第3回 理研ベンチャーOMケムテック
日本大学 文理学部化学科 若槻 康雄 教授
(元 有限会社オーエムケムテック 代表取締役)
理研ベンチャー雑感
我々の運営した理研ベンチャー・OMケムテックは、2001年7月に産声をあげ、満5年の歳月、すなわち理研ベンチャーの規程が定める1期を経て発展的に終了することができた。お世話になった関係者の方々に心からお礼申し上げたい。この機会に、主体的に関わったものとしての感想を述べる機会を頂いた。
何でもありの理研
長年理研に籍をおき、現在は外部の組織にいる者として、理研の研究環境の驚嘆に値する素晴らしさを今更ながら痛感し、それと共に大変誇らしく思う。“研究環境”は最先端のハード群に基づくことは勿論であるが、それにも増して理研のもつソフト面、すなわち組織の運用に関する伝統は大変な財産であると思われる。一言で現すのは難しいが、柔軟性、多様性を許容しつつの一体感、次々に導入され変容するシステム、などをまとめると結局、小田稔元理事長が提唱された“理研アメーバー論”に行き着くのであろう。
表題の理研ベンチャーというシステムも、この巨大アメーバーのたえず変形する細胞組織(オルガネラ)の一つとして、当時の坂内理事が中心となって立ち上げられたものであった。担当事務局の積極的な働きと支援もあって、すぐさま10を超えるベンチャー企業が理研の中に誕生した。現在は更に増えているようだが、理研ベンチャー企業はそれぞれの分野に特有の、お互いにかなり異なった運営理念や経営方針を抱えており、理研の常としてやはり多種多様である。
OMケムテック固有の状況
毎年開かれる報告会でいつも説明したつもりであるが、我々が“源”としていたのは理研の研究室で見いだされたジエン重合用の錯体触媒であり、巨大基幹産業のいわば水源に位置づけられる。タイヤ製品という大海にまで影響を及ぼすためには、その手前にあるタイヤメーカー、さらにその手前にある合成ゴム素材メーカーという二つの超巨大ダムにこちらの高品位であるが無名の銘水を取水させねばならない、といった現実があった。いうまでもないが、消費者は、タイヤには関心があってもその基のそのまた源である触媒の事は意識にのぼらない。巨大ダムの管理者たちも我々の銘水の味は認めつつも、泉源まで用水路を掘ってくれる訳ではない、いや掘るための既存技術が存在しない。そこにおのずからOMケムテックの存在、介在の必然性があった。
理研発ベンチャーと理研ベンチャー
新聞などで「大学発ベンチャー」という見出しを目にする事は多いが、「大学ベンチャー」というのは聞いた事が無い様に思う。“発”というからには、出だしは大学での発明特許や技術であっても、それ以降基本的に大学は関知せず、ベンチャーはそれを使って勝手にやりなさいというものであろう。ベンチャーにとってリスクは大きいが利益の大部分を手にする事がモチベーションのひとつになる。ただし現実には成功例が極めて限られているようであるが。
さて、我々が理研ベンチャーと呼んでいるシステムを「理研発ベンチャー」と「理研ベンチャー」に分けて考えるのはどうであろうか。一般的にはその製品が消費者に近いほど、また、設備投資が手軽で、製品の数で稼ぐタイプほど“発”型のベンチャー、個人利益追求型ベンチャーが可能ではないか。製品さえ良ければキャピタルから借金をして製造工場を設置し、広く販売することもできよう。実際理研にあるベンチャーで、この様な理研発ベンチャーのスタイルが可能なものも多い。その一方で、消費者からはるかに遠く、寡占状態にある巨大産業というインターフェイスが存在するOMケムテック型のベンチャーでは“発”の無い「理研ベンチャー」を指向せざるを得なかった…というより5年前に出発した当時我々には“発”の意識が全くなかった。あったのは、相手企業が実施可能な状況にまで理研の特許を技術的に使い易くする意思であり、最終的な目標は理研自体に利益をあげてもらう事であった。また、我々の発明が社会で実際に使われる様をこの目で見る事ができれば、それだけで望外の幸せでもあると思えた。この様な方針で進むから、技術改良の途中で得た特許は全て理研に譲渡すればよかった。日の目をみるまで理研の支援を必要とするかもしれないが、我々個人のための利益を目指す意識は極めて希薄だったのである。
以上の考察から明らかであるが、最初から大学と同様な「理研発ベンチャー」しか許されないシステムであったとしたら、我々のOMケムテックは誕生していなかったと断言できる。理研独特の柔軟性のあるシステムであったおかげで“発”のつかない「理研ベンチャー」を体験できたのは幸運であった。
おわりに
2007年は団塊の世代の一斉退職が始まり、企業では技術の継承問題を解決すべく様々な工夫が行われているようである。理研においても同様に世代交代が進むと思われるが、研究職の場合はある程度若い方が良いとされているからその意味では歓迎すべき事態にみえる。しかし理研所有の数多い特許を実社会に如何に生かすかと言う点に絞って考えるとどうであろうか。在職中に発明した愛着ある特許を世に出すために、退職後にボランティアとして無給で改良研究をやっても良いとおもう人達がいるとしたら、そのパワーを利用するのも理研としては得策であろう。ベンチャー以外のアメーバー細胞内組織が可能かどうか検討してみる価値はあるように思う。