理研基幹研究所に、糖が鎖状に連なった糖鎖の構造を、ナノポアを使って精密に解析する技術開発を目指す研究者がいる。 前田バイオ工学研究室の武政 誠 客員研究員(以下、研究員)だ。
ナノポアとは、薄膜にあけた数nm(1nmは10億分の1m)の小さな穴をいう。電解質水溶液を薄膜で二分して電圧をかけると、イオンがナノポアを通り電流が流れる。水溶液中の糖鎖がナノポアを通過すると、糖鎖の断面積の分だけ穴が狭くなるのでイオン電流が低下する。この現象を利用し、糖鎖の構造を1分子ごとに糖1個単位で解析しようとしているのだ。「ナノポアはDNAの塩基配列を高速で読み取る技術として注目され、盛んに研究開発が進められていますが、糖鎖の構造解析に使おうとする試みはありませんでした。挑戦的な試みです」と武政研究員。
武政 誠 客員研究員
基幹研究所 前田バイオ工学研究室
1973年、神奈川県生まれ。博士(理学)。早稲田大学本庄高等学院卒業。早稲田大学理工学部物理学科卒業。同大学院博士課程で学位取得。大阪市立大学、大阪府立大学にて日本学術振興会特別研究員PD、ノルウェー工科大学研究員などを経て、2009年より理研基礎科学特別研究員。2012年より現職。早稲田大学理工学術院創造理工学部講師。
図:ナノポアによる糖鎖の構造解析
側鎖の大きさや主鎖のどこに結合しているかを糖1個単位で検出する。
「子どものころから工作が好きで、動くロボットなどをつくっていました」と武政研究員。「小学生のときには、“傘の周りにビニールを垂らせば暴風雨でもぬれないはず。大発明だ!”と、意気込んで製作したことも。しかし折り畳めず、実用性はありませんでした(笑)」
物事の原理に興味があり、早稲田大学理工学部物理学科に進学。「高校の先生の紹介で、卒業研究を理研で行うことになりました。そこで糖鎖に出会いました。その後、大学院修士課程まで伊達宗宏研究員指導のもと、装置開発を学び、これまで糖鎖の物性計測に取り組んできました」
博士課程修了後、ポスドク研究員を経てノルウェー工科大学へ。「原子間力顕微鏡のプローブ(探針)を使い、2本の糖鎖を引き離すときに働く力を計測して相互作用を調べる研究をしていました。ある日、Björn Stokke教授が“DNA塩基配列の高速解読を可能にする技術としてナノポアが注目されている”と紹介するのを聞き、DNAと同じひも状をしている糖鎖の構造解析に使えると直感しました」と武政研究員。「糖鎖は情報伝達など多様な機能を担っており、主鎖から枝分かれした側鎖の構造が機能を決めていると考えられています。しかし、糖鎖の構造はごく一部しか解析できず、どの構造が重要なのか分かっていませんでした」
武政研究員は2009年、基礎科学特別研究員として理研に戻り、ナノポアを糖鎖の構造解析に応用することを目指した研究を始めた。武政研究員にとってナノポアの形成は初めてで、試行錯誤の日々が続いた。所属研究室の前田瑞夫主任研究員をはじめ、理研内のさまざまな研究者からもアドバイスをもらいながら、窒化シリコン薄膜に電子線を照射して2nmの穴をあける技術などを開発し、糖1個単位で糖鎖の構造を解析することに成功(図)。しかし、まだ問題があった。「精密な解析は、糖鎖を認識するタンパク質を穴のすぐ横に固定することで実現できますが、精度よく配置することが難しいのです。タンパク質をDNA上に固定する技術は確立されているので、DNAを折り畳んだ“DNA折り紙”をタンパク質の足場にしようと考えました」
2011年度の理研研究奨励ファンド※で研究に着手。DNA折り紙を薄膜上に配置してからナノポアをあける方法などを試したが、うまくいかずにいた。「悩んでいたとき、DNA折り紙を漏斗(じょうご)のような形にすればその先端が勝手に穴にはまるという論文が発表されました。“その手があったか!”と悔しい思いをしたこともあります。研究奨励ファンド成果報告会では、さまざまな分野の研究者から有益なアドバイスをいただきました。それらを元により精密な解析が実現できそうで、現在、ワクワクしながら取り組んでいます」
ナノポアで使用する電子回路や制御装置は、武政研究員の手づくりだ。工作好きは今でも変わらない。現在、早稲田大学では講師を務め、教育にも携わっている。「大学教育も挑戦の連続です。原理を理解して応用することは楽しく、それがものづくりの原点であることも、学生に伝えていきたいと思っています」
※ 研究奨励ファンド:若手の意欲的な研究を奨励することを目的とし、理研内で横断的に実施している。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)
『理研ニュース』2013年3月号より転載