要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人大阪バイオサイエンス研究所(早石修理事長)は、睡眠物質を合成するリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(リポカリン型PGDS)※1の2種類の違う立体構造を解明し、この酵素が、開閉するふた付きの巾着構造を持ち、しなやかに構造を変化させて、睡眠や生殖器誘導など種々の場面で生命活動を支えていることを明らかにしました。これは、理研放射光科学総合研究センター宮野構造生物物理研究室の宮野雅司主任研究員、吾郷日出夫専任研究員、大阪バイオサイエンス研究所の裏出良博部長、有竹浩介研究員らのグループによる共同研究の成果です。
リポカリンファミリー・タンパク質※2は、巾着構造の中に生理物質を抱え込むタンパク質で、その中でも唯一、酵素活性を持つPGD合成酵素(PGDS)は、ノンレム睡眠※3を自然に誘導するプロスタグランジンD2(PGD2)を合成します。PGDSには造血器型とリポカリン型の2種類が知られており、造血器型PGDSは、主に免疫・炎症制御にかかわっていると考えられています。造血器型PGDSは、1997年の発見と同時に、本研究グループがその結晶構造と反応機構を明らかにしました。筋壊死にかかわっており、デュシェンヌ型筋ジストロフィー※4の薬のターゲット候補として研究開発が進んでいます。もう1つのリポカリン型PGDSは、わずか150個のアミノ酸が構成する小さなタンパク質ですが、睡眠のほかに生殖器誘導など生命活動のさまざまな場面で機能し、私たちの生命を支えています。この遺伝子は比較的早く決定されましたが、初期での組み換えタンパク質が不安定で、活性型を保ったまま大量に生産することが困難でした。
今回、大型放射光施設SPring-8※5のビームラインを利用して、リポカリン型PGDSについて2種類の結晶を解析し、立体構造の決定に成功しました。その結果、リポカリン型PGDSは内側に空間がある巾着構造をしており、タンパク質で作られた巾着のふたが開閉することが明らかになりました。さらに、大阪バイオサイエンス研究所が別機関との共同研究で進めたNMR※6装置による解析など、これまでのリポカリン型PGDSの構造に関する報告を考慮することで、リポカリン型PGDSが非常に柔らかい構造をしていると結論づけました。柔らかくしなやかな構造のために、リポカリン型PGDSは、PGD2を合成する酵素タンパク質として働くだけでなく、ビタミンAの誘導体のレチノイン酸、チロキサンホルモン類、複合糖質、さらにはアルツハイマーの原因物質βアミロイドとまで強く結合するタンパク質として機能することができると考えられます。これによって、脳保護機構の理解などとともに、動脈硬化症などの薬開発が加速されると期待されます。
本研究成果は、米国の生物化学雑誌『Journal of Biological Chemistry』の8月14日(284巻44号ページ22344から22352)に印刷掲載されます。
背景
リポカリンファミリー・タンパク質は、巾着構造の中に生理物質を抱え込むタンパク質で、その中でも唯一、酵素活性を持つPGD合成酵素(PGDS)には2種類の構造体が知られています。1つは造血器型PGDSで、1997年の発見とほぼ同時に研究グループがその結晶構造(図1)と反応機構を明らかにしました(Kanaoka Y et al., Cell 90, 1085-1095,1997)。筋壊死にかかわることからデュシェンヌ型筋ジストロフィーの創薬ターゲットとして開発が進んでいます。もう1つは脳型とも呼ばれるリポカリン型PGDSです。頭蓋骨の中で脳を浮かべている脳髄液に多く含まれる糖タンパク質βトレースというタンパク質そのもので、造血器型PGDSと同じ酵素活性を持つことが知られていました。
リポカリン型PGDS は、睡眠誘導する脳内物質PGD2の合成にかかわり、まだよく解明していない現代病の1つである睡眠障害の機構の一翼を担う代謝酵素として注目され、研究が始まりました。このPGD2は、プロスタグランジンと呼ばれる脂質メディエーター群※7の1つで、発熱・痛み物質として知られているPGE2と対になって働きます。プロスタグランジンは生体内の生理、病態に深くかかわっており、これらの代謝酵素やその特異受容体が多様な疾病に対する創薬ターゲットとなっています。
リポカリン型PGDSは、わずか150個ほどのアミノ酸からなる小さなタンパク質ですが、生命活動のさまざまな場面で多彩な機能を発揮し、私たちの生命を支えています。例えば、水に溶けにくい生体内分子をその内側に取り込んでしまうため、脳が傷ついたときにPGD2を合成して脳を保護する役目を担うと考えられています。さらにオス生殖器の誘導、虚血再還流※8時の心筋保護機能も知られています。しかし、リポカリン型PGDSは構造が柔らかいため、その組み換えタンパク質の生産が困難で、活性型酵素として人工的に大量生産することができず、長い間構造解析が困難でした。
研究手法
研究グループは、大型放射光施設SPring-8のビームライン(BL45XU)を利用して、リポカリン型PGDS のX線結晶構造解析を行いました。構造解析には、放射光の波長を変化させるMAD法※9により、散乱したX線の波の位置(位相)を決定して立体構造を決めることができました。SPring-8の強いX線を使ったことが成功の要因で、不安定なリポカリン型PGDSの結晶から、構造解析に必要な精度の良いMADの測定データを得ることができました。しかし、リポカリンファミリー・タンパク質の構造決定の際に誰もが直面してきたように、最終的に信頼のおけるタンパク質構造を決定するためには、非常に多くの構造計算が必要です。そこで、さらに新たな回折データの収集と構造計算に挑みました。具体的には、いろいろな条件で結晶化を試み、リポカリン型PGDSの結晶化にはビタミンAの誘導体であるレチノイン酸が必須であることが分かりました。そして、さらなる結晶化の試みの過程で、リポカリン型PGDSの中にも違うタイプの構造を持った別の結晶を得ました。さらに活性のある組み換えタンパク質を生産して、リポカリン型PGDSの酵素としての機能を生化学的・純化学的に調べました。
研究成果
違うタイプの2種類のリポカリン型PGDS結晶を使いX線結晶構造解析を行った結果、その2種類の結晶のリポカリン型PGDSは、巾着構造をしたタンパク質のふたの部分と底の部分が異なった構造を持ち、特にふたに当たる部分が閉じたり開いたりして、大きな構造変化を起こしていることが分かりました(図2、3)。この結果は、大阪大学のグループによるNMRを使った解析(Shimamoto S et al., J Biol Chem 282, 31373-31379, 2007)、また大阪府立大学と財団法人高輝度光科学研究センターのSAXSを使った解析(Inoue K et al., J Biochem 145, 169-175, 2009)、即ちリポカリン型PGDSの構造がしなやかであるという点とも良く一致します。この柔らかくしなやかな構造を持つという特徴により、リポカリン型PGDSはPGD2を合成する酵素タンパク質として働くだけでなく、ビタミンAの誘導体の1つであるレチノイン酸や、チロキサンホルモン類、複合糖質、さらにアルツハイマーの原因物質βアミロイドとまで強く結合する能力を持っていると考えられます。
また、活性のあるリポカリン型PGDS酵素で酵素の働きを調べることで、まったく構造の異なるリポカリン型PGDSと造血器型PGDSは、PGD2を作る部分の立体的な構造がよく対応していて、酵素としての働き方は同じであることを初めて確かめました(図4)。
今後の期待
大阪バイオサイエンス研究所の裏出グループは、今回の成果を創薬につなげるため、さらに発展的な研究を行っています。リポカリン型PGDSが動脈硬化の病態にかかわっているか、そしてその病態改善に既存の特異阻害剤が役立つかということを、マウスモデルなどを使って研究しているところです。もしリポカリン型PGDSがかかわっている病態改善に特異阻害剤が役立てば、より効果的で安全な薬剤開発が可能になります。大阪バイオサイエンス研究所とその共同開発先が、造血器型PGDSが筋壊死の病気であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの薬のターゲット候補になりうることを明らかにしたように、この結果を生かした新たな創薬への展開が期待できます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 宮野構造生物物理研究室
主任研究員 宮野 雅司(みやの まさし)
Tel: 0791-58-2815 / Fax: 0791-58-2816
お問い合わせ先
播磨研究所研究推進部企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800
財団法人大阪バイオサイエンス研究所
第2研究部分子行動生物学部門
研究部長 裏出 良博(うらで よしひろ)
Tel: 06-6872-4815 / Fax: 06-6872-2841
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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