自閉症の発症に関連する遺伝子「CAPS2」を発見し、追い続ける研究者
2000年、新遺伝子CAPS2(キャップスツー)を発見した理研脳科学総合研究センター(BSI)の定方哲史(さだかたてつし)客員研究員(以下、研究員)は「CAPS2 には重要な働きがある」と直感し、それ以来この遺伝子を追い続けている。2007年、CAPS2 を持たないマウスで自閉症に似た症状が現れることを発見。また一部の自閉症患者では、CAPS2 からつくられるタンパク質に異常があることも明らかとなった。現在、CAPS2 の研究は自閉症の発症メカニズムの解明や早期診断につながると期待されている。「研究を始めたときから、自分の代名詞となる遺伝子を見つけ、追い続けると決めていました。最近、CAPS2 といえば私たちと世界的にも認知されてきたと思います」と定方研究員。今年3月には、理研での成果をさらに発展させるため群馬大学での研究もスタートさせた。
定方哲史 客員研究員
脳科学総合研究センター 分子神経形成研究チーム
1974年、東京都生まれ。博士(医学)。1998年、東北大学理学部生物学科卒業。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。2000年、理研脳科学総合研究センター分子神経形成研究チーム研究員、2011年3月より現職、群馬大学先端科学研究指導者育成ユニット助教(テニュアトラック)。
図:自閉症患者に見られたCAPS2タンパク質の異常
CAPS2タンパク質は、細胞体とシナプスでの脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌に関わっている。一部のアミノ酸が欠損したCAPS2タンパク質は軸索を通って末端まで運ばれないため、BDNFがシナプスでは分泌されず、神経回路の形成異常につながる。
「小学生のころは、あまり勉強もせず、将来何になりたいか考えたこともありませんでした」と定方研究員。中学2年生のとき、化学工学の研究者だった今は亡き父に誘われ、米国ワシントン大学で行われた学会に同行した。「研究者たちが激論を交わしたり、懇親会で談笑したりする姿を見て、その熱気に興奮しました。研究者になるのもいいなと思い、そのころから真剣に勉強するようになりました。父は、ふがいない私に刺激を与えたかったのかもしれません」
脳科学を選んだ理由は?「理科で人間の臓器について学んだとき、それぞれが目的にかなうように巧妙につくられていることに感動し、臓器の中で最も分かっていない脳科学に進もうと思いました」
2000年、BSIで研究を始めた。「“分子神経形成研究チームでは研究員がそれぞれに新しい遺伝子を見つけて自由に研究を進めている”と聞き、研究者の自主性を尊重してくれる古市貞一チームリーダーのもとでどうしても研究をしたかったんです」。そして、早くもその年に新しい遺伝子CAPS2 を発見。「ほかにも発見した遺伝子はありましたが、文献を調べるうちにCAPS2 には重要な働きがあるに違いないと直感し、この遺伝子をずっと研究していこうと決めました」
2007年、その直感が確信に変わった。「CAPS2 を持たないマウスをつくって調べると、自閉症に似た行動を示すことが分かったのです。これは基礎研究で終わらせてはいけないと考え、自閉症患者の協力を得て研究を進めました。すると、一部の患者ではCAPS2 からタンパク質がつくられるときに一部のアミノ酸が欠損することが分かりました」。CAPS2タンパク質は、神経回路の形成に重要な働きをする脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌に関わっている。CAPS2タンパク質に異常があると、BDNFの分泌が変化し、神経回路の形成異常につながると考えられる(図)。この成果を発表した後、自閉症患者の家族から“いつ治るようになりますか”という電話や手紙が定方研究員のもとにたくさん寄せられた。「まだ時間がかかりますが、治療や早期診断につなげたいですね」
趣味はパラグライダー。「高いところが好きなんです。物事を俯瞰(ふかん)できるからかもしれません」。しかし、8歳の息子と5歳の娘の父としては、そうそう空を飛んでばかりもいられない。「休日は子ども優先で、近くの山に出かけたり、科学館に連れていったりしています。子どもたちが科学や医学に興味を持つように、ひそかに仕向けているところです(笑)」
定方研究員は昨年、CAPS2タンパク質はBDNFの分泌だけでなく、BDNFが入っている有芯小胞(ゆうしんしょうほう)の形成にも関わっていることを発見。「iPS細胞(人工多能性幹細胞)など話題の研究もやってみたいと思うことがあります。でも初心を貫き、これからも一つの遺伝子を追いかけていきます」。10年以上にわたってBSIで取り組んできたCAPS2 の研究業績が認められ、今年3月から群馬大学での研究もスタートさせた。BSIで生まれ育った研究が、外に出てどんな花を咲かせるか、楽しみだ。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)
『理研ニュース』2011年12月号より転載