
医薬開発において、臨床試験段階での新薬候補化合物の脱落率は、90%を超えます。これはげっ歯類を中心とした実験動物と化合物の代謝速度、吸収・排泄速度、適応速度が異なる、ヒトとの種差の問題が大きな一因として指摘されています。新薬開発期間の短縮と開発コストの削減には、脱落要因の半数を占める新薬候補化合物の体内動態を、薬剤開発の早期に調べることが必須となります。欧米においては薬物動態の解析が創薬開発において重要視され、日本国内でも極めて低用量の被験物質(新薬候補化合物)を健常人に投与する「マイクロドーズ臨床試験」のガイダンスが作成され(2007年厚生労働省)ています。それにより、開発早期での実施が可能になりつつあります。
創薬・医療技術イメージング基盤ユニットでは、基礎研究から臨床研究へと橋渡しするトランスレーショナル研究を迅速に行うことを目標に、マイクロドーズ臨床試験を視野に入れています。空間分解能が約1.5mmという、世界最高レベルのPETカメラ「microPET」を用いた、陽電子放射断層画像撮影法(PET法)を中心に分子イメージング技術の基盤となる高速C-メチル化反応の開発と、新規分子プローブの創製を行います。さらに核内受容体認識プローブや、核酸プローブを創製して遺伝子発現イメージングに関するPET研究を行い、分子イメージング技術を活用した薬物動態・薬物活性解析の最適化を行います。
創薬研究の推進のために、PETによる薬物動態の最適化、ならびにPET創薬を促進する標識技術、という2つの技術基盤を整備し、薬物動態・薬物活性解析の最適化を通じて様々な創薬研究を支援します。
>>マイクロドーズ臨床試験の実施に関するガイダンス案(厚生労働省、pdf)
生体分子イメージングは、ヒトにおける薬剤送達システム(DDS)の開発や薬力学・薬物動態解析、副作用に関わる非標的集積と非特異的結合の解明に有効です。同時に、薬剤効果の追跡や個体レベルでの薬効評価や用量決定にも有用であり、創薬過程において、有効性・安全性評価に役立ちます。PETによる薬剤の生体内の動態を測定することで、副作用を軽減して薬効を向上させる薬物動態の最適化、薬剤の最適使用に関する知見を得ることができます。例えば、15O標識ガス定常吸入法によるPET撮影は病変領域の脳血流量(rCBF)、脳酸素代謝率(rCMRO2)、酸素摂取率(rOEF)、脳血液量(rCBV)などの脳循環代謝量の変化を3次元の画像で表わし、病変部位における脳虚血性神経障害および薬物の保護作用を評価することができます。図1は中枢型プロスタサイクリン(PGI2)受容体の特異的なアゴニストである15R-TICの神経保護作用をカニクイザル中大脳動脈の3時間閉塞モデルを用いて評価した例です。中大脳動脈の閉塞によって関連領域の脳酸素代謝率は低下していますが(上段)、15R-TICは保護作用を示しています(下段)。
<高分解能PETを用いた創薬研究の取り組み>
本基盤では、空間分解能が約1.5mmという世界最高レベルのPETカメラ「microPET」を用いて創薬研究を行っています。図2はコモンマーモセット(赤毛ザル)における血液脳関門透過構造の検証を目的に、[18F]FDGを投与したときの脳のmicroPET画像です。本画像では、前頭前野および一次視覚野に[18F]FDGの集積が見られます。本基盤では、ヒトと同じ霊長類―真猿類に属すマーモセットを用いたPET研究を進めています。
現在、日本国内にはPET診断施設が100以上存在するにも関わらず、特定プローブによる診断が主流となっています。今後は、脳機能疾患、感染症、生活習慣病、がんを対象とした疾患対応型分子プローブをはじめ、全ての候補分子に対応できる多様なプローブの創出を目指して、分子イメージングプローブライブラリーの構築が期待されます。分子イメージング・創薬化学基盤では、2005年より文部科学省「社会のニーズを踏まえたライフサイエンス分野の研究開発-分子イメージング研究プログラム-」の中で、分子イメージングを活用した創薬候補物質探索拠点として研究を進めてきました。その実績をもとに、PET法を機軸としたマウスからヒトまでの一気通貫した分子イメージング法の活用、さらにマイクロドーズ臨床試験を視野に入れた薬剤候補化合物の最適化・プローブ化を行い、新たな創薬プロセスの構築を目指します(図3)。
展開している主な研究
創薬開発を目指した理研内での共同研究
