T細胞になる──その運命決定のメカニズムを解く研究者
理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)に、免疫応答の司令塔であるT細胞がどのように生まれてくるのかを明らかにしようとしている研究者がいる。免疫発生研究チームの伊川友活(いかわ ともかつ)研究員だ。 T細胞は、造血幹細胞からつくられる。造血幹細胞は、あらゆる免疫細胞になることができる多能性を持っているが、分化が進むにつれて多能性は少しずつ限定され、最終的にT細胞にしかなれないT前駆細胞になる。「“T細胞になる”という運命決定のメカニズムを知りたくて、ずっとT細胞の分化の研究をしてきました」と伊川研究員。そして2010年、T細胞へ分化する運命の決定に“Bcl11b”という転写因子が必須であることを発見。これまでの業績により、昨年には日本免疫学会研究奨励賞、今年は文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞した。
伊川友活 研究員
免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫発生研究チーム
1973年、京都府生まれ。博士(医学)。京都工芸繊維大学工芸学部物質工学科卒業。同大学大学院修士課程修了。京都大学大学院医学研究科病理系専攻博士課程修了。米国カリフォルニア大学サンディエゴ校博士研究員などを経て、2006年より現職。
図:T細胞の運命を決定する転写因子Bcl11b
T細胞への分化が決まる最後のステップでは転写因子Bcl11bが必須である。Bcl11bを欠損すると、ミエロイド-T前駆細胞の段階で分化が停止し、自己複製によって増え続け、T細胞はつくられない。
「父は、京都の西陣織の職人です。跡を継げと言われたことはなく、小学校の卒業文集には“考古学者になる”と書きました。そのころは歴史物のマンガが大好きで、今も伝記や司馬遼太郎の小説をよく読みます。歴史上の人物では坂本龍馬が好きですね」
高校では、化学に興味を持った。「色が変わったり、気体が発生する実験が大好きでした」。そして京都工芸繊維大学工芸学部に進学。「化学を学んで、オゾン層の破壊など環境問題の解決に役立ちたいと思ったのです」。さらに大学院に進んだものの、研究者になるか、企業に就職するか、迷っていた。「環境問題は技術を一つ開発すれば解決できるようなものではないことも分かり始めていました。あるときふと“免疫って面白そう”と思ったのです。そして、中学からの親友のお父さんが免疫の研究者だったことを思い出しました」
さっそく親友に連絡を取り、京都大学の桂 義元教授を訪ねた。「免疫の話を少し聞けたらいいなという軽い気持ちでした。ところが、『Molecular Biology of the Cell』を読んでおけば大丈夫だからと、大学院入試の過去問を渡されました。桂先生は私が大学院に入りたいのだと勘違いされたようです」。暗記が多そうだからと高校でも生物学を履修していなかった伊川研究員は、恐る恐るその分厚い本を開いてみた。「そこには、生物が分子を使って説明されていました。分子なら化学の守備範囲です。生物学が面白くなり、それから半年間、必死で勉強しました」
そして1997年、桂教授の研究室へ。そこには、後にRCAI免疫発生研究チームを立ち上げる河本 宏チームリーダー(TL)もいた。「そのときからT細胞の分化の研究を続けています。大学院では、T細胞とNK細胞の共通の前駆細胞からNK細胞への分化の運命決定には転写抑制因子“Id2”が必須であることを明らかにしました」
桂教授が退官した2002年、河本TLは理研へ、伊川研究員は米国に留学。カリフォルニア大学サンディエゴ校で、転写因子“E2A”がB細胞への運命決定を誘導することを発見した。「休日にはテニスやゴルフ、旅行をして、ワインにも詳しくなり、妻とも出会いました。“ずいぶん楽しい留学だったね”と言われます(笑)。オフにリフレッシュするからこそ研究に集中できる。それが私のスタイルです」
2006年に帰国し、免疫発生研究チームへ。2010年には、T細胞の分化を停止・再開できる培養系を確立し、転写因子“Bcl11b”がT細胞への運命決定の最終段階を支配していることを発見した(図)。「分化の研究で重要なのは培養です。私たちは独自に確立した優れた培養系をいくつも持っているので、他の追随を許しません。そして、私の強みは手先の器用さ。父から受け継いだのでしょう」
T細胞への分化を停止・再開できる培養系は、T前駆細胞を大量に増やしてからT細胞に分化させることができるため、白血病の治療に使える可能性がある。「応用を意識して研究を進めたい」と伊川研究員。「坂本龍馬のように世の中を変えるような仕事をしたいですね」
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)
『理研ニュース』2012年6月号より転載