要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物代謝物の一斉分析で、細胞内の概日時計※1と生体活動に必要なエネルギーを産出する細胞小器官であるミトコンドリア機能※2とが、非常に密接かつ頑健な関係にあることを、新たに発見しました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム基盤研究グループの斉藤和季グループディレクター、福島敦史特別研究員、草野都研究員、生産機能研究グループの榊原均グループディレクターおよび中道範人基礎科学特別研究員、国立大学法人名古屋大学大学院生命農学研究科の水野猛教授らによる共同研究の成果です。
動植物での概日時計のシステムの解明は、主に遺伝子やタンパク質を調べる方法で進められてきました。しかし、代謝物レベルの振る舞いはほとんど不明で、概日時計関連遺伝子の出力系※3を決めることが、時計メカニズムを解明するのに役立つと考えられます。研究グループは、GC-TOF/MS※4 を使ったメタボローム※5解析により、モデル植物であるシロイヌナズナの概日リズム消失植物体に対する、大規模な代謝物の一斉分析を行いました。その結果、時計関連遺伝子PRR(疑似レスポンスレギュレータ)※69, 7, 5の3つを欠損している変異植物体は、光条件や時間条件によらず、ミトコンドリアが担う代謝経路であるクエン酸回路※7に属する構成物質群が、劇的に増加していることが分かりました。このことは、時計関連遺伝子が産出する時計タンパク質が、ミトコンドリアの代謝物レベルのホメオスタシス※8に関与することを示すものです。概日時計システムとミトコンドリア機能との関連は、動物や菌類などでは示唆されていましたが、植物での発見は初めてのことです。また、このような結びつきが生物界に広く存在する可能性が分かり、概日時計システムを進化の視点から理解する上できわめて重要な知見になると考えられます。今回、植物の概日時計システムの理解が一歩進んだことで、システムの制御が、ストレス耐性植物や有用物質産生植物の生産への鍵になると期待されます。また、今回適用したメタボローム解析は、概日時計システムのような動的で複雑な生命現象の包括的理解において、有用な戦略になることを示しています。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要 『Proceedings of the National Academy of Sciences』 4月6日の週にオンライン掲載されます。
背景
細菌からヒトまで、多くの生物種でみられる体内時計は、約24 時間周期の概日リズムを生み出し、その生物の行動や生理現象に影響しています。高等植物でも、概日時計が効率的な光合成、植物自身の生長や発達など、多方面で重要な役割を担っていることが明らかとなってきています。ここ10年間で、植物の概日時計に関する遺伝子レベルの解明が急速に進みました。これまでに、時計関連遺伝子とそれが産出する時計関連タンパク質が相互に組み合わさり、互いに制御し合うことで、約24時間周期のリズムを生み出すという概日時計システムのモデルが提案されています(図1左)。概日時計システムを構成する関連部品の第一候補は朝方位相遺伝子※9であるCCA1(circadian clock-associated 1)遺伝子とLHY(late elongated hypocotyl)遺伝子です。タンパク質CCA1とLHYは、正常な遺伝子発現レベルの概日リズムの生成に必須で、概日時計システムの中心振動体※3の遺伝子で昼位相遺伝子※9を制御しているPRR9/ PRR7/ PRR5遺伝子群などの転写を促すと同時に、夕方位相遺伝子※9群のTOC1(timing of cab expression 1)遺伝子、LUX(luxarrhythmo)遺伝子、ELF4(early flowering 4)遺伝子などの発現を抑制することが知られています。発現・蓄積したタンパク質群PRR9、 PRR7、 PRR5は、CCA1遺伝子、LHY遺伝子群の発現を抑制します。これにより、CCA1、LHYタンパク質群によるTOC1遺伝子、LUX 遺伝子、ELF4遺伝子群の抑制が解除され、徐々に発現・蓄積するTOC1タンパク質がCCA1遺伝子、LHY遺伝子の転写を促進します(図1右)。このような概日時計システムは、多くの出力系(代謝経路やシグナル伝達経路)を制御しており、植物のさまざまな生理現象の概日周期性をもたらします。
TOC1タンパク質は、PRRのメンバーの一つPRR1タンパク質と同一であり、シロイヌナズナでは、PRR1、PRR3、PRR5、PRR7、PRR9の5つの互いによく似たファミリーが概日時計システムの構成部品の一部であると考えられています。PRR遺伝子の欠損植物体や恒常的発現植物体の作製による大規模な分子遺伝学研究から、PRRは正常なリズム生成を行うのに深く関与するタンパク質であることが分かっていました。これらPRRタンパク質ファミリーの欠損あるいは過剰発現の組み合わせによって、遺伝子発現レベルでの概日リズム周期の長短変化が引き起こされます。特に遺伝子PRR9、7、5の三重欠損植物体(d975変異体)は、遺伝子発現レベルで概日リズムがなくなります。またd975変異体は、多面的な表現型※10(きわめて遅咲きとなり、赤色光の下で長い胚軸、濃い緑色の葉などを示す)を持っています。このd975変異体の表現型は、概日リズムの異常に関連すると考えられ、形態的な見た目がCCA1遺伝子の過剰発現体(CCA1過剰発現体)の表現型とよく似ています(図2)。最近、大規模なDNAマイクロアレイ※11解析から、d975変異体では非常に多くの概日リズムを示す遺伝子群の発現が崩壊しており、昼位相遺伝子の多くが常に高いレベルで発現していることが分かりました。また、その中には低温応答にかかわる多くの遺伝子が含まれており、実際にd975変異体は、DREB1というストレス応答性の転写制御因子を介して、低温ストレスに耐性を持つことが明らかになりました(Nakamichi et al. Plant Cell & Physiology 2009 50:447-462)。
このように概日時計システムの機能は、遺伝子やタンパク質レベルで理解が進んでいましたが、代謝物レベルではほとんど未知の状態です。概日時計システムを包括的に理解するためには、概日時計システムにおける低分子化合物の振る舞いを知ること、つまり概日リズム消失植物体の大規模なメタボローム解析が必須であると考えました。
研究手法および研究成果
研究グループは、DNAマイクロアレイ解析と、メタボローム基盤研究グループの草野都研究員らが確立したメタボローム解析パイプライン(2007年12月10日プレス発表)を用いて、遺伝子発現レベルと代謝物レベルとのデータを統合化し、どのような遺伝子発現と代謝経路ネットワークが、概日リズム消失植物体で協調的に振る舞っているかを網羅的に調べました。実験には、d975変異体とCCA1過剰発現体を用い、大規模なメタボロームの比較を試みました。
その結果、d975変異体は、過去に分析・検討した7つの代謝関連変異体の中で、一次代謝物の変動がもっとも大きいことが分かりました。また、詳細な代謝物分析の結果から、d975変異体では、ミトコンドリアが担う代謝経路であるクエン酸回路に属する構成物質群の代謝物量が、野生型と比較して劇的に上昇していることが分かりました(図3左)。これは、生育における光条件(明暗条件および連続明条件)やサンプリング時間の違いによらず観測できました。一方、CCA1過剰発現体では、d975変異体と同様に多くの時計関連遺伝子群の発現が崩壊していましたが、クエン酸回路の構成物質群をはじめとする代謝物群の有意な上昇は認められませんでした(図3右)。このことから、ミトコンドリア機能に関しては、CCA1タンパク質ではなく、PRR9、7、5タンパク質群による直接および間接的な代謝物レベルの保持機構の存在が示唆されました。さらに、d975変異体では、野生型に比べてグルタミン酸やプロリンなどのアミノ酸、有機酸類、ラフィノース、ビタミンCやビタミンEなどを含む、多くの有用な代謝物の蓄積が有意に上昇していることを確認できました。同時に、PRR9、 7、 5タンパク質は、葉緑素、カロテノイド/アブシジン酸(ABA)、ビタミンEの合成経路の遺伝子発現および代謝物群の蓄積を、負に制御している可能性も示唆されました。
このように、d975変異体とCCA1過剰発現体のメタボロームの比較の結果、2つの概日リズム消失植物体は、形態的な表現型が互いによく似ているにもかかわらず、代謝物群の組成が明確に異なっていることが分かりました。このことは、一見同じに見える概日リズム消失植物体も、代謝の観点から分類が可能であることを示しており、メタボローム比較によって概日時計システム解明の糸口となる発見をすることができました。
今後の期待
今回の実験から判明したPRR9、7、5タンパク質群の生理的役割は、これまで知られていた概日時計リズムの生成と花芽の形成に到る光周性経路へのかかわり、ストレス応答遺伝子群の発現制御にかかわる機能に加えて、PRRがミトコンドリアおよび葉緑体といった細胞内器官にある代謝物経路のホメオスタシスにかかわることが分かりました(図4)。概日時計とミトコンドリア機能との関係については、これまでほ乳類や菌類などで示唆されていましたが、植物でこの関係を見いだしたことは世界で初めてです。今回の発見は、従来のDNAマイクロアレイ解析に代表される遺伝子発現レベルのアプローチだけでは困難であり、メタボローム解析が動的で複雑な概日時計システムを包括的に理解するうえできわめて強力な手法になりうることを示しています。
モデル植物の概日時計システムについての研究は、基礎科学にとどまらず、作物育種への応用をも促進することが期待されます。d975変異体は、アミノ酸や有機酸、ビタミン類を高蓄積するだけでなく、低温と乾燥耐性なども獲得していたことから、時計機構を人為的に最適化する(光照射のタイミングを変える、もしくは一次代謝物を高投与する)ことによって、遺伝子の人為的改変によらず、代謝物レベル制御の手法によって、高ビタミン含有・ストレス耐性作物を効果的に産出できるかもしれません。さらに、ほ乳類や菌類で示唆されていた概日時計システムとミトコンドリア機能の普遍的かつ協調的制御が、広く生物界に分布している可能性も示され、概日時計システムを進化の視点から理解する上で、きわめて重要な知見になると考えられます。
発表者
独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター
メタボローム基盤研究グループ
グループディレクター
斉藤 和季(さいとう かずき)
Tel: 045-503-9488 / Fax: 045-503-9489
メタボローム情報ユニット
特別研究員 福島 敦史(ふくしま あつし)
Tel: 045-503-9491 / Fax: 045-503-9489
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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