背景
植物は、動物に比べて大きな細胞を、細胞壁に囲まれた形で持っています。この細胞壁は、セルロースと共に、ペクチンやヘミセルロース等の多糖類、細胞壁タンパク質やリグニン等から形成されています。植物の生育には、生長中の細胞の細胞壁と細胞膜の増大・伸長が必要であり、芽生えや根端、培養細胞等の急速に増殖している植物の組織や細胞においては、細胞膜と細胞外への膜成分と細胞壁多糖やタンパク質の効率良い供給が必用となります。従って、植物の生産を増大させる為には、これらの機能の増大を図る必要があります。そこでこれらの合成系に関わる酵素やその酵素の発現の制御因子の解析が従前からなされていますが、これらの発現の上昇だけで、細胞壁成分の合成を劇的に増強することはできていません。この原因の一つは、これまでに取られた方法では、これらの合成の能力の増強だけを図っており、細胞内における輸送能力の向上を図っていないことにあり、それはこの輸送経路に関わる構造体が同定されていないことに起因すると考えられていました。
さて、これらの細胞外成分は、小胞体注5)やゴルジ装置で合成され、ゴルジ装置等で液胞への輸送経路に向かう分子と仕分けされ、細胞外へと輸送されるということが判っています。このうち小胞体からゴルジ装置への輸送にはCOPII被覆小胞という構造体が、ゴルジ装置から液胞への輸送にはクラスリン被覆小胞と呼ばれる構造体が関わることが知られていました。しかし、ゴルジ装置から細胞外への輸送、すなわち植物細胞において最も大量の物資の輸送に関わる構造体の同定はなされておらず、動物や酵母での研究から、分泌小胞と総称される膜小胞が関わることが類推されていたに過ぎません。
細胞内での多糖やタンパク質の合成と輸送の経路は、産業における物資の合成・加工・輸送と対比されます(図1)。従って、植物細胞がおこなっている、ゴルジ装置から細胞外への多量の物質の輸送には、単位体積あたり多くのエネルギーを使うトラック型の輸送ではなく、省エネルギー輸送系であるコンテナ輸送に対比される効率良い機構である可能性が考えられます。
内容
九州大学農学研究院の 松岡 健 教授(理化学研究所植物科学研究センター客員主管研究員兼務)と、理化学研究所植物科学研究センターの 豊岡公徳 研究員等からなる研究グループは、Secretory carrier membrane protein 2 (SCAMP2)と呼ばれるタンパク質をマーカーとし、タバコの培養細胞BY-2株を主な研究材料に用いて、植物細胞におけるゴルジ装置から細胞外への輸送機構を解析しました。蛍光標識後の光学顕微鏡観察の結果、SCAMP2は長さ300~700 nmの構造体に存在し、その一部はゴルジ装置の末端に位置するトランスゴルジ網注6)であるが、これ以外にゴルジ装置と離れた構造体にも存在し、それらは細胞内を動き回り究極的には細胞膜に輸送されていることを見出しました。そこでこの構造体の微細構造を同定するために、急速高圧凍結法注7)により固定したサンプルを用いて、抗SCAMP2抗体を用いた免疫電子顕微鏡観察を行ったところ、この構造体は、直径50~100 nmの膜小胞が5~12個集まった構造を取っていることを見出しました。またタンニン酸で強く染色されるというこの構造体の性質を用いて、この構造体の微細構造をトランスゴルジ網と比較検討した結果、この構造体には液胞への輸送に関わるクラスリン被覆小胞は殆ど存在しないことを見出しました。また、この構造体には、分泌性のタンパク質や、細胞外多糖であるペクチンが存在していたこと、この構造体が細胞膜に繋留されていたり、その膜が細胞膜に融合している像が電子顕微鏡により観察されたことから、この構造体は、細胞膜/細胞外への分泌に関わる分泌小胞が集まった構造体であることが判明し、この構造体を分泌小胞塊(Secretory Vesicle Cluster: SVC)と名付けました。
そこでSVCが広く植物の細胞に存在しているかを、電子顕微鏡観察により検討しました。用いたイネの培養細胞、シロイヌナズナの表皮細胞、タバコの根の細胞という、異なる種や異なる器官の細胞にもこの構造体は認められました。従って、この構造は広く植物界に存在している構造であることが判りました。
さて、植物の細胞分裂の過程において、分裂した2個の核の間に新たな細胞壁が形成され、その過程では多量の細胞外物質がこの形成過程の細胞壁(細胞板と呼ばれる)に輸送されると考えられています。そこで細胞分裂過程におけるSVCの動きを観察したところ、細胞の内部から細胞板に多数のSVCが動いてゆくことが見出されました。このことは、SVCが植物細胞の分裂と伸長という増殖に不可欠な2つの出来事に深く関わっていることを示しています。
なお、SVCの多数の小胞からなる構造は、動物の高分泌能を有する顆粒球等の分泌小胞とは異なり、細胞内で単独に存在せず絶えず繋がった状態で存在し、細胞内を移動しています。このことは、植物細胞の伸長や細胞の分裂過程においては、細胞外に分泌される成分のみならず多量の細胞膜の構成要素(膜脂質や膜蛋白質)の供給が必要なため、比較的広い表面積を持った構造体である球状の分泌小胞の集合体を一つの単位として、少ないエネルギーで細胞内を輸送するシステム(図2)を植物が進化させてきたためと考えられます。
今後の展開
今回、植物細胞中で多量の細胞外多糖や分泌タンパク質を輸送する構造体であるSVCを発見することが出来ました。次のステップは、SVCを構成するタンパク質とそれらの遺伝子を明らかにし、それらを用いてSVCの形成機構を解明することです。SVCの形成機構が解明された際には、細胞外多糖の合成能力と、SVC形成能力を共に遺伝子組換え法により増強することにより、細胞外多糖を多量に蓄積した植物の育成、すなわち植物バイオマス超蓄積植物の育成が可能となると期待されます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人 九州大学 農学研究院 植物資源科学部門
植物生産科学講座 植物栄養学分野
松岡 健 (マツオカケン)
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独立行政法人 理化学研究所 植物科学研究センター
豊岡公徳(トヨオカキミノリ)
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