図2、図3)
従来の施設での反応生成物は、主に半導体検出器を利用して、粒子識別を行い、原子核の陽子数、中性子数を決定していました。半導体検出器を利用した場合、解析に時間がかかりましたが、今回の実験ではゼロ度スペクトロメータを利用することによって解析が簡便となり、オンラインでデータを取りながら粒子識別ができるようになりました。
今回の実験では、ほかの施設では最低でも半年程度の時間がかかるところを、わずか8時間という信じられないほどの短時間で初期目標のデータを取得することに成功し、RIBFの持つ潜在能力を世界に誇示しました。この成果をもたらしたのは、第一に、48Caのビーム強度です。48CaをSRCで加速するのは初めてでしたが、初加速にもかかわらず、その強度は1012個/秒と世界最強でした。2007年のRIBFの稼働開始後も、引き続きビーム診断システム強化、詳細なビーム軌道解析、長期安定性の向上などを推し進め、今回の大強度ビームが実現しました。第二のカギはビームエネルギーで、これまでのエネルギーは核子当たり約70MeVでしたが、ビームエネルギーを核子当たり345MeVまで高めたことでRI生成標的を厚くすることなどができ、RIビームの強度を増やすことができました。研究グループは、これまでの施設で得られたデータから32Neの強度を予想していました。しかし、驚くべきことにRIBFで得られた32Neのビーム強度は、高エネルギー化を考慮した予想よりも一桁程度高く、ほかの施設に比べ、数百倍もありました。このRI強度の増大現象はRIの生成確率がエネルギー依存性を持ち、従来の施設に比べ生成確率が増大した、と考えています。この原因については今後さらに解明していくことになります。第三のカギは、ガンマ線検出器の効率です。今回利用した高効率ガンマ線検出器は、RIBFに向け開発した検出器で、検出効率が世界最高レベルの性能を持ちます。
今回の測定で得た32Neの第一励起準位のエネルギー値は722keV(キロ電子ボルト)で、ほかのネオン同位体と比べると最小値です(図3)。さらに、研究グループがこれまでに得ていた30Neの第一励起準位のエネルギー値801keVよりも下回っています。これらの結果から、32Neは異常変形領域にある原子核であることが明らかとなりました。また、中性子過剰なネオン同位体では中性子数が増えるとともに変形が促進していき、中性子過剰側の存在限界に近い32Neで変形度が最大となる現象を観測することができました(図4)。
今後の期待
異常変形は、魔法数の喪失現象に起因した現象であると考えられています。そのメカニズムは、存在限界に近い原子核の弱束縛性や、原子核内で陽子・中性子間に働く力が陽子数・中性子数が変わると異なってくることなどが理論的に提案されています。しかし、現在、この領域の原子核の諸性質を統一的に説明できる理論はありません。このメカニズムを実験で明らかにするために、異常変形領域のより詳細な研究を行い、RIBFで得られる新データが新しい理論モデルの構築に大きく寄与すると期待できます。
また、ゼロ度スペクトロメータの完成により反応生成物の粒子識別が容易となりました。これまで、RIBFの実験は、リングサイクロトロンの機能を高めたSRCや、核反応後に生み出される新しい不安定核を選別する機能を持つBigRIPSを駆使し、新しい不安定核を生成する実験まででしたが、ゼロ度スペクトロメータの導入により、原子核反応を利用して、性質や機能が変化する様子を調べる実験が可能になります。
今回の実験ではRIBFで初めて破砕反応を利用したRI生成を行い、核分裂反応だけでなく破砕反応の有効性も明らかとなりました。
今後、48CaやUなどの大強度ビーム生成を可能とするRIBFを利用し、不安定核の形状や陽子・中性子の空間的分布などの構造解明につながる異常変形領域の新データを取得していくのはもちろんのこと、中性子過剰核領域の新データを大量生産することによって、原子核構造の究極の理解や元素誕生の謎の解明につながっていくことが期待できます。