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2011年7月5日

化学反応過程の可視化に挑む研究者

分子と分子がぶつかり化学反応が起こる過程では、どのようなことが起こっているのか。目では見えない分子・原子のふるまいを、見える形にして解明しようとしているのが、分子反応ダイナミクス研究チームの小城吉寛(おぎ よしひろ) 基幹研究所研究員(以下、研究員)だ。2008年、小城研究員らは“交差分子線散乱イメージング法”という独自の手法を用い、成層圏のオゾン層で生じる活性酸素原子とメタン分子の化学反応の様子を、可視化することに成功。ミクロな化学反応の様子を明らかにすることは、例えばオゾンホールの破壊といった地球規模の環境変化の理解につながるため注目されている。研究を離れると中学校以来続ける卓球と4歳の娘を愛する心優しき研究者だ。

小城吉寛基幹研究所研究員

小城吉寛 基幹研究所研究員

基幹研究所 分子反応ダイナミクス研究チーム

1973年、東京都生まれ。博士(理学)。東京理科大学理学部化学科卒業。同大学大学院理学研究科化学専攻博士課程修了。2006年、理研入所。基礎科学特別研究員などを経て2011年4月より現職。2011年4月、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)受賞。

二つの反応経路と観測されたCH3の散乱分布

図:二つの反応経路と観測されたCH3の散乱分布

活性酸素原子(O*)とメタン分子(CH4)が反応すると、ヒドロキシラジカル(OH)とメチルラジカル(CH3)が生成される。図の右下からCH4、左上からO*が近づき、中央(×印)で衝突して反応が起こる。挿入反応(図上)でできたCH3は進行方向の前方に散乱するので、高い山(薄いピンク)ができる。引き抜き反応(図下)は正面衝突で起こるので、CH3は跳ね返るように後方に散乱して、幾重かの同心円(濃いピンク)になる。

父親が高校の化学の先生というだけあって、子どもの頃から理系科目が好きだったという小城研究員。高校で出会った化学の先生の影響もあり、大学は化学科に進むことに決めた。「その先生はよくレポートを書かせる人でした。レポートを書くために文献などを調べていたところ、1億分の1~1秒という短時間に起こる化学反応にも始まりと終わりだけでなく、過程があるとわかり、化学に一段と興味を抱くようになりました。この興味が今の研究に通じています」

1992年、東京理科大学に入学した小城研究員は、築山(つきやま)光一教授の研究室に所属し、先生の人柄と最先端の分子科学研究に魅せられ、夢中で実験をしているうちに、博士課程を修了。助手を勤めた後、2006年に理研にやってきた。「理研では、ミクロな化学反応の過程を可視化して観測する“交差分子線散乱イメージング法を使った研究に取り組んできました。この手法は現在所属する研究室の鈴木俊法チームリーダー、高口博志 専任研究員(現広島大学准教授)らによって開発・高度化されてきたものです」。従来の“交差分子線散乱法”では、真空中で二つの分子ビームを衝突させ、反応で生成された分子がどの方向に、どのくらいのスピードで散乱するのかを観測する。しかし、分子がどのように振動・回転しながら散乱するかまでは観測できなかった。それを可能にしたのが交差分子線散乱イメージング法だ。

 2008年、小城研究員らはこの手法を利用して活性酸素原子(O*)とメタン分子(CH4)の化学反応に新事実を発見。「O*とCH4が化学反応すると、ヒドロキシラジカル(OH)とメチルラジカル(CH3)ができます。しかし、その反応過程については、O*がC-Hの原子結合の間に割り込む形で進行する(挿入反応)のか、それともO*がC-H結合の外側から水素原子を引き抜く形で進行する(引き抜き反応)のか、分かっていませんでした。CH3の散乱分布を観測したところ、二つの反応経路が共に存在することが明らかになりました(図)」

小城研究員は、大学時代から現在に至る一連の研究成果が認められ、今年度の“文部科学大臣表彰(若手科学者賞)”を受賞。自身の研究の醍醐味を「まるで小さくなった自分が分子に乗って他の分子とぶつかる瞬間を体験したように感じること」だと話す。実際、高校生向けの説明では、O*役になりきり、CH4役の高校生とぶつかってみせて、その状況を体感してもらう。「高校生にも私の説明を通じて化学反応のダイナミズムを体験してほしいからです。化学反応には入口と出口だけでなく過程があって、その反応が起こるさまざまな理由が隠されています。それらを一つ一つ解き明かしていく醍醐味を味わってもらいたいのです」

趣味は中学時代から続けている卓球。今も高校時代の先輩たちと市民リーグに参加している小城研究員は最後に、「回転するボールとラケットの衝突は、今の研究に通じるものもあるかもしれませんね」と、微笑んだ。

(取材・構成/牛島美笛)

『理研ニュース』2011年7月号より転載