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2012年5月7日

“エピヌクレオソーム”で創薬に挑む研究者

理研横浜研究所 生命分子システム基盤研究領域(SSBC)に、エピジェネティクスに魅せられた研究者がいる。システム研究チームの梅原崇史 上級研究員(以下、研究員)だ。私たちの体は、父と母から受け継いだDNAの塩基配列に基づいて遺伝子が発現することで形づくられる。しかし近年、DNAのメチル化や、 DNAが巻きついている“ヒストン”のアセチル化やメチル化により、同じ塩基配列の遺伝子でも発現の仕方が変わる実体が分かってきた。これをエピジェネティクスと呼ぶ。「塩基配列は変えられませんが、エピジェネティクスを制御できれば遺伝子の発現を変えることができます。エピジェネティクスの仕組みを探るために必要なのが、“エピヌクレオソーム”です」。梅原研究員の目標は、エピジェネティクスの仕組みを解明し創薬につなげることだ。

梅原崇史上級研究員

梅原崇史 上級研究員

生命分子システム基盤研究領域 システム研究チーム

1972年、東京都生まれ。博士(薬学)。私立灘高等学校卒業。東京大学薬学部卒業。東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。科学技術振興事業団研究員、理研ゲノム科学総合研究センター研究員などを経て、2008年より現職。

タンパク質構造に基づいて開発したヒストン脱メチル化酵素阻害剤S2101

図:タンパク質構造に基づいて開発したヒストン脱メチル化酵素阻害剤S2101

「小学生のころから研究者になりたかった」と梅原研究員。「製薬会社の研究者だった父の影響かもしれません。家族旅行に行くと、父は土を持ち帰ります。土の中にいる微生物がつくり出す物質から医薬品になるものを探すためです。弟と一緒に土を採るのが楽しみでした。初めて父の研究室に連れていってもらったとき、研究所の玄関に入ったとたん微生物特有のにおいがして、わくわくしたことを覚えています。弟も現在、製薬会社で研究をしています」
中学・高校時代は軟式テニスに明け暮れた。高校卒業後、東京大学へ進学。「化学を専攻するつもりでした。構造式の形の美しさ、反応の面白さに惹かれたからです。ところが1年のとき、生物学の授業で遺伝暗号の仕組みを学び、その美しさに衝撃を受けました。興味が生物学へと一気に移り、大学院で当時まだ実体が分かっていなかったエピジェネティクスに出会ったのです」
 
2003年に理研に入所した梅原研究員は昨年、“エピヌクレオソーム”を試験管の中で精密につくり出す技術を開発。「エピヌクレオソームは私たちの造語です。DNAがヒストンに巻きついた構造をヌクレオソームといい、それにエピジェネティクスの情報を持たせたものが“エピヌクレオソーム”です。SSBCの横山茂之 領域長と坂本健作 チームリーダー(拡張遺伝暗号システム研究チーム)らが開発した遺伝暗号の拡張技術とタンパク質無細胞合成技術とを組み合わせることで、ようやく実現できました。遺伝子発現の鍵となるヒストンの複数箇所のアセチル化を精密に再現できるのは、現在のところ世界で私たちだけです」
こうした技術を駆使し、梅原研究員にはやりたいことがある。「医薬品の開発です。エピジェネティクスを制御できれば、疾患に関わる遺伝子の発現を強めたり弱めたりすることができます」。梅原研究員は現在、ヒストンのメチル化を外す酵素“LSD1”の阻害剤の開発を進めている。「LSD1の構造を調べ、LSD1にぴったり結合する化合物“S2101”を開発しました。この化合物はエピジェネティクスを制御する試薬として市販されています(図)。この化合物の活性などを指標として抗がん剤の開発を目指しています」
梅原研究員は、理研創薬・医療技術基盤プログラム(DMP)にテーマリーダーとして参加している。「LSD1の阻害剤は、がんだけでなく、メタボリック症候群の治療にも役立つかもしれません」と梅原研究員。「私も現在円形脱毛症の治療中ですが、社会にはさまざまな疾患で苦しんでいる人がいます。基礎研究を医薬品につなげて患者さんの役に立ちたい、という思いで研究をしています」

梅原研究員には目標とする医薬品がある。「難治性がんの治療薬として米国で認可されたヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のFK228です。DMPのプログラムディレクターを務めている後藤俊男先生らが山形県の土壌微生物から見つけた物質で、理研基幹研究所の吉田稔 主任研究員がその作用機序を解明しました。“つぼみで飲んで、体内に入ると花開く”ような構造変化をして機能します。そのように構造も機能も美しい医薬品をつくるのが私の夢です」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2012年5月号より転載