要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、酵母ミトコンドリアのDNA組み換えに必要なMhr1タンパク質※1による相同対合※2が、予測に反して、二重らせんをひねらずに相同DNA組み換え(遺伝的組み換え)※3の中間体であるDNA鎖交換体を作るとともに、従来相同対合を促進するとされた二重鎖DNAの右巻きの超らせん※4が、組み換え反応を妨げることを発見しました。Mhr1による相同対合では、細胞核でのDNA組み換えに必須なRecA型タンパク質(RecA、Rad51、Dmc1)※5による相同対合とは異なる新規の反応機構が働き、その生成物もこれまで知られるDループ※6ではなく、三重鎖と考えられるDNA鎖交換体ができていることを発見しました。理研基幹研究所吉田化学遺伝学研究室の凌楓専任研究員と柴田遺伝制御科学研究室の柴田武彦上席研究員の研究成果です。
DNAは、10.5塩基対で1回の右巻きのねじれ(ツイスト)を持つ二重らせんです。複製、転写、相同DNA組み換えを行うためには、原理的に二重らせんのツイストを緩めなければならず、その結果DNA全体に、逆向きの左巻き方向のねじれ(超らせん)をため込みます。RecA型タンパク質は、DNAのツイストを緩めて、組み換え相手のDNA(単鎖)と二重鎖を作れる部分を探し出して、DループというDNA鎖交換体を作ることが、これまで30年来の内外の研究で定説となっています。試験管内では、この反応の仕組みにより、生体から取り出した天然の二重鎖DNAが持つ右巻きの超らせんが、相同対合で生じる左巻き超らせんを中和するため、RecA型タンパク質による相同対合を促進するとされていました。しかし一方、生体内では、クロマチン構造※7やDNAトポイソメラーゼ※8により超らせんに由来するDNA分子内のストレスが解消され、超らせんを持たないDNAとして振る舞うと考えられています。今回の発見は、ミトコンドリアに固有な相同対合タンパク質の特徴を明らかにしただけではなく、試験管内での相同対合の原理と生体内のDNAが持つ特性の間のギャップを埋める、相同DNA組み換えの仕組みを提示するものです。相同対合は、DNA組み換え、修復だけでなく、特にミトコンドリアでは、DNA複製に加えてミトコンドリア症※9や老化が深くかかわるヘテロプラスミー※10の抑制に、きわめて重要な働きをしていることが知られており、今回の成果はその仕組みの核心に迫るものといえます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Biological Chemistry』(5月号)およびJBC Onlineに掲載されます。
背景
DNAは、10.5塩基対で1回のねじれ(ツイスト)を持つ右巻きの二重らせん構造をしています。一方、DNA自身の複製、DNAを鋳型とする転写、別のDNAとの間でDNA鎖を交換する相同DNA組み換えを行うためには、原理的に二重鎖DNAのツイストを緩める必要があります。ツイストが緩むと、必然的にDNA全体に、左巻き方向のねじれ(超らせん)をため込むことになります。
相同DNA組み換えの開始段階では、別の二重鎖由来の単鎖DNA末端が二重鎖DNAに割り込んで、その相補鎖と対合したDNA鎖交換体という組み換えの中間体を作る「相同対合」という反応が起こります(図1)。研究チームは、酵母ミトコンドリアで相同対合を行う酵素「Mhr1」が、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の相同DNA組換えと複製に加えて、ミトコンドリア症に深くかかわるヘテロプラスミーの抑制やホモプラスミー※10化で、鍵となる働きをすることを明らかにしてきました(RIKEN NEWS No. 275 2004年5月号 研究最前線、2006年12月5日プレス発表)。
一方、細胞核では、相同対合を行うRecA型タンパク質(RecA、Rad51、Dmc1)が、発がんの抑制や正常な配偶子(卵子や精子)の形成で、きわめて重要な働きをしています。RecA型タンパク質による相同対合は、アデノシン三リン酸(ATP)※11を必要としますが、Mhr1や細胞核のRad52タンパク質による相同対合にはATPは不要です。そこで、RecA型タンパク質による相同対合反応と、Mhr1やRad52による相同対合反応の共通点と違いが専門家の間で議論されていました。
RecA型タンパク質は、親となる二重鎖DNAのツイストを緩めて、組み換え相手の単鎖DNAとの相補塩基配列部分を探し出し、分子間でDNA鎖を交換してDNA鎖交換体を作ります。親の二重鎖DNAの一方の鎖は、交換の結果相手を失うため、親の2つのDNA鎖の間のツイストは緩んだままとなり、その形からDNA鎖交換体は「Dループ」と呼ばれます。この反応の仕組みは、1979年にRecAが相同対合活性を持つことが発見されて以来の研究で定説となっています。
右巻きの超らせんを持つ天然の二重鎖DNAは、二重鎖DNAのツイストを緩めると生じる左巻きの超らせんを中和します。また、できたDループが、右巻きの超らせんを解消した状態を保つことになります(図2)。事実、試験管内では天然の二重鎖DNAの右巻き超らせんは、RecA型組み換え酵素によるDループ形成を大いに促進します。しかし、生体内、特に真核生物の核では、天然の二重鎖DNAが持っている右巻きの超らせんによるDNA分子内のストレスが、クロマチン構造を作ることで解消されます。また、核とミトコンドリアには、超らせんによるDNA分子内のストレスを解消する酵素のDNAトポイソメラーゼが存在します。従って、生体内のDNAは、核とミトコンドリアのいずれでも、超らせんを持たないDNAとして挙動すると考えられています。このように、試験管の中で行う組み換え反応での右巻き超らせんの働きと、生体内のDNAらせんが持っている特性との間には、大きなギャップがありました。
研究手法と成果
研究チームは、酵母ミトコンドリアの組み換え酵素「Mhr1」を単離し、試験管内で相同対合を行いました。その結果、理論的に反応を促進すると考えられていた右巻き超らせんが、相同対合反応を妨害していることが分かりました。また、反応が進むと左巻きの超らせんをため込むことで反応を妨害すると考えられていた超らせんを持たない閉環状二重鎖DNA(2つのDNA鎖がともに環になっている)でも、超らせんをため込まない環境での反応と同じ程度に相同対合が起こることを見つけました(図3)。
次に、Mhr1による相同対合反応の中間体と反応後のDNAを、DNAトポイソメラーゼで処理してゲル電気泳動を使い、DNAの立体位相幾何学的な状態を解析しました。この解析では、感度の高い分解能が得られるため、DNAの2つのねじれ(ツイストと超らせん)の状態を特定することができます※12。Mhr1による相同対合反応でできるDNA鎖交換体では、親の二重鎖DNAの2本のDNA鎖間のツイストが、外見上まったく緩んでいないという、これまで知られていなかった構造を示すことを発見しました(図4)。
この不思議な挙動の研究を進めた結果、Rad52へ結合した二重鎖DNAの構造的特徴(J. Biol. Chem., 283, 24264-24273 (2008))にヒントを得て、RecA型タンパク質による相同対合を促進する右巻き超らせんが、Mhr1による相同対合には必要ないばかりか、かえって反応を妨害するという相反する特性を矛盾なく説明できる、新たな相同対合の仕組みを明らかにしました(図5)。この仕組みでは、Rad52に結合した二重鎖DNAと同様に、二重鎖DNAがMhr1タンパク質の周囲へ右巻きに巻きつくことによって、二重らせんのツイストが緩んだ際にできる左巻きの超らせんが解消されます。その結果、外見上、二重鎖DNAのツイストも超らせんも変化していないように見えました。この仕組みでできるDNA鎖交換体は、対合した単鎖DNAと二重鎖DNAとの間でワトソン・クリック型塩基対ができ、単鎖DNAに置き換えられたDNA鎖が水素結合で結合した並行三重鎖構造に合致します。
今回発見したATPを必要としないMhr1による相同対合の仕組みは、ミトコンドリアの中のDNAでの相同対合に都合がよいだけではなく、RecA型タンパク質が試験管の中で行う組み換え反応での右巻き超らせんの働きと、生体内のDNAらせんが持っている特性とが一致しない理由を提示するものといえます。
今後の期待
研究チームは、これまでに、酵母ミトコンドリアにはRecA型タンパク質が存在せず、相同DNA組み換えの相同対合ではミトコンドリアタンパク質のMhr1が働くことを明らかにしていました。さらに、Mhr1タンパク質による相同対合が、ヘテロプラスミーからホモプラスミーへの復帰で重要な働きをし、その発現を制御することでホモプラスミー復帰の速さを制御できることも明らかにしています。今回、このMhr1タンパク質が、既知のRecA型タンパク質による相同対合と異なる機構で相同対合を行うことを発見し、ヒトのミトコンドリアにもあると予測されている相同対合タンパク質を同定する大きな手掛かりを得ました。
ヒトでは、ミトコンドリアDNAの相同的組み換えはないといわれていましたが、近年、ヒトでもミトコンドリアDNAの相同組み換えが起きていることを示す結果が集まってきています。一方、ヘテロプラスミーが深くかかわっているミトコンドリア症は、糖尿病などとの関連も認識され始めてきた重要な疾患ですが、その治療の手掛かりは極めて乏しい状況です。ミトコンドリア症の抑制には、ホモプラスミー状態への復帰が鍵と考えられていますが、ヒトではその仕組みも、関与する遺伝子やタンパク質もまったく分かっていません。ヒトのミトコンドリアにも、酵母ミトコンドリアと同様にRecA型タンパク質が存在しません。今回研究チームが明らかにした、酵母ミトコンドリアのMhr1による相同対合活性の特徴を手がかりに、ヒトミトコンドリアの相同対合を行うタンパク質を突き止めることができると、酵母と同様なホモプラスミー復帰の機構がヒトでも働いていることが明らかとなり、ヘテロプラスミー化を抑制し、ホモプラスミー化を促進することによって、ミトコンドリア症の治療につながる可能性を開くことになります。