要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、最も発症数の多いてんかんとして知られている「若年性ミオクロニーてんかん」で変異が見られる遺伝子「EFHC1」のノックアウトマウスを初めて作製し、このマウスがてんかん患者と類似の症状とともに、発症機序の理解につながりうる特異的な複数の異常を示すことを見いだしました。脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、鈴木俊光基礎科学特別研究員、および同センター神経回路発達研究チーム、津本研究ユニット、神経蛋白制御研究チーム、行動遺伝学技術開発チーム、大阪医科大学、名古屋市立大学などによる共同研究の成果です。
若年性ミオクロニーてんかんは、思春期に発症し、起床時に頻発するミオクロニー発作※1、強直間代発作※2などを特徴とする、最も発症頻度の高いてんかんの1つです。神経遺伝研究チームはこれまでに、多くの若年性ミオクロニーてんかん患者家系の遺伝的連鎖解析※3を行い、第6染色体の一部領域に原因遺伝子の存在部位を絞り込み、この領域から、てんかん患者に特異的な変異がみられる新規遺伝子「EFHC1」を発見しました(2004年、Nature Genetics)。今回、この遺伝子のノックアウトマウスを初めて作製し、このマウスがミオクロニー発作やけいれん誘発剤に対する高い感受性など、てんかん患者と類似の症状を示すことに加え、脳室壁の上衣細胞繊毛の運動機能の低下などいくつかの特異的な異常症状を示すことを見いだしました。これらの成果は、EFHC1遺伝子の異常が確かにてんかんの発症につながることを明らかにするとともに、今後、さらなるてんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良に大きく寄与するものと期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』(ヒューマン・モレキュラー・ジェネティクス)オンライン版(1月15日付け:日本時間1月16日)に掲載されます。
背景
てんかんは、反復するてんかん発作(強直間代発作(きょうちょくかんたいほっさ))、欠神発作(けつしんほっさ)※4など)を特徴とし、世界の全人口のおよそ3%が一生を通じて一度は発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには、多数の種類があり、大きくは特発性てんかん、症候性てんかん、もしくは潜因性てんかんに分類されます※5。中でも特発性てんかんは、てんかん全体の約7割を占めるとされています。その発症のほとんどに遺伝的背景が想定され、原因となる遺伝子も100個を大きく上回ると予想されています。現在までに明らかにされた特発性てんかんの原因遺伝子は、およそ17個の遺伝子を数え、うち14個の遺伝子がイオンチャネル※6をコード(暗号化)しています(表1)。
特発性てんかんの1つ「若年性ミオクロニーてんかん」は、8歳から20歳程度の間(思春期)で発症し、起床時に頻発するミオクロニー発作、全身性強直間代発作を特徴とする最も発症頻度の高い優性遺伝形式をとるてんかんで、少なく見積もっても全てんかん患者の7~9%を占め、特発性てんかんの20~25%に及ぶとされています。若年性ミオクロニーてんかんの主要な原因遺伝子(患者の半数の発症に関与する)と考えられるものが、遺伝的連鎖解析により第6染色体短腕部にあるとされていました。神経遺伝研究チームはこれまでに、この領域に若年性ミオクロニーてんかん患者で複数の変異を示す「EFHC1」遺伝子を同定しています(Suzuki et al., Nature Genetics, 36: 842-849, 2004)。このEFHC1遺伝子がコードしているタンパク質「ミオクロニン1」は、胎生期には脈絡叢、出生後には脳室壁を覆う上衣細胞の繊毛に強く発現するもので(Suzuki et al., Biochemical and Biophysical Research Communications 367: 226-233, 2008)、イオンチャネルではありませんでした。その後、ほかの研究グループからも新たな複数のEFHC1遺伝子変異が報告され、EFHC1遺伝子は若年性ミオクロニーてんかんだけでなく、ほかの種類の特発性てんかんの原因遺伝子でもあることが見いだされてきています。このEFHC1遺伝子の変異が引き起こすてんかんの発症機序を明らかにするためには、この遺伝子に変異を導入したモデル動物を対象とした解析が望まれますが、これまでそのような報告はありませんでした。
研究手法と成果
研究グループは、相同組み換え法※7によってマウスEfhc1遺伝子をノックアウトし、ヘテロ接合体※8(+/-)を作製しました。変異を導入したヘテロ接合体(+/-)マウス同士を掛け合わせたところ、野生型(+/+)、ヘテロ接合体(+/-)、ホモ接合体※8(-/-)のマウスがほぼ通常の割合(1:2:1)で生まれました。
これらのマウスの脳で発現するタンパク質のウェスタンブロット解析※9では、ヘテロ接合体(+/-)マウスではEfhc1遺伝子がコードするミオクロニン1タンパク質が半減し、ホモ接合体(-/-)マウスでは消失していることを確認しています(図1)。
ヘテロ接合体(+/-)、ホモ接合体(-/-)マウスはともに、外見はほぼ正常に育ちました。しかし、出生7~8カ月頃から、ミオクロニー発作を起こし始め、その頻度はヘテロ接合体(+/-)、ホモ接合体(-/-)マウスでほとんど同じでした(図2)。ミオクロニー発作は野生型(+/+)マウスではほとんど見られません。
けいれん誘発剤であるペンチレンテトラゾールを投与し、けいれんを生じるまでの時間を測定したところ、4~5月齢、9~12月齢ともにヘテロ接合体(+/-)およびホモ接合体(-/-)マウスで、野生型に比べてけいれんを生じるまでの時間が大きく短縮されることが分かりました(図3)。
免疫組織化学解析※10では、野生型(+/+)マウスで見られるミオクロニン1タンパク質の胎生期脈絡叢や出生後の上衣細胞繊毛における発現が、ホモ接合体(-/-)マウスでは消失していることを確認しています(図4)。ホモ接合体(-/-)マウスでは、上衣細胞繊毛の構造そのものには異常はみられませんが、運動率に大きな低下が認められました(図5)。さらに、脳室の拡大などの異常も見いだしました。
これらの成果は、EFHC1遺伝子異常が確かにてんかんの発症につながることを確認するとともに、上衣細胞繊毛運動機能低下などの特異的な異常がてんかん発症の背景に存在する可能性を示唆するものとなりました。
今後の期待
若年性ミオクロニーてんかんは、てんかんの中でも最も発症頻度の高いものの1つであることから、このてんかんで複数の変異がみられるEFHC1遺伝子は、これまでに報告されてきた数あるてんかん原因遺伝子の中でも特に重要なものであるといえます。また、てんかん全体の7割を占める特発性てんかんの原因遺伝子のほとんどがイオンチャネルをコードする中、EFHC1遺伝子がコードするミオクロニン1タンパク質は、イオンチャネルではないことから、今までに提示されたことがないまったく新しいてんかんの発症機構の存在をも示唆するものです。これらのことから、EFHC1遺伝子変異により引き起こされるてんかんの発症機構を理解することは、若年性ミオクロニーてんかんばかりではなく、てんかん全体の発症メカニズムの理解にもつながると予想できます。今回の知見と作製したモデルマウスは、今後、治療法の開発・改良にも大きく寄与することが期待されます。